第173話 戟覇、フェイロン
「なんですって? もう彼らがこの国にやってきていると?」
私はエレオノーラたちに先行してエル・ダンジュの街にやってきていた。良からぬ噂を東洋人のコミュニティで耳にしたからだ。私が懸念していた最悪の事態に発展しかねないので前もって対策を立てておきたかったのだ。その真相を確かめるべく、東洋人の商会”龍遊迴”の支部を訪れた。私と宗家パイロン以外の五覇がこの国に足を踏み入れようとしている、その脅威に対抗するために……。
「ええ、珍大人からの連絡によるとそういう事になりますな。」
宗家パイロンの子供たちがロアに興味を示している。その噂は”鬼”の追跡のために再び西国に足を踏み入れる前に聞いた話だ。宗家がロアに敗北し、事実上の引退宣言と共に”刀覇”と”剣覇”の座に自らの子供たちを指名した。
彼と同世代である先代の刀覇も揃って席を譲ったため、この事件はある意味、梁山泊の世代交代を促すことになった。世代交代を期に父である宗家を打ち破った男に自らも挑む事を望んだのだろう。
「揃いも揃って、戟覇までもが旅に同伴していると?」
「我らの商会の次期当主は老師パイロンのお子様方の教育係も兼任されています。同伴するのは当然のことでしょう。お子様方は五覇に就任されたとはいえ成人になって間もないお年頃。単独で異国を旅をさせるわけには参りますまい。」
「それはそうだが……。」
宗家の子供たちはともかく、戟覇までとは……。ロアには引き合わせたくない存在なのは間違いないが、エレオノーラにも手出しをする可能性がある。自らと同じ戟覇の技を使うのだから、弟子にしたいと考えるのは必然だと思う。
特にあの男は極端な女たらしとしても有名なため、彼女を自分のものにすることを考えるだろう。例え、未成年だったり、既婚者であっても美女が相手となれば見境がないのだ。あの様な悪い虫を引き合わせないようにするのが師の役目だと思っている。
「ハハ、子守に付き合わされる俺の気持ちがわかる? カワイコちゃんに会うとかの楽しみがないとやってらんないのよ。」
「き、貴様!? いつの間に!?」
話の途中で、聞いただけでも不快な思いをする声が聞こえた。いつの間にか、戟覇フェイロンが店の中にいたのだ。遅かった! もうすでに彼らがこの街に到達していたのだ!
「いやあ、やっぱアンタが槍覇の正体だったんだな。俺は気付いてたけどね。」
「それでも黙っていてくれたことには感謝するが、今までの性的な嫌がらせを許したわけじゃない。」
「嫌がらせ? そんな風に取られてたの、アレ? 俺なりの誠意、アプローチで迫ってたんだけどなぁ? アンタ、俺の好みだし。」
「女と見れば見境なく手を出すくせに……。白々しい……。」
「相変わらずツンツンしてるねえ。そんなだから、行き遅れるんだよ? 大体、俺と歳、同じくらいでしょ? 俺なら貰ってやれるだけどなあ?」
「余計なお世話! そういう言動が”嫌がらせ”に該当するんだ! 相変わらず、デリカシーのない男!」
「おー、こわ!」
この手の男はたちが悪い。初めて会ったときから口説こうと迫ってきたほどである。私の養父がそばにいたとしてもお構いなしに、その様な行動を取るのだ。この男とはその時からの腐れ縁的な存在なのである。その時以来から、この男への評価は変わらない。長い時を経たとしても、呆れるほどその姿勢は何も変化していない。
「あー、そうそう! アンタの新しい弟子の子二人、あの二人は師匠と違って素直でイイ子達だったよ!」
新しい弟子の二人、彼女たちは大武会で交戦した後に、保護する目的で引き取った娘たちだ。異国ならば彼女らの追手も手を出しにくいと考えた私は二人を弟子にして、梁山泊で教育することにした。暗殺の道具にされていた彼女たちを不憫に感じたからだ。私、自らも似たような過去を持つが故に……。
「まさか、貴様、手を出したというのか!」
「当然じゃない。色々訳ありみたいだったから、最初は俺を警戒してたけど、次第に気を許してくれたよ。ホントに素直でイイ子達だったよ。」
聞いて呆れた。あの子達にまで手を出すとは……。彼女たちの保護は出来たが、余計な虫がつく結果になってしまった。あの子達も育ってきた環境故に、その様な目にあうのは問題ないと感じているだろうが、私としては不本意だ。複雑な気分だ……。
「ついでにさ、アンタの一番弟子にご挨拶したいな〜、と思ってここまでやってきたわけよ。凄いべっぴんさんなんだって? アンタに引けを取らないくらいに?」
「あの娘には手を出させない! ロアのためにも!」
薄々感じていたが、やはりエレオノーラに会うことが目的だったようだ。彼女に手が及ぶとわかれば、ロアも黙ってはいないだろうし、この男は容赦なく排除に走るだろう。それだけは避けないければならない。
「なんか、パイロンの爺さんの心を動かしたそうじゃない? あの頑固爺をだよ? 石頭が過ぎて結婚したのも晩年だったあの爺がだよ? 会いたくなるじゃない? この俺が会わないわけにはいかないよねぇ?」
「あの子達は貴様とは根本的に違うのだ。貴様のような俗物が本来関わっていい人間ではない。」
「いやいや、俺が正しく導いてやるんだよ。そんな娘は冴えない男と一緒にいる方が世の中の損失になるんだよ。いるべき場所に導いてあげるのが俺の使命だから。」
「何をしようというのだ! 導くなどという、最もなことを言って……、」
私の口を塞ぐように、奴は人差し指を縦にして押し付けてきた。加えて、チッチッチッ、と私の言葉を否定するような素振りをした。
「その娘を次期の宗家に仕立て上げてみせる。それが”新生”梁山泊への改革の一つとしてね。もう、古臭いのは終わりにしたいんだよ、俺は。」
とんでもない持論を展開し始めた。この男が次期の宗家、有力候補なのは梁山泊の内外で有名な話だ。それを蹴って、あの娘を宗家の座に就けるだと? 何を企んでいるんだ?