第155話 剣士ヒュポグリフの水鳥麗水剣
「……ブレイブ・ザ・グレート!?」
私も最近知った人の名前をアイリが口にした。グレートのオジサン、いや、師匠はアイリになりすましている悪魔と因縁があると言っていた。前に戦った時にわざと逃したと言ってた。ヤッパリ、私の知っているアイリとは違う何かが取り憑いているのは間違いなさそう。
「それは私の師匠の名よ! どうして敵のあなたが知っているの?」
「知っているも何も、私の怨敵そのものよ。かつて、屈辱的な敗北を喫し、敗走するに至った。その根源ともいえる勇者を討ちにやってきたが、その弟子をも一緒に狩れる機会がやって来ようとは! ヤツの悔しがる顔を今度こそ拝むことができそうだ!」
どこまでが演技なのかはわからない。私自身も現実の話とお芝居の上での話を織り交ぜている。あくまで公演中だから観客を冷めさせないように、役柄の設定から逸脱しない範疇でアイリに語りかけている。その意志が伝わったのか、向こうも演技を捨てずに本音を語っているみたいだった。
「師匠のことは一旦置いといてほしいな。これはあくまであなたと私の決着の場だって事を忘れないで!」
「フフ、一度は逃げ出したクセに。私との約束を投げ出して逃げてしまったと思っていたわ。」
「でも、戻ってきた!」
「そうね、戻ってきた。最後の最後、締め切り寸前であなたは戻ってきた。ホッとしたのも事実だけれど、反面、がっかりもしたわ。」
「がっかり? どういう意味?」
「結局、私の手であなたを殺めないといけないのか、ってね。」
その一言にゾッとした。自身のレイピアを引き抜いて切っ先を私の顔に向けてきた。その表情はとてつもなく妖しく、とてつもなく恐ろしい気配を伴っていた。まるで最愛の恋人に手をかける、禁断の行為に手を染める事に酔っているかのように見えた。これはもう、人としての常軌を逸している。悪魔だから出来る所業なのだと私は理解した。
「覚悟は出来たかしら? 約束を守る覚悟が?」
「出来るも何も、ここに来た時点で覚悟は出来てるよ!」
「いい返事ね!」
(ッキィィィン!!!!)
速攻で必殺の突きを放ってきた。それでも私の反応速度も自分でもビックリするくらいに早かった。サーベルで突きの軌道を逸して、払いのけると同時に自分も相手の脳天を狙った打ち込みを繰り出していた。アイリもそれが来るのを読んでいたかのようにマントでサーベルを絡め取って凌いだ!
「さすが、団長仕込みの剣術は冴えてるね!」
「フフ、あなたも付け焼き刃の剣術にしては見事なものよ。伝説の剣士、ヒュポグリフの水鳥麗水剣を使いこなすなんて、思ってもみなかったわ。」
剣を絡め取ったまま引き倒そうとしてきたので、剣身に捻りを加えつつマントを引き剥がすように逃れた。互いに引っ張り合っていたため、抜けた途端に力の行き場がなくなり両者ともに体勢を崩した。そして、同じタイミングで体勢をもとに戻して、戦いの仕切り直しをした。
「昔から憧れてたから、これくらいはね!」
エニッコスはフィクションと知ってガッカリしたけど、ヒュポグリフ様には昔会ったことがある。女の人と見間違うくらいの超絶美形の剣士様だった。そんなにキレイなのに剣の腕もすごかった。流れる水のように、湖に浮かぶ水鳥のように優雅で洗練された動きで屈強な相手を次々と倒していく様は今でも脳裏に焼き付いてる。
「くっ! 憧れだけだとは信じられないくらいの再現度ね? どんな魔法を使ったのかしら?」
剣士にもなりたいと昔は思っていたけれど、思いのほか難しかったから途中で諦めた。歌や踊りのほうが得意だったから、そっちに夢中になって忘れていたというのもあるけど。
「ただ憧れの気持ちを思い浮かべて、自分も出来るって思い込めばいいのよ。勇者の資格があるなら、それが当たり前のように出来るって……師匠が言ってた!」
歌や踊りが得意だったから、聖歌隊に入ろうと田舎から大都会のロイドまでやってきた。そこで思いがけない人と出会った。それが聖女様だった。最初はヒュポグリフ様かと思ったけど、性別も違ったし、ただソックリなだけだった。
別に姉弟とか身内とかでもなかった事を知ってガッカリしたけど、ソックリさんて何人もいるものなのかなあ? 師匠とロアンヌの元の姿も似てるけど、それと似たようなもの? それ以上はよくわかんない。
「その現象を魔法と呼ばずして、何と言う!」
恐ろしいまでの殺気の嵐! その一つ一つで確実に命を奪える威力の突きを信じられないスピードで放ってきた。戦車の上で味わったときとは一味も二味も違う必殺の連続突きだった。一度見たとは言っても前より断然早い。
でも、今は見える! 見えて流れるような剣捌きで防ぐことが出来ていた。連続で半円を描くように必殺の突きを弾いていく。自分でも信じられないくらい、華麗な動きだった。本当に自分がヒュポグリフ様になったみたいに感じる。
「ヒュポグリフで思い出したが、彼には疑惑があるのを知ってる?」
アイリが一旦、攻撃の手を止めて憧れの人について私に訪ねてきた。当然、疑惑なんて知らない。あの人のことについては特に悪い噂なんて聞いたことがない。一体、アイリは何を知っているのか?
「聖歌隊を束ねる聖女エミール。この二人、実は……、」
「実は? 何?」
「同一人物説があるのをご存知かしら?」
「……!?」
そんなはずない! だって、本人に確認したもん! 聖女様は否定した。似ているとはよく言われると。事実無根、言いがかりは止めてほしい。例え、アイリでもそんな事を言うのは許さない!