第161話 友への手向け
「もう手遅れさ! 君の親友は、いや、元の私は二度と戻っては来ない。私はあなたに見捨てられた!」
アイリの姿をした何かは私の罪の意識を刺激した。あの日、マルガリータの悩みに寄り添ってあげられなかったのも事実だった。あのときの私では荷が重すぎたからだ。
「辛かったんだよ! でも、あなたは助けてくれなかった。才能もセンスもない事に打ちのめされていた私を見捨てた!」
「たしかにそうだよ! 私はアイリをほったらかしにした。それは本当。私もそういうのに向き合うことから逃げ出した!」
「やっぱりそうだったんじゃないか! 私を見捨てたんだね!」
剣を合わせながら、アイリと切り結ぶ。分身が全て消えた今、これを倒せば全てが終わる。表面的な戦いからはすぐにケリを付けることが出来る。でも内面の自分の弱い心を変えるには逃げずに正面から戦わなきゃいけない。そうしないと先に進めないと思ったから!
「あのときはゴメン! 私も余裕がなかったからそうするしかなかった!」
「この薄情者! そのせいで悪魔に身も心も食い尽くされる結果になった! どうしてくれるの!」
「たしかに私も悪いけど、悪魔からの誘惑に負けちゃったからいけないんだよ! だから、私は親友だから正してあげないといけない!」
「自分の罪さえ親友になすりつけて抹消しようというのか!」
「違うよ! 昔、約束したじゃない! 私達は一緒にスターになるって言ったじゃない! たとえ死んでも悪魔に魂を売ってしまったからといっても変わらない! 一緒に夢も罪も背負って生きる覚悟を決めたんだよ!」
「ケケッ! お前のような小娘が言うことかぁ!!」
「うるさい、黙れ! 私の親友の名を借りて悪事を働くなぁ! 私達の夢を汚す奴は絶対に許さない!」
光の一閃! 気付いたときには怒りに任せて勇者の一撃を放っていた! 赤みを帯びた閃光がアイリの体を包み込む! 瞬時に体を炎が包み込み、幻のベールを引き剥がし元の悪魔の姿に戻してしまった! これは師匠が見せてくれた勇者の豪撃? 私にもこの技が出来るなんて……。
「ぎゃああああっ!? なんでお前がこの技を使えるんだぁ!? あの忌まわしいグレートの技をぉぉっ!?」
「わからない! 多分、アンタが私を怒らせたからだ! ムカついたら、マルガリータの事を思ったら、自然と出来たんだ!」
「そんな馬鹿げた奇跡があり得るものかぁ!!」
鳥人間の魔神は消えない炎にまとわりつかれ、地面を転がりながら悶え苦しんでいた。明らかに勇者の一撃とは一味違う威力だった。でも……多分これだけじゃ、倒し切るには後一歩足りない気がする。
「ここは私が手を貸そう。いや、二人の力を合わせねばこの魔神は倒せない。」
「ヒュポグリフ様?」
私は一瞬、ヒュポグリフ様なら魔神に止めをさせるのでは、と思ったけど、本人はそれを否定した。二人でなんて何が出来るんだろう? ……ん? でも、二人ならあの技が試せるのかもしれない!
「わかるね? あの技だよ。先に本物の勇者たちが示してくれていた。」
「うん、わかった! やってみる!」
もう何もかも理解した。自然と技の体勢に入り、構えを形にしていった。一度しか見てない。一度も練習はしたことがない。でも、一度見た光景は忘れることが出来ない。それを今やるしかないと思った!
「……スパーキング・イレイザー!!!!!!」
「ぐおぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!」
眩しい太陽のような閃光に包まれて魔神は力なく倒れた。そのまま消えるかと思ったら、再びアイリの姿に切り替わった。
「くく……負けたよ……。口惜しいったらないね。」
「フッ、負けたと言っても、君自身勝つつもりなどなかったんじゃないか?」
「ヒュポグリフ様? それはどういう意味?」
「何か途中からアイリであることにこだわっていたように見えたのでね。何か元の本人が最後の抵抗を見せているように感じた。」
「く……バカ言っちゃいけない。あの子は一年以上前に体も魂も食い尽くした。意志など残っちゃいないよ。」
「その割に君は正々堂々としていた。悪魔とはいえ、だけどね。狙撃された時には勇者を倒すチャンスを見逃し、それ以前からもこの子を殺すことはいつだって出来たはずだ。」
そうだ! 思い返せばおかしいことはいくらでもあった! なのに卑怯なマネは一度もせずに三番勝負には最後まで付き合ってくれた。アイリ側の方が優勢だったはずなのに。
「ハハ、ボクはね、化けるからにはその対象を演じきらないと気がすまないのさ。人間如き、すぐに成り代わって、生活に溶け込み慣れてきたところで正体を現してやって、周囲に人間を絶望に陥れる。それがボクの戦術、常套手段だった。」
魔神は死にかけているのに、驚くほど饒舌だった。何か全て白状してしまえば同情をもらえるとでも思っているかもしれない。でもそれにしてはあまりにも正直な語り口調だった。
「けど、今回は違った。計算が狂ったんだ。あまりにも人間として生きた時間が長すぎたのかもしれない。君らのような人間を見ていると正攻法で勝って思いっきり蔑んでやりたいという風に魔が差したんだと思う。その間に情が移ってしまったみたいだ。ポジョス様の配下だというのに何たる様だ。情けないね。」
「君が人間に感化されたというのかい?」
「そうだよ。役にのめり込みすぎたんだ。役そのものに成り切ってしまったのがいけなかった。悪い癖だね。プロ精神が命取りになるとは思わなかった……。」
役にのめり込む……役者の人が陥る職業病みたいなものだと聞いたことがある。舞台とかで完璧に演じきろうとするあまり、普段の自分の人格までに影響を与えて、その役みたいな人に変わってしまうっていう。聖歌隊の先輩方にもそういう人が何人かいたらしいけど、魔神も同じ様になっちゃうの? ということは、今まで見てきたアイリは……。
「全く、口惜しいよ。大体、君がいけないんだよ、プリメーラ。どうしても君の絶望する顔が見たかったばかりにドツボにハマってしまったじゃないか……。」
「アイリ、いや、アイローネ。アンタと競い合えたのは楽しかった。できれば人間としてのアンタに出会いたかった。」
「ボクに対してそんな事を言うのかい? ハッ、本当にくそったれな女だね君は……、」
その言葉を最後にアイリの姿を保ったままでボロボロと灰のように消え去っていった……。