第185話 貴様に機会を奪われたのだ!
「オレが何故来たかわかっているよな?」
「……。」
俺は恨まれるような事をした覚えはない。逆に恨みというか因縁めいたものはある。俺は昔からこの男から度々嫌がらせを受けていた。見せしめにされたことならいくらでもある。でも、その一方で名前すら覚えていないに違いない。名前すら覚える価値もないと思われていただろうし、正にゴミとしか認識されていないはずなのだ。
「我が父、パイロンに勝ったそうだな? ゴミのお前に倒せるわけがないのに。」
「コイツは確かに勝った。でも、多少のハンデありの条件付きではあるがな。それを大勢の人間が見ていた。証人はいくらでもいるぞ。」
「貴様には聞いていない! オレはこのゴミに聞いているのだ!」
「……。」
多少のハンデ……あの日の宗家は怪我をしたままの状態で決勝戦に臨んでいた。昨日の試合でエルの攻撃で受けた傷をそのままにしていたという。俺も試合中に様子がおかしい事に気付いたが、後にレンファさんからその話を聞いたのだ。右小指の骨折、肋骨も二,三本折れていたらしい。そんな状態で俺の相手をしていたのだ。宗家が万全だったら勝てなかったと思う。
「親の敵討ちのつもりか? 殺されたわけでもあるまいに、そんなムキになる必要があるのか?」
「しつこいぞ! 貴様と話しているのではない! オレがどんな思いでここまでやってきたのか知らぬクセに!」
俺がコイツの父親を倒した事実が何に影響を与えているのだろう? 梁山泊の誇りを傷つけられたから? 宗家を倒してしまったことへの責任問題? 確かにその意味は重い。宗家は常に最強であることを要求される立場なのはわかる。それが破門した人間に敗れるということは権威の失墜に繋がりかねない。俺の行為はは梁山泊の看板に傷を付けたも同意なのだ。命を狙われても仕方のないことなのかもしれない。
「オレの父上は梁山泊歴代宗家の中でも最強と謳われるほど武芸者だ。数ある名の知れた武芸者たちが父上に挑んだが、それを全て打ち破ってきたのだ。」
「それがここまで来た理由と関係があるのか?」
「オレはいずれ梁山泊の頂点に立ち、宗家の座に着かねばならんのだ。だからこそ常々、父パイロンに勝つことだけを考えて邁進してきた。一番最初に土を付けるのはオレだと自負していた!」
「なるほど。それで俺の相棒に先を越されたと?」
「よりにもよって、こんなゴミ如きにだ!」
父パイロンを初めて倒す、その栄誉を俺みたいなのに奪われた。それに憤りを感じているようだ。実の息子のメンツを潰してしまったことで恨まれる結果になったのだろう。それで俺を倒しに来た、といったところか。
「この場で貴様を斬る! お前自身の死によってその罪を贖うのだ!」
「相棒に相手をさせるものか! この俺が相手になってやるぞ、小僧!」
「どけ! 貴様のような三下に用はない!」
ファルは縮こまっている俺の前に立ち風の魔剣を手に取った。ティンロンも刀を抜き臨戦態勢に入った。しばらく二人の睨み合いが続く。いつ戦いが始まるかわからない緊迫した雰囲気へと変わった。それを見た周りの通行人たちも足を止め、何事かと様子を確かめようとしている。
「まあいい。貴様にはオレの実力を下々の者共に知らしめるための標的となってもらうとしよう!」
「俺をかませ犬扱いするってか? 舐めるなよ、小僧!」
(……ッキン!!!)
周囲に響き渡る金属音! 先に動いたのはティンロンだった。奴は剣を構えたファルに対して横薙ぎの一撃を見舞ったのだ。それはあまりにも速く、目で追うのも困難なほどだった。気付いたときには刀が孤の軌跡を描いていた。本当にそんな感じのスピードだった。
「俺の速さに対応するとは、三下の割にはやるではないか。」
「この程度、どうということもない!」
(……キンッ!!)
何かが地面に落ちて音を響かせた。見るとそれは剣の葉の部分! ファルの剣が真ん中から折れた! いや、今の一撃でティンロンに折られたのだ! 激しく打ち合ったわけでもないのにたった一撃で折れてしまった! 魔法で作られた剣なので落ちた刃は何事もなかったかのようにかき消えてしまった。
「おやおや、手品のように剣を取り出したかと思ったら、実体のある剣じゃなかったのか?」
「何をしやがった!」
「何をって……戦技一❍八計が一つ、”落葉割旋”。刀覇が誇る基本技の一つだ。」
落葉割旋! これは剣覇の”破竹撃”に相当する技だ。破竹撃は荒々しく竹を小気味よく断ち割る様な一撃なのに対し、”落葉割旋”は宙に舞う木の葉を弾くこと無く真っ二つにする、華麗な技だ。同じ系統の技といえど、その性質は大きく異なる。
破竹撃は”動”の技、”落葉割旋”は”静”の技。破竹撃は硬いものを勢い良く割るのに対し、”落葉割旋”は音もなく繊細なもの、小さいものを音もなくしなやかに切り裂く技なのだ。この2つの技を見比べるだけで、剣術・刀術それぞれの性質を現していると言っても過言ではない。
「反応出来たのなら、この技の凄さがわかるだろう? 貴様如きではオレの相手にもならんということもハッキリしただろう?」
「クッ! 言わせておけば! 俺も剣術だけじゃあないぜ? 魔術を舐めてもらっちゃ困る!」
「あ、そう? じゃあ、その恐ろしさ、若に対してじゃなくて、俺に見せてご覧よ?」
闘志に火の付いたファルの前にもう一人東洋人が現れた。ファルに負けずとも劣らないほどの長身の優男が現れた。肩には矛を担いでいる。その刃は蛇のようにくねくねとうねっており、その先端は蛇の舌のように二股になっている。
これは……いわゆる”蛇矛 じゃぼう”と呼ばれる矛だ。古代の有名な英雄三兄弟の末弟が愛用していたという逸話のある武器。この男まさか……戟覇、秦飛龍 ジン・フェイロンじゃないのか!