第181話 ダメ眼鏡な兄とそれを蔑む妹
「待ちなさい! 二人共! こんな所で争ってはダメ!!」
街中で争う二人を止めに入った。どちらも剣を持ち、戦場さながらの戦いに移行しそうな勢いになっていた。その間に割って入るのは危険を顧みない自殺行為とも見れる行動だった。でも、それ以上に二人を止めるべきだと思った。止めないとどちらかが死んでしまう可能性があったから。
「Mrs.グランデ!? 止めないで下さい! これは僕たち二人の問題なんです!」
「止めなさい! どういう理由かは知らないけれど、あなた達が傷つくかもしれないし、関係のない人まで巻き込むかもしれないのよ!」
「ううっ……!?」
殺気立っていたグランツァ君を説得し、剣を収めさせる。一度ついた勢いを失速させるのは難しいけれど、彼は基本的に理知的で優しい子だから、説得に応じてくれると信じていた。彼は私の言葉にハッとして、項垂れつつ構えを解いて剣を下ろした。
「申し訳ありません。つい熱くなっって真剣勝負に対応してしまいました。」
「分かってくれればいいのよ。危険なことになる前に止めることが出来たんだから。」
二人が争っていたのを見ていても止めなかった人にも原因があるし……。その当人はバツが悪そうにソワソワしていた。特に彼女を叱っておかないといけない。
「ミヤコちゃん?」
「え!? ああ……うう、ゴメンナサイ!」
「ダメよ、黙って見ているだけだなんて! 友達が喧嘩を始めたのなら止めに入らないと!」
「いやー、ウチのことを巡って二人が争い始めたんで、つい……。」
「つい、じゃないでしょう! 一歩間違えば大変なことになっていたのよ!」
「うう〜っ!? そんな怒らないでよぅ……。」
ミヤコちゃんは私の言葉に打ちひしがれ、しおしおと萎縮していった。この娘はたまに争いごととかを煽っちゃって楽しむみたいな事をするから、一度きつく言っておかないと、と思っていたので、これを気に咎めることにした。今回は特に危険なことになりそうだったのでちょうどいい機会だと思った。
「止めるな、シャンリン! これはオレにとって”愛”を巡る正当な決闘なのだ!」
「何をバカな事を言ってるアルか! どうせいつもみたいに自分よりカッコいい人にイチャモンつけて嫌がらせしようとしてたに決まってるアル!」
私がミヤコちゃん、グランツァ君の相手をしている一方で、シャンリンちゃんはお兄さんの行動を咎めていた。彼の口ぶりからしても、やっぱりミヤコちゃんを巡っての争いだったことがよく分かった。彼女は同世代の男の子からしたらとても魅力的に見えるから、ちょっと強引にでもお近づきになりたいと思ってしまうのかもしれない……。
「イチャモンなものか! 下僕の座を巡っての男同士の戦いなのだ!」
「下僕……? またとぼけた事を言って! どの道、兄上はボロ負けアル! あのお兄さんに見た目も性格も絶対敵うわけないアルよ!!」
「ガァァァァァン!! 妹よ、もう少しお兄ちゃんを立ててくれてもいいではないか!」
これを見ているだけで二人の関係性がよくわかる。お兄さんは妹に対してお節介な一方で、妹は兄の良くないところを積極的にダメ出しをする。私の家族の様に愛がないのは問題だけれど、あのお兄さんの様に逆に愛が溢れすぎても非難されてしまうのね。結局、バランスが大事なのかもしれない。
「立てるところなんてドコもないアルね! 地味で背も低くて眼鏡が本体みたいな男のクセに!!」
「ガァァァァァン!! 眼鏡が本体……! そんな事言われて、お兄ちゃん悲しいよ……。」
お兄さん、散々な言われよう……。妹に過剰なダメ出しをされて、ミヤコちゃんみたいにしおしおと萎縮してしまっている。他者の自分からすれば、身なりも清潔で理知的な雰囲気を持った男の子だと思うのだけれど……。シャンリンちゃんからすると、お兄さんが頼りなく見えるだろうし、彼女の理想の男性像からかけ離れているのかもしれない。
「でも、ダメ兄上をたぶらかした女に興味があるアルね。一体、どんな人アルか?」
シャンリンちゃんは辺りをキョロキョロと見回して、お兄さんを惑わせた女の人を探している。選択肢は私とミヤコちゃんしかいないため、すぐに誰なのかわかったみたい。
「あの人アルか?」
「そうだ。いかにもオレのようなダメ人間を蔑んでくれそうな女性だろう?」
「兄上に不似合いな人なのはよく分かったアル……。」
「そうだろう、そうだろう! もっと言ってくれ! お兄ちゃんはもっと惨めになれるから!!」
あれ……? お兄さん、明らかに言動がおかしくなってきている……? 最初の方は聞き間違いかもと思っていたけれど、むしろいじめてほしいという趣旨の発言をしているような……? なんだか、タニシさんみたいな感じを醸し出してきているような……。一方でミヤコちゃんの姿を見たシャンリンちゃんの様子がおかしい?
「あの人が……兄上をおかしくしてしまったアルね?」
「あの娘が、というより、元々、お兄ちゃんはおかしいのだよ。そこを忘れてはいけないぞ、妹よ!」
おかしくなったお兄さんを無視して、シャンリンちゃんはミヤコちゃんのところまで一気に詰め寄ってきた。うつむきながらなので表情はわからないけれど、お兄さんをおかしくしてしまった事に憤りを感じているのかもしれない。
「あなたアルね?」
「な、何? 別にウチは悪くないからね? あのクソダサ眼鏡がジロジロ、舐め回すように見てきたから……、」
「も、も、もしかして、あなた”あいどる”とかいう人アルか?」
怒っているのかと思いきや、シャンリンちゃんは憧れの表情でミヤコちゃんの手を取った。まるでさっき私が冒険者なことを知ったときのような、キラキラした目でミヤコちゃんを見つめている!
「え!? ウチはアイドルなんかじゃないから!」
「そんなワケ無いアルよ! お姉さん、きっと只者ではないアル! 私には隠していても、勘でハッキリわかるアルね! きっとビッグな有名人に違いないアルよ!!」
彼女は興奮した面持ちでミヤコちゃんの手をブンブンと上下に振っている。ミヤコちゃんは確かに奇抜な格好をしているからよく目立つけど、同性からはあまりいい目で見られていなかった。ここに来て初めてそのセンスに共感してくれる娘に出会えたのかもしれない。