第170話 インビジブル・シックルズ
「ボス、ヤツら、エル・ダンジュに向かってるそうですぜ? どうしやす?」
「ああ? そのまま、法王猊下に謁見するのかと思ったら……、聖都から離れてるじゃないか?」
俺とギリーは英気を養うことを兼ねて酒場で今後の任務について話し合っていた。聖歌隊に紛れ込んだ魔神を駆除する任務は終わったが、俺達は引き続き勇者一味を監視する任務を続行する事となった。俺達の所属する異端審問会は悪魔退治を主任務としているが、宗教上疑わしい活動をしている人間を判定し、処分を下す仕事もしている。
とにかく、あの勇者は疑わしい部分が多いため、監視をせよという指示が上から来ているのである。ヤツらの動向を探っていた矢先に聖都から離れるという情報がギリーからもたらされた。
「なにやら、仲間内で披露宴をするから参列するという話だそうですぜ。まあ、あくまで表向きは、ってところでしょうがね。」
「へっ、わざわざ近郊の街でやろうってのが怪しい。疑ってくれとでも言ってるみてえだ。」
「その披露宴の主催者ってのが、ジュリア・ローディアスらしいですぜ。」
「なんだと?」
あの勇者は各地で様々な人脈を持っているらしい。騎士団とのつながりがあるのは当然のことだが、法王庁の治療院や神官戦士団ともつながりがあるようだ。例のヴァル・ムング事件に関わった事が切っ掛けで繋がりが出来たとされているらしい。ジュリア・ローディアス…旧姓は確かデイライト。あの女もまた勇者と同様、法王庁から要注意指定されている人物である。
「はっ、これまたうさんくせえ奴と来たもんだ! なるほど、これは確実に裏がありそうだな。」
「そうに違いないですぜ。」
「勇者の力を借りて、俺らに対抗しようってところだろうよ。ようやく動きを見せやがったな。」
デイライト…この名を持つ家系は法王庁から要注意指定を受けている。この家系は代々、高名な司祭を何名も輩出する名家とされてきたが、先代の時点である問題を起こした。現体制への不信と改革を謳い、反体制派の源流を作ったとも言われているからだ。現在、そういう芽は摘んだため活動は下火になっているというが、ここで動きを見せてきたようだ。
「オガワグループと繋がりがあるのはヤツらが資金提供をしているからに違いありやせんぜ。」
「禄に戦闘技能を持たない奴が旅に同行してるのがそもそも怪しいんだよ。ヤツらにそういうつながりがあると見て間違いないだろうな。勇者と共に旅をしたという事実を作ることで泊を付けようってところだろうよ。」
「いかにも金持ちがやりそうなことでさあ。」
オガワグループといった商会とのつながりがあるようだ。商会の跡継ぎが勇者と同行しているのは有名な話で、勇者の権威を利用して各界とのつながりを作り、商業ルートを拡大しようと画策しているのだろう。いい宣伝にもなるだろうからな。
「オガワといやあ、例の東洋人の一派ともつるんでるらしいな? 国は違うが同じ東洋系の人間たちだ。結託してこちらへ本格的に進出してくるのだろうよ。」
「はっは、勇者自体そのための尖兵って可能性も考えられますぜ? 表向き、武芸の名門を追放されたって話ですがね。」
「策略としては古来からよく使われる手段だ。ヤツらの国に”苦肉の策”なんてものがあるくらいだ。」
「なんですかい、それは?」
「ああ、これはな、今から1700年から1800年前にあった逸話が元になってるらしいんだが……、」
戦国の世の中だった時代に、南下する最大勢力を食い止めるために使われた計略であるという。裏切り者の烙印を押された老将が最大勢力に下ったがそれは見せかけであり、戦力を削ぐための作戦の要となって成功に導き勝利への足がかりとなったのだそうだ。
その事前工作として実際に老将への刑罰も実行され、過酷とされる鞭打ち刑を耐え抜いたのだという。それを知った俺はなんと気骨のある漢かと思ったものだ。同じ時代に生まれていれば、ぜひとも戦いを挑みに行きたいとさえ俺に思わせた程だ。現代にこれほどの者が果たして何人いるだろうか? 俺もその老将に恥じない程の武人となることを目指している。
「大昔の話でさあ。そいうのには尾ヒレ背ヒレがついてるモンですぜ。」
「ハッ、違いないが、それぐらいの気骨は持っておいても損することはないだろうよ。」
「あっしはそういうの、遠慮させてもらいまさぁ。」
「お前とはタイプが違いすぎる。そういうのは大将の俺だけで十分だ。」
俺らの部隊は特選部隊だ。各種エキスパートが揃っていてこそ、力を発揮できるのだ。少数精鋭故に臨機応変に対応するにはそういう柔軟さが必要だ。斥候や隠密、暗殺に関してはギリーやスミスの右に出るやつはいない。俺やジャックは反面、荒事を得意としている。何事もバランスが重要だ。
「今回の任務から新入りが加入するらしいすけど、役に立つんでしょうかね?」
「どうせババアの言うことだ。どうせ一癖二癖ある野郎がやってくるんだろうよ。」
ババアとは異端審問会のボス、オードリー・ヒートバーンズのことだ。今ではトップについているが、元は不可視の鎌のメンバーだった。出世はしたが今も変わらない態度を俺は貫いている。その他いざこざも多いが、それぐらいの関係性の方が丁度いい。あのババアが増長しすぎないストッパー役を俺がしないといけないと思っているからだ。
「来やしたぜ。案外、小柄だな?」
「ん? ああ、アレは女だな。」
酒場で落ち合う事になっていたのだが、目印として俺達の所属を表す黒ローブを着けることになっている。俺は着ていないがギリーには着させている。俺には義手があるから目印はそれで十分だと判断した。
「あの? 貴方が不可視の鎌の方ですね?」
「そうだ。まさかお嬢ちゃんが新入りだってのかい?」
当然、新入りはギリーに話しかける結果になった。俺に目が向いていない今、新入りを一通り観察してみた。随分と華奢な女だ。しかも若い。俺らと行動するにはどう見ても不似合いな出で立ちだ。魔術師とは聞いていたがこんな奴をよこすとは考えてもみなかった。人違いとさえ思えるぐらいだ。
「ええ。まだまだ未熟者ですがお世話になります。」
その時、ローブからちらりと腕をのぞかせた。少女には不似合いな物々しい義手が付いている! 少し見た目は違うが、俺の付けている義手”フェイタル・ギア”と同型の物を付けている! これは……面白いことになってきたぞ!