第156話 聖女に纏わる疑惑
「ある所に一人の孤児の少年がいました。彼は小さい頃から女の子と見紛うほどの美貌で評判でした。でも、その見た目のせいで同性からよくいじめられていました。」
聖女様とヒュポグリフ様に関しての良からぬ噂、ゴシップを喋り始めたと思ったら、アイリは誰かの昔話を始めた。多分、ヒュポグリフ様の過去の話だ。そんな話をして一体何になるっていうの? アイリの狙いが良くわからない。
「彼はそんな運命を退けようと、剣技を学び、気付いたときには天才と呼ばれるほどの腕前を身に付けていました。そんなある日、彼は自身の出生の秘密を知ることになったのです。」
ヒュポグリフ様は凄い美形だから貴族とかそういう高貴な身分の出身なのかなと思っていたら、親兄弟のいない孤児だと話していた。とある田舎の教会で育てられ、独学で剣技を学んで実力を発揮し、名のある有名な傭兵になったらしい。ここまではアイリの話と一致するけど、出生の秘密? そんな話はしてなかったし、聞くのも失礼だと思ったのでそうはしなかった。
「彼の母は、なんと聖女エカテリーナだったのです! もちろん、聖女は子がいることを公表していなかったので、隠し子という立場なのでした!」
「……!?」
エカテリーナ? その人って、確か二代前の聖女様だったはず? 今の聖女様に負けず劣らず、ものすごくキレイで、お優しい方だったと聞いたことがある。今のエミール様もその人の再来とか言われてるんだっけ? 割と年のいったオジサンやオバサンなんかがよくそんな事を言ってる。その人がヒュポグリフ様のお母さんだったなんて……。
「それを知ったのは彼女の死後二年経った頃でした。ヒュポグリフは母の身辺を調べているうちに、謀殺の疑惑があることを突き止めました。その犯人は次の代の聖女クラウディアところまで調べ上げたのです。聖女が母の敵である事を知り、復讐を誓ったのです!」
話の途中で嫌な気配がした。あの日、戦車戦での出来事。アイリが狙撃されロアンヌが庇った事件。あの直前の雰囲気に似ている! なにか良くない感情が誰かに向かってぶつけようとしているみたいな? たしか、こういうのを殺気っていうんだっけ? それは師匠から教えてもらったことだ。こんな気配がしたら気を付けるんだ、と!
(キィィィィィィィン!!!!!!)
何も出来ずに動けないでいたら、甲高い音、金属で何かを弾いたような音が聞こえた! そして、アイリと私の間に誰かが割って入っていた。その姿は……全身白銀色の鎧に見を包んだ剣士だった! 鷲の顔を象ったデザインの兜を被っているから顔はわからないけれど、多分、この人は……!
「一度のみならず、二度までも! よく俺達の仕事を邪魔してくれるな。」
「それはこちらのセリフだ。二度も聖女様の可愛い教え子達を狙うなんて、とても許されることではないよ。」
鎧の剣士の視線は観客席に向けられていた。その先には二人の男、ボウガンを構えたちっちゃいオジサンと背の高い大柄なマッチョ男がいた。片腕がものすごい凶悪なデザインの義手?になっているのが気になる。
それはともかく、剣士が弾いたのはあのボウガンから発射された矢だったのかもしれない。また前みたいにアイリを狙った? あの人たちが処刑隊とかいう怖い組織の人達? あまりにも色んなことが起こりすぎて、頭がおかしくなりそうだった。
「失敗したんならしょうがない。そっちでケリをつけようじゃないか。」
二人のオッサンがずいずいと観客を分け入って、舞台に上がってきた。マッチョ男をよく見たら、魔神ベルリ・アルの格好をしている事に気付いた! ちっちゃい方もパッパ・ズースの格好してる。 バ・ゴーンの配下、三魔将の二人だ。あくまで劇の演出として誤魔化すために乱入してきたみたい。
「まさか、ヒュポグリフご本人が登場するとは思わなかったぜ。」
「フ、良からぬ事をしている連中がいると聞いてね。聖女様から直々に依頼され、急遽参上したわけだよ。」
剣士は兜を脱いで、ヒュポグリフ本人であることを認めた。確かに間違いなかった。あの輝くような長くキレイな金髪が兜の中から現れた。昔見た時と少しも変わらない美しさだった。あれから十年位たってるのに顔も全然老けてなかった。この人は年を取らないんじゃないかとも思えるくらいだった。
「フフ、疑惑の張本人が来るなんて思わなかったわ。」
「皆の間で良からぬ噂が流れているけど、今日ここに来たのはそれを払拭するためでもあるんだよ。」
アイリに登場の是非を問われてヒュポグリフ様は何かを指し示すような行動を取った。観客席の方向を指差し、その場にいる全員の注目をその先に向けさせた。観客席の一番うしろ、出入り口に一人の人が立っていた。何か正体を隠すみたいにマントを付けてそのフードを目深に被って顔を見られないようにしている。
「なんでぇ? また、サプライズかよ? もう俺達やアンタの登場だけで十分なんじゃないのか?」
「言っただろう? 私達は疑惑を払拭すると。」
「彼の言う通りです。私達は同一人物などではありませんわ!」
ヒュポグリフ様の言葉に合わせて、謎の人が被っていたフードを脱ぎ去り姿を見せた! 正体は聖女エミール様だった! まさか聖女様直々においでになるなんて思わなかった。 驚きと緊張で胸の鼓動が早くなったのを感じる!
「この通り、私達は別人だ。女性化の秘術を持っているからと言って、事実無根のゴシップを語るのはよしてもらいたいものだね。」
「フフ、まさか疑惑の証明なんてやられるとは思ってなかったわ。」
「チッ! 揺すりのネタが一つ消えちまったな。こりゃ、一杯食わされたぜ!」
アイリとベルリ・アルの格好の人は本気で悔しがっている。聖女様とヒュポグリフ様を貶めようなんてマネが通用するわけないよね! だって二人共、私の憧れの人なんだから!