第165話 天に弓引く行為
「心配をかけさせましたね、ロレンソ。警備と誘い出しへの尽力、見事でしたわ。」
「聖女様にご満足いただけて、光栄に思います。ヒュポグリフ卿の作戦指揮があればこその成功でございます。」
舞台上での演出を装い、外からの脅威を一網打尽にする。この様に大胆な作戦に私は当初、反対の意を示していた。だが非常勤顧問のヒュポグリフ卿の説得、説明により転じて作戦に協力する流れとなった。
「勇者殿の協力もあったからこその成功であります。そうでなければ、観客への被害も出ていた可能性もありましょう。」
「半分騙した形での協力依頼でしたけれど、プリメーラにはいい経験をさせてあげることができたのは良かったですわ。」
入隊当初は将来有望で次期聖女、もしくは次代の勇者を担う存在になると目されていたプリメーラだが、次第に伸び悩み、スランプに陥ってしまっていた。そこで勇者という後輩を得て、それに刺激される形となり、見事に潜在的な力を開花させる形となった。この事実は我々の想像以上の結果をもたらした。
「アイローネの禍を退ける助力となった存在、偉大なる勇者 ブレイブ・ザ・グレート……。彼は一体何者だったのでしょう?」
「プリメーラの説得、剣術の手解きを行ったと言われる人物ですな? 私も影の勇者の存在など今まで一度も聞いたことがありませぬな。勇者殿の狂言だったのでは?」
「私の秘術を一時的に解除したことへの説明がつかないんですの。それに、プリメーラの不在時は勇者様はロイドの宿舎にいたことはハッキリと証拠が残っていますわ。同一人物ではないことはハッキリしています。」
風のうわさでは、勇者殿がロイドにやってくる少し前、魔術学院にアイローネが出没したらしい。その脅威の前に立ちはだかったのが例のグレートと名乗る者であったそうだ。
アイローネがロイドを離れその様な場所にいたことも驚きだが、今回の件と合わせて二度もアイローネの企みを阻止したのだという。行動力、指導力もさる事ながら、その武力も目を見張るものがある。
そこまでの実力者が何故、今まで埋もれていたのだろうか? 些細な噂すら今まで語られていなかったのである。謎めいた存在という他ない。
「謎めいた存在、それはお姉さまにも同じことが言えるのではありませんか?」
「うふふ、アリシアーナ、それを口に出すことは禁じていたはずよ。」
「お姉さまの方こそ……。その名はあくまで二人きりの時にしておいた方が良いのでは?」
「おお、いけない、いけない、私は何も聞いておりませんぞ、と。」
「白々しいですわよ、ロレンソ様。あなたも事情は知っておいでだから、身内には代わりありませんわ。」
聖女様の妹君、アリシアーナ殿が着替えを終えて参られた。本来は別の名義で活動しているのだが、今回の作戦では聖女様の影武者の役を引き受けて下さったのだ。瓜二つの容姿だからこそ、誰も別人であることをうあ違わずに事を収めることが出来たのだ。
これは処刑隊、異端審問会からの疑いを逸らすために打った大芝居でもあった。聖女様の素性が暴露されるのは我々にとって致命的となる可能性もあったので、それを払拭する役割が必要だった。
「白々しくはありませんよ。例え真実を知っていたとしても、聖女様への忠誠心に変わりはないのです。それにヒュポグリフ卿にも敬意を抱いておりますし、事実上の薔薇騎士団の真の団長であると思ってもおります。」
「変わった方ですね。貴方は。」
「私は優れた美を体現している人物ならば男女の分け隔てなく敬意を抱いているのです。その方が例え、後ろめたい事実を秘めていたとしても、それを支え、敬愛する覚悟でいるのですよ。」
「後ろめたい……。手厳しいですわね。でも、貴方のそういうところを私は信頼しているのですけれどね。」
「最大限の評価、至極恐悦にございます。」
私はエミール様が聖女に就任する前からお使えしている。そのルーツはヒュポグリフ卿と戦場で会ったその時にまで遡る。互いに敵同士ではあったが、その目的が同じであることを知り、結託する流れとなったのだ。
その過程で傭兵団を立ち上げ、次第に実績を上げ、しまいには聖女様付きの親衛隊を兼ねた騎士団として薔薇騎士団が創設するに至った。それ故、結束は硬い。
「お二人の目的を承知の上で話しますけれど、正直、いつまで人々を偽り続けるつもりなんですの?」
「それはどういうことかしら? 私達は目的のためならいかなる手段をも講じると覚悟の上でこうどうしているのよ。それはあなたも知っているでしょう?」
「ですから……もっとまっとうな方法で、ということを言いたのです。勇者様と共に戦うというような選択肢を取る考えはないのですか?」
妹君は勇者殿と結託せよ、と進言してきた。我々の目的は……ある意味神に弓引く行為であるため、彼らを巻き込むわけにはいかない。それはエミール様やヒュポグリフ殿も同じ考えのはずだ。如何に妹君の願いであろうと聞き入れるわけにはいかぬのだ。
「私達の目的は復讐。その対象は人々が最も尊敬し、畏敬の念を持っている存在よ。その様な方に復讐を遂げようというのですから、手を借りるなどというマネはおこがましいこと。むしろ、私達は勇者様に糾弾されるかもしれないでしょうね。」
「そうでしょうか? 幾度かあの方と接しましたけれど、お姉さま達を糾弾するような方ではありませんわ。グランデ嬢のお話を聞いたことはありませんか? あの方は闇の力に侵された人々をも救おうとするお方なのですよ。」
「尚更、できないわ。私達のような汚れた目的を持つものは……いずれ勇者様のような方によって淘汰されるべき存在なのよ。」
我々はの行いは糾弾されるだろう。もし、事を成し遂げたとしてもだ。だが、教団の未来のためにも、決行すべきだと考えている。誰かが汚れ役を引き受けねばならないのだ……。