第151話 新たなる夜明け
「いったい誰なんだ?」
切羽詰まった状況で突然、声をかけられたことに戸惑うしかなかった。俺の兄であることを名乗った上に奥義を授けるとまで言い始めた。怪しい事この上ない。このタイミングだ。コレも魔神が用意した罠に違いない。
「おい、ファル、今、俺は……!?」
言いかけた所でおかしいことに気付いた。ファルがまるで彫像になったかのようにピタリと停止していた。それだけじゃない。他の遠くに見える観客でさえ止まっているように見える。敵ですらも例外ではない。あまりにも饒舌過ぎた敵方の二人でさえ、喜々とした顔で嘲笑したままの姿で停止している。
《お前は今、私の作り出した仮想世界に入り込んでいる。外との時空とは乖離された状態にある。》
「そんなこと出来るやつなんて滅多に……!?」
……いないはず! こんな芸当が出来るのは俺が知ってる限りではサヨちゃんやトレ坊先生ぐらいなものだろう。俺の兄を名乗るんならそんな芸当は出来るはずがない! ますます怪しい。
《私の名はブレイブ・ザ・グレート。私も勇者であるが故、”勇気の共有”が行使できるのだ。眼の前で起きている現象は紛れもなく現実のものだ。》
その言葉を聞き終わった瞬間、眼前の景色が一変した。途端に外へと変わり、しかも夜! 今の時間は昼過ぎだったはずだがまっ暗闇の世界だった。いや、それは正確な表現じゃない。夜空には星々が輝き、完全な闇とは言えない状況を作り出している。
「久しぶりだな。弟よ。お前とこの場所で語らうのは懐かしいものだ。」
「何だよここは? 俺に兄なんていない!」
空間が別の場所に変わった後、兄を名乗る男が姿を現した。その姿は星空の下でもハッキリと見えた。まるで自分を鏡に写して見ているような錯覚を覚えた。完全に自分と瓜二つの姿だった。若干肌の色が褐色で威厳に満ちた風格を持っていることが違うところとして挙げられるかもしれない。ある意味、俺の完全上位互換とも言える姿だった。
「正確には血の繋がり等はない。お前と私は一心同体の身の上だからこそ、私は”兄”を自負している。お前があってこそ私が存在しているのであり、私があってこそお前は存在しているのだ。」
「何をわけわかんない事言ってるんだ!」
「今はわからずとも、いずれこの言葉の意味を理解するときが来る。」
見覚えのない場所にいるはずのない兄。あまりにも不可解すぎて、若江がわからない状況だ。この状況はもしかしたら、現実逃避したい自分が作りだした幻影なのかもしれない。
「違う。これは紛れもない現実だ。お前の方こそ現実から目を逸らしている。」
「心の中を勝手に読み取るな! しかも、仮想現実の中にいるのに現実ってか? 言ってることおかしいぞ!」
「そんな事はどうでも良い。それよりも奥義だ。真の奥義を授けると言っているのだ。」
真の奥義って何? 今まで見てきた勇者の一撃は間違っていたのか? シャイニング・イレイザー、シャイニング・アバランチャー、シャイニング・ガスト。この3つが勇者の三大奥義と言われている。俺の知る他の何人かの実力者達もそれを使いこなしている。それが違うというのか?
「三大奥義、確かに間違いというわけではないが、これらは不完全な奥義なのだ。」
「不完全だと? 他に完成形が存在しているような言い草だな!」
「歴代の勇者たちも完全体の奥義を体現できた者は数えるほどしかいない。それ故、誤った形で奥義が伝承され、不完全な形を取っているのだ。」
「今までのはウソだったのか?」
「嘘ではない。足りないのだ。今伝わっているのは50%といったところだ。」
今の奥義は半分? 残りを付け足せば完全体になると? 今の状態でも欠点の少ない技だとは思うが、何を付け足すというのだろう? それこそ超人でもないと体現できないのでは、と思う。数えるほどしかいないのもそれが原因か? そんなの俺に出来るわけ……、
「まずは見せてやろう。残り50%の奥義の姿を!」
グレートは剣を逆手に持ち、背中の方から振りかぶる様な体勢をとった。この構えはシャイニング・イレイザー、そのものだった。何が違うのだろう……と思っていたら、身に纏うオーラが違っていた。まばゆい浄化の光ではなく、猛々しい怒りを思わせるような光だった!
「勇者の豪撃、バーニング・イレイザー!!!」
「豪撃……!?」
赤みを帯びた閃光の刃が放たれ、先にある木々を次々となぎ倒していった。技のフォームは全く同じだが、見た感じの印象が全く異なっていた。まるで太陽の激しさを体現しているかのような技といえた。
「どうだ? 見て分かったろう? お前が思う通り、太陽の側面を体現した技なのだ。」
「太陽……。」
「もちろん、シャイニング・イレイザーも太陽を象徴した技だ。だが、あくまでそれは側面でしかない。バーニング・イレイザーも同様だ。」
どちらも太陽を再現している? 勇者の一撃は魔族に対抗するため、太陽の力を以て暗黒の力を浄化する技だ。今見た焼き尽くすような力が加われば、更に強力になりそうな気がする。でも、一人で体現することなんて物理的に可能なんだろうか?
「そうだ。この2つを組み合わせれば、まさに太陽の力をを再現した技となる。それが破魔の陽光となるのだ!」
「破魔の陽光……。」
「何も、一人で再現する必要は必ずしもない。今のお前には相棒がいる。二人で再現すればいい。」
「シャイニング・グレイシャーのようにか?」
「2つの閃光が交わる時、そこには太陽が現れる。それがお前たちの新技となるのだ!」
勝利への光明が見えた時、夜明けの光が差し、夜の終わりを告げようとしていた。これからの俺達を象徴するかのような夜明けの曙というべき光だった……。