第158話 中の人などいない。
「おやおや、ベルリ・アルさんは勇者にご執心なようだね。」
「おのれ、どういうつもりだ、ベルリ・アル! 謀反を起こしておいて、勇者の首でその行為が許されるとでも思っているのか?」
突然のヒュポグリフ様乱入と狙撃犯の出没。そのまま、アイリをみんなで倒す展開になると思ったけど、そうならなかった。邪魔された恨みがあるからロアンヌへの仕返しを優先させたのかもしれない。でも、その方が良かった。アイリとは引き続き決着を巡って戦うことが出来る。
「邪神官バ・ゴーン、いや、魔神アイローネ。君の狙いは一体何なんだ?」
「剣士ヒュポグリフ、アナタには関係ない話でしょう? 私がどうしようと関係ないはずだ!」
「いいや、関係はあるね。聖女様とは昔から縁があるし、私は薔薇騎士団の非常勤顧問に就任しているからね。聖女様や聖歌隊に危機が訪れた折には駆けつけねばならない使命を帯びているのさ。」
ヒュポグリフ様って実は薔薇騎士団の一員だったんだ! だから聖女様に頼まれてやってきたのね。良からぬ噂があったのもたまに出入りしていたから、それを見られてゴシップに仕立て上げられたのかも! 多分そうだ! そう考えればスッキリする。
「まあいいさ。我々、魔王軍に仇なす者は全て排除するまでだ。勇者や聖女、その候補に加えて、名のある剣士をまとめて始末出来たとあれば、ポジョス様もお喜びになられるだろう。」
「勝ってもいないのに、もうその結果の算段を始めるとはおめでたいものだ。逆に窮地に追い詰められ、チェックメイト寸前だというのに。」
アイリは突然上を向き、口を開けた。ただ上を向いただけにとどまらず、首の関節の可動範囲を無視して真上を向いていた。人間の出来る動きじゃない! それを見て唖然としていたら、口から何か尖った物が突き出してきた!
「何を言ってるんだい? ボクを舐めてもらっちゃ困る。チェックメイト寸前という立場は君達も同じだ。あそこには聖女がいる。ボクもその気になればいつでも命は奪えるということを忘れずにね!」
言いながら口から徐々に何かが飛び出し、体を脱ぎ捨てるように這い出てきた! 尖っていたものはクチバシ、そしてその正体は鳥の頭を持った人間だった! アイリの中から鳥人間が出てきたんだ!
『きゃああああああっ!!!!????』
観客席から悲鳴が上がる。もちろん自分も声を上げていた! 人の口の中から突然鳥人間が出てきたら、誰でもビックリする! しかも着古した服みたいにアイリの皮だけが側に打ち捨てられている。こんなショッキングな光景を目にして正気でいられる方がおかしい!
「どうだい? 驚いたろう? ボクのお得意の変装術さ。対象を着ぐるみみたいに着こなして、それに成り代わる。見上げたもんだろう。」
「悪趣味だね。全くと言っていいほど、美意識を感じない。吐き気がする!」
「おやおや! コレは嬉しいね! 最大の讃辞と受け取っておくよ。」
魔神の見せた気味の悪い有様の目の当たりにしてヒュポグリフ様は怒りの視線を返している。その眼光は恐ろしいほどに鋭くて、まるで獲物を狙う猛禽みたいだった。
「アイリ、いや、マルガリータはもうこの世にはいないのだね?」
「マルガリータ? ああ、この娘の名か。当然、このとおりだよ。中の人などいない。いや、正確にはボクが成り代わったのさ。もちろん美味しく頂きましたとも!」
「げえっ!?」
その一言を聞いて思わず吐き出してしまった。おぞましさに耐えられなくなった。マルガリータ、私の親友はとっくに死んでいた。それどころか、悪魔に食べられていたなんて! もう取り返しの付かない状態になっていることは理解できた……。
「ひどい! なんでそんな惨いことを!」
「ハハ、目的ははただ聖歌隊と聖女を内部から破滅させるだけだった。でも、それだけじゃ面白くない。心身ともに蹂躙し尽くしてから崩壊させるほうが楽しいかなと思ってね!」
「下衆め。反吐が出るね。」
「そこで白羽の矢を立てたのが、えーと、何だっけ? マルガリータか? その子だったわけよ。なんか悩んでるみたいだったから、相談に乗って望みを叶えてやったわけさ! 後のことはそちらのプリメーラがよくご存知なんでない?」
悪魔はマルガリータの体を奪い、アイリと名を変えて活動していた。あの日別人みたいになってしまったと思ったけれど、本当に姿形をそのままにして中身が入れ替わっていた……。もうすでに私の知るあの子はこの世にいなかったんだ。
「はじめはちょちょいとパッパと済ませる予定だったけど、だんだん楽しくなってきて頂点目指すのも悪くないかなと思ったわけよ! そしたら念願かなってトップスターに成り上がったわけ。ちょろいモンだね、人間ってヤツらは!」
あの成り上がるまでの活動の全ては悪魔の気まぐれが起こした出来事だったんだ。信じたくなかった。遊びのつもりでそんなマネをするなんて許せない。こっちは人生を賭けて必死になってるのに! だんだん怒りがこみ上げてきた。この悪魔は絶対に倒さないといけない!
「そこでさ、先月、勇者がやってきたわけだよ。直前に魔術学院で一悶着あって、モヤモヤしてたんだけどさ、それを晴らす機会がやってきたんだ! ついてるよ、ボカぁ、なんて思ったもんだよ。全部まとめて倒せれば大金星間違いなしだと思った!」
ロアンヌもまとめて倒すつもりで今までの事を……。こっちは親友との約束を果たすために頑張ってきたのにそれをこの悪魔は踏みにじった。もう迷わない。コイツを倒すことに決めた。そうしないとマルガリータの死も無駄になってしまうから! 親友のためにも決着を付けたい!