第160話 所詮は夢幻
「大金星か。御大層だね。君はもう勝ったつもりでいるのかい? 成功した前提でも物事を考えるのはよしてもらいたいものだ。」
「ハハッ! 当たり前じゃないか! 君たちのようなちっぽけな人間風情には負ける気なんてしないよ! まさか、今までのボクが本気を出していたとでも思っているのかな?」
アイリの姿を打ち捨てて、本性を見せた鳥人間の魔神。ヒュポグリフ様に劣勢にあることを指摘されても余裕を見せてケラケラ笑っている。一部仲間割れみたいな事が起きてるけど、周りは全部敵だらけ。私やヒュポグリフ様だけでなく、観客席には聖女様もいる。これでも勝てると思っているのはおかしい。まだ何か秘策でも持っているのかも?
「伊達に君ら人間から陽気な道化師と呼ばれてるわけじゃないよ。見せてあげよう、幻術の真髄という物を!」
魔神の宣言と同時に周囲には分身がたくさん出現した! 全く瓜二つ、全部本物みたいに見える分身が出てきた! 最初から同じ姿の兄弟がいるみたいに私達を取り囲んだ。本当にコレだと追い詰められているのは私達のように思えた。
「どうだい、どうだい! 追い詰められた気分は? 生きた心地がしないだろう? 君たちはボクをこんな風に見てたんだろうけど、実際は違う。追い詰めたのはボクのほうさ。」
「夢幻如きでいい気になるなんておめでたい奴だね。所詮は幻、本体は一つなのはかわらない。いつまでも虚勢を張るのは止めたほうがいい。」
「気に入らないな。そのキレイな顔が恐怖に歪んだ姿を見たくなってきたよ!」
鳥人間は指をパチンと鳴らして、分身の姿を別の物に変えた。その姿は……聖女様だった。聖女様が何人も自分たちの回りにいる! これじゃ戦いにくくてしょうがない。偽物とは分かっていても、私は手を出しづらい。
「なるほど、いい手段だね。」
「どうだい素敵だろう? 手を出すのがおこがましくなったろう?」
「下衆の極みだ。これで私を倒せると思っているのなら、すぐにでも考えを正すべきだ!」
(シュパッ!!!)
ヒュポグリフ様が動いた! 一瞬の閃光のような動きで後ろにいた聖女様……じゃなくて化けた分身にサーベルで斬りかかった。サーベルは見事に脳天からパックリと切り分けられ無残な姿を晒していた!
「く……ああ!? バカな!? なんで分かったんだ!!」
「気付いていないのか? 自らが放つ下衆の腐臭に。私には筒抜けだよ。姿形を偽ろうとそんな小手先の技は私には通用しない!」
「へへ……言ってくれるじゃないか!」
聖女様の姿は徐々に鳥人間に戻っていった。そしてサーベルの刃を手で掴んでいるけど、額には赤い筋が浮かんでいる。避けられたけど完全には躱しきれていなかったみたいだ。ヒュポグリフ様はあっという間に本物の場所を見抜いてみせたんだ! 凄い!
「これで底は見えた。私が直々に相手をする必要はないな。」
「ククッ! 余裕かましちゃってさ! ボクを見逃すというのかい?」
「違う。私は譲ったのさ。彼女に。」
と、ヒュポグリフ様は私を見た! 穏やかな目で私を見つめていた。完全に私を信じていると言わんばかりの視線を送ってきていた。こ、困るよ! そんな期待されても私一人で勝てるかどうかわかんないのに!
「おやおや、いいのかい? 立派な次世代の聖女・勇者候補に任せるというのかい? だったら遠慮なく殺しちゃうよ?」
「殺されはしないさ。それに彼女には君という敵を打つ使命がある。逆に私がそれを邪魔するのは無粋だと感じただけだよ。」
「ハッハッ! これは願ってもみなかったボーナスタイムだね。腹いせ代わりにこの子をサクッとやっつけちゃうとしよう!」
鳥人間はアイリの姿に戻った。周りにいた分身達も聖女様から全部アイリに切り替わった。この状況は戦車戦のときと同じ。あのときとは違う部分もあるけれど、戦いの続きと考えるならこれ以上ふさわしいものはないと思った。
「さて、気分を切り替えて、君をたっぷり可愛がってあげるとしよう!」
「アイリならそんな事、絶対言わない! 姿借りるんならおかしなこと言うな!」
「おやおや、これは失礼。……そうだったわね。あなたとの決着の機会をもらったんだから、せめてアイリを演じた上で止めを刺してあげないと失礼だもの。」
「まだ違う! やり直し!」
私の堪忍袋の緒は切れた! サーベルを手にアイリの姿をしたなにかに斬りかかる! それを難なくレイピアで弾いてきた。それでも果敢に攻め立てる。余計なおふざけをさせないために!
「ククッ!? なんだいこの速さは!? さっきよりも動きが早くなってるじゃないか! むしろこっちはさっきよりも本気を出しているというのに!」
「私を舐めてるからだよ! それにアンタへの怒りが、マルガリータへの思いが私に力を与えてるんだ!」
本当のところはわからない。最初、正体を見たときは勝つのは難しいと思った。でも、正体を知ってマルガリータが無念の最後を遂げた事を思うと、怖がってなんかいられないと思うようになった。それが不思議と力を与えてくれた。それに今はヒュポグリフ様が見守ってくれている!
「前々から思い込みが激しい娘だと思っていたが、ここまでの力を与えるとは! 勇者が来る前に始末しておけばよかった!」
「もっと前に気付いてあげればよかった! 何かおかしくなった時にもっと疑うべきだった! そうしていれば、こんな事にならずに済んだかもしれないのに!」
鳥人間は押されると悟って、一人では戦わずに分身たちを次々とけしかけてきた! でもそんなのは相手にならない。次々と斬り伏せて消滅させていく! 何かもう、完全にヒュポグリフ様になったみたいな感じがしてきた。直接目の前で戦いぶりを見ることが出来たからイメージが鮮明に頭の中へ焼き付けられたからだと思う!