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第138話 プリメーラ、聖歌隊やめるってよ!


「やめるって、お前……? 本気で言ってのか?」


「本気だもん! そんなつまんない冗談なんか言わない!」



 プリメーラの言葉に呆気にとられた。やめる、なんてほとんど禁句みたいなもんだ。特に多くの人から支持され、期待に応える立場ともなれば。コレは本人だけの問題じゃない。やめるという行為はそれを支える周囲の人々をも巻き込む大事になる。



「そんな事言ったって、お前、どうするんだ? ファンは? 俺達や支えてくれたスタッフの気持ちを棒に振るつもりか?」


「知らないよ、そんなの! 逆に他の人だって私のこと何も知らないじゃない! 誰も気持ちなんて分かってくれない!」



 今回の件だけじゃなくて今までの活動で感じていた不満と葛藤が噴出したとでも言うのだろうか? そんなな口ぶりだった。コイツは極端にワガママなタイプなので最近のスケジュールカツカツの生活に耐えられなくなったのかもしれない。暇だった頃のように伸び伸びと生きられないことに、現実と理想のギャップを感じてストレスが溜まっていたのかもしれない。



「お前、アイリとの約束はどうするんだ? お前だけはアイツを信じるって言ってたのはウソだったのか?」


「もういいよ! アイリの勝ちでいい! このまま決着を付けて正体を暴くなんて真似はしたくないの!」



 決着を付ければアイリとの関係性に終止符が打たれてしまう。プリメーラはその事を恐れているのかもしれない。そもそもの約束というか、三本勝負の結果次第ではどちらかが引退をしなければならない。それはある意味二人の別れを意味しているということである。アイリとはずっと友達でいたい、ライバル関係を未来永劫続けたいと思っているのかもしれない。



「アイツの正体に関してはお前がどうしようと構わない。別に友情を壊さなくてもいいさ。でも、このままお前がやめてしまったら、アイツを守ってやれなくなるぞ? それでもいいのか?」


「アンタが代わりにやればいいじゃない! アンタ、勇者なんでしょ!」


「いや、勇者だから、立場的にアイリを守るわけにもいかないんだが?」


「アンタの事情なんて知らない! 女の子一人も守れないの?」



 無茶苦茶だ。アイリの正体は鶏の魔王配下の魔神なのはほぼ確定している。それを養護する真似は出来ない。もし、人間としてのアイリに取り憑いているのなら助ける必要はあるが、それは相対しないとわからない。全くその辺りは不明でブラックボックスのままだ。それがわからないように偽装が出来る技を持ち合わせた魔神が相手なのだ。



「もし仮に俺やお前が守ったとしても、周りはどう思うかな? 聖女様に泥を塗るような行為になってしまうし、法王庁も黙っていないだろうな?」


「私、そんな大人の事情なんて大っきらいだ! そんなの知らないよ! 私の気持ちなんて、完全無視じゃない!」



 法王庁もそうだが、その前に処刑隊がどう出てくるかわからない。もし仮に取り憑かれているだけだったとしても、魔族に関わったという事実だけで処刑してしまうかもしれないのだ。プリメーラが求める結末は保証できない。事情があのときのエルと同じだったならば助けてやらないといけないが……。



「もう嫌だよ! ストーカーなんて気持ち悪い人もいるし! どうしてこんな事になったのよ? 私はみんなの前でただ楽しく歌って踊りたいだけなのに! みんなから注目を浴びたいだけなのに! どうしてみんな、楽しくないことを平気でやろうとするの!」


「あのな? 世の中、きれいなことだけで成り立っているんじゃあないんだぞ? 少しは妥協して現実を見なきゃダメだ!」


「さっきから言ってるじゃん! そんな、大人の事情なんて大っきらいだって! 私の夢を汚い足で踏みにじるのはやめてよ! みんな、大嫌いだぁ!!」



 プリメーラが子供じみた我儘を言っているのは十分にわかる。立場上、叱ってやらないといけないのも理解している。でも、本当にそれで良いのか、と踏み留まろうとしている自分もいる。



「もういいから、落ち着けよ! ミスター珍にも迷惑かかるから……、」


「うるさぁい!!」


(ガッ!!!)



 暴れたプリメーラは俺の顔面を殴った。続けて容赦なく俺を何度も殴ってきた。その間に俺は思った。確かに勇者としての俺は目上の立場と言えるかもしれないが、同時に今の俺の姿は聖歌隊だ。同じユニットの仲間でもある。子供じみていると説教することが正しいとは思えないのだ。立場を利用して無理やり言い聞かせるのは誰だって出来るし、そんな事をするのは卑怯だと思う。あくまでコイツの仲間であらねばいけないのだ!



「どうして? どうして避けたり、反撃してこないの? アンタ私を馬鹿にしてるの?」


「へへ、そう思うのかよ? 俺が殴ったらお前なんて死んでしまうぞ。だからそうしなかった。」


「ふざけてんの? いい加減に……、」


「ふざけてないさ。なあ、その怒りを俺にぶつけるのもいいかもしれないが、他にぶつけてやるべき相手がいるんじゃないか?」


「何言ってんの?」


「その元気があるんなら、今みたいに直接相手にぶつけてやれよ! 親友に取り憑いた悪魔とか、こっそりストーカーまがいの真似してる外道集団に一発ぶちかましてやるんだ!」



 プリメーラに思いを告げた後、俺は背を向けて珍の店を出ていくことにした。珍には一言礼言ってから店の入口のところまで来て、一旦立ち止まった。



「みんな待ってるからな! 俺は、みんなは信じてるぜ!!」



 振り返らずに一言残して俺は店から去った。プリメーラの気持ちはどう感じているかは知らないが、俺は信じることにした。プリメーラの聖歌隊魂を。

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