第180話 浮気疑惑の父とシスコンの兄
「確かに”冒険者”ではあるけれど……。」
「本当アルか? カッコいいアル!! サインしてほしいアルよ!」
「えぇ……。サインはちょっと……。」
なんだか恥ずかしいな……。特に実績のある冒険者というわけでもないのに、憧れの眼差しで見つめられている。ただ純粋に憧れていた存在に会えたから喜んでいるのだろうけれど、そういう風に見られるのには慣れていないので、むず痒い感じがしてしまう。
「他に有名な冒険者なんていくらでもいるわ。私はまだ始めたばかりの初心者同然だから。」
「初心者には見えないアルよ。お姉さんにはただものではない雰囲気が漂っているアル!」
「あはは……。」
その言葉に苦笑するしかなかった。雰囲気……もしかしたら、直感で私の力を感じ取っているのかもしれない。この娘も只者ではないのは先程までのやり取りを見ていればわかることだし。それよりも、まだこの娘の名前を聞いていない。お互いの名前を知らないまま会話を弾ませるのもどうかと思ったので、自己紹介くらいはしておこう。
「私達まだお互いの名前を知らないよね? 私はエレオノーラ・グランデ。あなたは?」
「かっこいい名前アルな! 私、ジン・シャンリンいう名前アルよ!」
「よろしくね、シャンリンちゃん。」
ジン……聞き覚えのある名前。確か、東の国では姓の方が先にくるような名前になっていると先生から聞いた覚えがある。こちらの並びに合わせると、シャンリン・ジン。この姓は……あの宗家さんと同じ?
たまたまかもしれないけれど、あの流派の技を使うのだから親戚という可能性はある。子供…と考えるには歳が離れているので、お孫さんという可能性もあり得るかもしれない。面影は感じられないけれど。
「でも……お姉さんの名前、何か聞き覚えがあるような気がするアルよ。」
「まあよく似た名前ならよくあるし、外国の人の名前は聞き慣れていないでしょうから、気のせいかもしれないよ?」
「う〜ん? 確かフェイが会いたいって言ってた人の名前がそんな名前だったような気がするアル。ウチの父上が浮気しそうになったキレイな女の人の名前アルよ。」
「お父様が浮気……? それは大変ね。多分、私とは別の人ね。浮気なんてした覚えはないから。」
「多分、違うアルな。ウチの父上がお姉さんみたいな人に手を出すわけないアル! もし手を出したら犯罪になるアルよ! そしたら、父上を懲らしめないといけなくなるアル!」
「そ、それは大変ね……。」
よそのご家庭には口を出すわけにはいかないけれど、浮気の疑惑があるのだとしたら大変なことね。彼女のお父様がおいくつなのかはわからないけれど、自分の娘より少し年上の女性に興味を持ったのだとすると、大きな問題になるわよね。そういうのは物語や演劇の題材になるのはよくあるけれど、現実ではあまり見たくはないもの……。
「でも、フェイ、という方はあなたとはどういう関係なのかしら?」
話の途中に出てきた名前が気になったので、一応聞いてみることにした。もしかしたら、ご身内なのかもしれないし、旅の同行者なのかもしれないので気になった。
「フェイのことアルか? 私の親戚でもう一人の兄上的な存在アルよ。ここまでの旅もずっと一緒にいたアル。」
「親戚の方で旅のお仲間だったのね。 もう一人の兄……ってお兄さんもいるということ?」
「残念ながら兄上も一緒に来てるアルね。せっかくフェイと二人きりで旅が出来ると思ってたのに、後からしゃしゃり出てきたアルよ!」
フェイという方はこの娘にとってかけがえのない存在みたいね。憧れていて、恋心も抱いているみたい。きっと素敵な方なんだとは思うけれど、本当のお兄さんには邪魔をされてしまった……? 色々と複雑な事情がありそうね……。
「しゃしゃり……?」
「そうアルよ! いっつも私にいらないちょっかい出してくる嫌な身内アル! 私の恋路を邪魔する地味なダメ眼鏡男アルよ!」
「お兄さんの事、悪く言いすぎじゃない? 可愛そうよ。」
「いくら言ってもいいアルよ! あんなシスコンな兄はこの世に存在しない方が世界のためになるアルね!」
「えぇ……。」
お兄さん、散々な言われよう……。会った事はないけれど、そこまで悪口を言われるような人ではないと思いたい。ある意味、愛情が深すぎるから過剰に世話を焼いてしまったりして嫌われているのでしょうね。この娘はあまりにも可愛らしいから、頬っておけないんだと思う。
「あっ!? 嫌なものを見つけてしまったアル!!」
「嫌なもの……?」
突然彼女は向こうの方を指差し、悪態をついた。青の方向は確か、ミヤコちゃんたちがショッピングをしている店の方向だったはず。見てみると、店先で二人の少年が争っている様子が見えた。あれはグランツァ君! 眼鏡をかけた東洋人風の少年と抜身の剣を互いに手にして争い合っている!
「ウチの兄上がカッコいい男の人にイチャモンつけてるアル! こんな外国まで来て何やってるアルか!!」
「あの眼鏡をかけた男の子があなたのお兄さん!?」
兄弟とはいえ、似ているわけではないけれど、着ている服装の仕立ての良さから判断しても同じ所で作られた物だということを思わせる。そして持っている武器も東洋風の反り刃の刀剣、攻撃を躱す身のこなし! あれは間違いなく流派梁山泊の動きで間違いなかった。何故、二人が争っているのかは知らないけれど、とにかく早く止めないと!