第141話 リーダー不在の公演
「とうとう、プリメちゃんが戻らないまま本番を迎えてしまったでヤンスね。」
プリメーラに事の真相を聞かれ、その直後に失踪してから一週間経過した。3本目の演劇対決は他より長めの二週間が取られてはいたものの、その期間中に戻ってくることはなかった。
「いいや、まだ可能性はある。アイツは必ず戻ってくるさ。」
「ホントでやんすかぁ?」
関係者には大方事情は話したが、タニシには真相を話していない。今回の事件に魔神とか処刑隊が関わっているなんて知ったら卒倒しかねなかったからだ。下手に伝えて、本番中に恐ろシッコされてしまうと困るし。ちなみにタニシもチョイ役で劇に出演する予定である。
「甘ちゃんすぎるんだよ、お前は。こういうときは引っ叩いてでも、連れ帰ってくるもんだ。」
「そんな強引なやり方は嫌いなんだよ。ちょっと頭を冷やせば戻ってくると思う。」
「そんなんじゃ近頃の若い奴に舐められるぞ。ビシッと行くべきだったんだ。」
「そういう鬼教官的なのも通用しないと思うんだが……。」
聖歌隊はクルセイダーズみたいに軍隊じゃないんだから、そんなやり方は通用しないのでは? ユニットによっては殆ど冒険者みたいな活動をしているところもあるが、あくまで聖歌隊は宗教の組織だ。活動の中心は啓蒙とか芸事にあるのでノリが違うと思う。
「戻ってくるかどうかは置いとくとして、アイツ抜きで公演をすることにしないとな。」
「いない事前提でプランBを実行するしかないでヤンス。」
講演内容は俺らの事情が特殊なので当日の状態で多少の変更が出来るように考えていた。当初は俺の体調の具合に始まり、プリメーラの不在等を考慮した内容になっている。
その殆どはファルの役割に重きを置いていて、メンバーの有無で柔軟に立ち回れるようにしてあるのだ。二役、三役と場面ごとに切り替わる。それだけセリフの量とかも多いのだが、それを完全に暗記しているのがファルの凄いところだ。俺なんて一つの役を覚えるのにギリギリまでかかったというのに……。
「アイツが途中で戻ってきても大丈夫なの? 途中参加させて間違えたりとかしない?」
アイツがいなくなる前はリハビリに専念していたので、稽古の様子はあまり見れていなかった。本格的に稽古に参加し始めたのはいなくなってからなのだ。アイツは勇者モョモトの役だったので、俺が引き継ぐ事になった。オレがやる予定だった他の役はファルが代役を務める事になっている。
「プリメーラさんなら大丈夫です。いなくなる直前までの状態でセリフも完璧に覚えてましたし、演技もちゃんと熟せていました。」
「ハハッ、アイツは今のお前よりも完璧に熟していたぞ。このままだとクオリティの低下は免れないぞ。」
「グムム!?」
反論できないのが悔しい。オレのダイコン演技では客を満足させられないだろう。本来、人気を集めるリーダーのプリメーラが演じてこそ映える役なのだ。素人同然の俺ではクオリティが下がるのも当然と言えた。とはいえ、よく考えたら他メンバーも素人だった……。不器用すぎる自分が恨めしい。
「やはりプリメーラは戻ってきていないのね。残念だわ。」
「き、貴様はアイリ・リュオーネ!?」
俺達の楽屋にアイリがやってきた。その姿を見て思わず身構える。特にファルは敵意をむき出しにして睨みを効かせている。逆にアイリの方は落ち着いた態度を取っている。いや、それよりも何かガッカリしたような面持ちだった。
「ストーカーの事で怖くなって逃げ出したんですってね?」
「ああ、そうさ。アイツはアンタに迷惑がかかるのを気にして関わるのを辞めたんだ。」
「気にしなくても、私なんてそう簡単には死にはしないのに。」
表向きはそういうことにしている。渦中の人物であるアイリを目の前にしてこんな嘘をつくのは滑稽な話だが、タニシや聖歌隊全般には真相を話すわけにはいかないのでそうしている。こういうときは魔神なら意地悪くからかってきそうなもんだが、アイリの態度は意外と本気で残念がっているようだ。
「このまま私との約束を不意にするつもりかしら? 私達の絆は誰にも邪魔は出来ないと二人で語り合ったこともあったのにね。」
「夢を目指す上で色々見たくないものを一気に目にしてしまって、それを受け入れるのに抵抗があったんだと思う。どれもこれも刺激が強すぎる内容だったしな?」
真相を伏せつつも、プリメーラ自身が語っていた心情を正直にアイリへと伝えた。魔神だと分かっていても、今の態度に偽りはなさそうだったのでこちらも合わせることにした。
「私の信じるあの子ならば戻ってくるはず。真の勇者の素質を持っているというのなら、それを証明してもらわないとね。私自身も体を張った甲斐がなくなってしまうと困るのだから。」
アイリもこちらと同様に真相には触れようとしていないが、プリメーラが勇者の素質を持っているという事を認知しているようだ。一体、狙いは何なのだろう? 魔神というにはあまりにも純粋にプリメーラの身を案じているように思える。すり替わる前の少女に影響されているのだろうか? 魔族というのはよくわからない存在だな……。