第178話 下僕の座を賭けて……?
「いいだろう。貴様、オレと勝負しろ。」
「ええ……、初対面のあなたと僕がなんで争わないといけないんです?」
お嬢さんに何かプレゼントを……と思って、ドキドキしていたら、見ず知らずの相手に絡まれ、勝負を挑まれた。お嬢さんによるとナンパを仕掛けてきたというから、僕としても黙ってはいられない事態ではあるけど、そんな気軽に決闘をしていいものなのか葛藤してしまう。僕はクルセイダーズの一員なのだから、魔族や賊でもない限りは手荒なマネをするのは気が引ける。
「もちろん……その子の下僕の座を賭けて争うのだ!」
「それはちょっとおかしいのでは……?」
「貴様は既にその立場にいるからありがたみを感じないのだ! 誰にも蔑まされていないオレの気持ちなんか分かってたまるか!」
「えぇ……。」
下僕の座を賭けて……? 率先してなりたくなる様な身分ではないと思うけど? それとも僕の感性がおかしいのだろうか? いやいや、それはないと思う。僕だってフラれたけど、せめてお近づきになりたいと考えたから、その地位に甘んじているのであって……ああ、ダメだ。僕はなんて碌でもない事を考えているんだ……。
「新手の変態が現れた! あの犬畜生と優るとも劣らないドMがこの世に存在したとは! やっぱ拗らせた童❍は変態に走るということか。」
「なんだって? オレ以上の奴が他にもいるというのか? このオレを差し置いて二人も〜!!」
なんだか話があらぬ方向へ……。さり気なくタニシさんまで引き合いに出されて貶められているような気が……。眼鏡の少年も何かもう意味不明な対抗意識を燃やし始めている。お嬢さんの周りにいる人々全てが許せないというような……? よほど彼の中での嫉妬心が燃え上がっているのだろう。
「表に出ろ! まずは貴様から排除してやる!」
「う、有無を言わさずですか?」
「ジュニア、やっちゃいな! こんなクソダサ眼鏡なんかさっさと倒しておしまい!」
「う〜ん……。やらないといけないんですね……。」
気は進まないけど、お嬢さんに言われたのなら対処しないといけない。彼には悪いけど、少し痛い目を見てもらって退散してもらうとしよう。
「貴様、武の心得はあるようだな? 優男的な外見で誤魔化しているようだが、オレにはハッキリとわかるぞ!」
「は、はあ。ごもっともです。僕はクルセイダー所属の剣士です。」
店の内部から外へと移動し、僕のことを観察して言ってきた。それは誰でもわかることだけど、大半の人の感想とは逆のようだ。大体の場合、僕は舐めた目で見られる。年齢とか、ちょっと男らしさに欠ける外見から弱そうとか、未熟そうだと思われることが多い。でも、彼は少し違う様に受け取ったようだ。見くびらずに、剣技の心得があると見抜いたようだ。
「十字騎士団とかいう組織の人間か? オレと同世代の人間がいたことには驚きだな。だが、我が流派には敵うまい。世界最強を自負しているからな。心構えが違う、覚悟も違う。」
「世界最強の流派? お相手出来て光栄です。僕も最強を目指していますから。」
やはり身なりを見てわかるように、彼は異国の人間のようだ。しかも東洋人、勇者さんや槍覇のレンファさんと同じ国の出身者なのかも? 見ると両腰にはそれぞれ一本ずつ刀らしきものを差している。というのもひと目見ただけで鞘には反りが入っているのが分かったからだ。東洋や南の砂漠の国の戦士が多用するタイプの刀剣を使いこなすのだろう。
「貴様は体格によらず随分と巨大な剣を使うのだな?」
「ええ、この通り体格に見合わない剣を使っているとよく言われます。」
「大半の者はその刃の前に倒れるのであろうな。だが、オレにはそんな大仰な武器など無力だ。その刃と一度も打ち合わずに貴様を倒してみせよう。」
「……!?」
彼は自信満々にそう言った。打ち合わない、それは防御すらすること無く見切ってみせるという宣言のようにも受け取る事が出来た。彼は決して僕を見くびっているわけじゃない。その証拠に彼から恐ろしいほどの殺気を感じ始めた! 先程までのごく普通の少年としての姿からは想像できないほどの気迫! 彼が何倍も大きいような錯覚を感じる。
(……シュラっ!!!)
刃が滑る音が聞こえたと思ったときには既に間合いに入られていた! 間近に迫る刃は確実に僕の首を狙っていた! このままではやられる!
「……!?」
背後へ身を反らして躱した! それだけでは追撃を受けると予測して、反らせたた反動を利用して、バク転した上で間合いを離した。
「躱したか。この一撃を躱せただけでも大したものだ。大半の奴は今の一撃で死んでいる。九割ほどはな。貴様は凌いだ側の一割に入る。それだけでもありがたいと思うがいい。」
「何、あの眼鏡! えらっそうに! ジュニア、あんなのさっさと倒しちゃいなさいよ!」
やっぱりそうなのか! あの一撃で終わってしまう人の方が大半なんだ? 僕は躱せたけど、行きた心地がしなかった。あの一瞬に死を感じたのは嘘じゃない。ここまでの攻撃が出来る人は限られているし、ハッキリ言ってこれは超人の域に達していると思う。この前の迷宮での事件、あの時に戦った魔神と大差ない鋭い一撃だったのは間違いない! お嬢さんが望むような展開には程遠いとしか思えなかった。
「剣を抜くがいい。それくらいの猶予はくれてやろう。」
「いいんですか? 打ち合うこともなく僕を倒すのではなかったのですか?」
「勘違いされては困る。貴様が抜き身の剣を手にした状態、でとオレは言いたいのだ。これから貴様は受け流す事も出来ず、オレが刀で防ぐことをせずとも倒せるのだ、と言いたいのだ。」
「そうならないように善処してみせますよ!」
僕は背中の剣を抜き彼に斬りかかっていった。それでも彼はふてぶてしく堂々と待ち構えている。そこでふと思った。……彼は片方しか刀を抜いていない? 少なくとも彼はまだ全然本気を出していないのだということを悟った。僕は彼にそれを抜かせる程の実力を備えているのだろうか……?




