第134話 不可視の鎌
「何!? ストーカー野郎が姿を表しただと?」
動きの鈍い体で急いで宿舎に戻り、早速、ファルに俺の身に起きた出来事を伝えた。他者に聞かれないよう、自分たちの部屋の中を選んだ。他の聖歌隊関係者はもちろんだが、タニシやプリメーラ、メイちゃんにはまだ話さないことにしたのだ。下手に漏らすと混乱を起こしかねないし。
「なんと大胆にも自らそうだと名乗った。姿は見れなかったけどな。」
「声を聞かれたぐらいじゃ捕まらない、相当自分の腕に自身があるんだろうよ。姿を微塵も見せないとは相当な手練だな。さすが処刑隊。抜かりないな。」
「って!? なんで処刑隊って知ってるんだよ?」
「ストーカーの手口、狙撃の痕跡の無さには素人らしさが感じられなかったんだ。大体、お前が食らわされた毒も素人には入手できない代物だったしな。」
「気付いてたなら言ってくれよ。」
「断定までには至ってなかったのさ。そんな段階で口外するわけにはいかないだろう?」
俺が聖歌隊で啓蒙活動に明け暮れる中、相棒は周囲の裏事情について嗅ぎ回っていたわけだ。それは聖女様や薔薇騎士団、聖歌隊に関しての事に限らず、ストーカーについても独自に調べていたようである。
「それにあの時の矢には他にも犯人を推測できる証拠が残っていたんだ。」
「証拠? 毒以外に?」
「あの矢には対魔処理が施されていた。相手が魔族なら矢が着弾した瞬間に聖なる炎で焼き尽くされるって代物さ。矢に当たったのがお前だったから何も起きなかったってだけの話だ。」
「選別……確かアイツはそんな事言ってたな。」
「処刑隊お得意のやり口さ。人に化けた魔族を暴き出す方法として奴らはよく使っている。今回は対魔処理が効果を発揮しない可能性があったから毒も併用することにしたんだろうぜ。」
「対魔処理とか対魔探知に引っかからなくても、毒を無効化する体質は誤魔化せないから、それを狙ったんだな。ヤツも言ってた。」
普通は魔族とか闇の力が作用しているものは、探知の魔法や魔導器を使って探せる物だし、対魔結界を張っていれば魔族の侵入を阻止できる。だが学院で起きた事件等でそれらをすり抜ける魔族が出現し始めているので、従来の方法では対処しきれなくなってきたのも事実だ。とはいえ……、
「当たったのが俺だったから良かったけど、外れて流れ矢が一般人に当たりでもしたらどうするつもりだったんだ? そこが許せない! 犠牲を出してでも魔族を倒すことを優先するなんてありえねえよ!」
「それが奴らのやり口だ。だからこそ俺ら騎士団は法王庁と袂を分かったんだよ。物の考え方が相容れないんだよ。」
魔族や宗教的に許容できない存在は徹底して排除するというのが、法王庁の基本方針だと聞いた。特に十字の刎首鎌、いわゆる処刑隊はその考えが顕著であるらしい。それ故にエルはかつて処刑され殺されそうになった。本人は悪くないのに、有無を言わさず浄化を徹底させるのが奴らだ。
「しかし、そんな奴らがこんな隠密的な行動なんてしてくるとは思わなかったな。もっとこう大々的に祭りをやるみたいに処刑するってイメージだったんだけど?」
「表向きの活動はだいたいそれだ。奴らの中には隠密的な活動をする特殊任務班もいるってことだ。不可視の鎌。今回ちょっかいを出してきたのはそんな名前の連中だ。」
「処刑組織のスパイグループってか?」
世の中から魔族を排除するために秘密裏に行動しているグループがいたなんてな。もっと大々的に活動してるのかと思ったら、裏でコソコソしている連中もいたのだ。まあでも、魔族もそういう奴らがいるのも事実だし、中には恐ろしく狡猾で捻じくれれた邪悪な精神性を持っているのもいる。正攻法で倒すしかないと思っている俺は考えが甘いと思われているのかもしれない。ストーカー野郎もそんな事を言っていた。
「中でも奴らを率いるリーダーってのが中々の強者で有名でな。実力的には六光の騎士に匹敵して、その候補にも上がっていた実力者だ。」
「お前やエドに匹敵するほどの奴がいるのかよ!」
「猪や虎の魔王を退けた経歴があるほどの実力者だ。奴らも恐れさせたほどの実力者だと言うぜ。」
「猪は知らんが、あれだけ荒くれ者の虎魔王をビビらせるほど強いっていうのか!」
虎の魔王、奴はたった一人で俺の元へ現れ襲撃してきた程、凶暴な奴だった。あんなオラついた魔王を逃げ帰らせる程だとは大した実力者なのだろう。そんな男が六光の騎士になっていないとは不思議なもんである。
「そんなヤツでも六光の騎士を辞退した過去がある。理由はよくわからんが、その座を次点候補だったロレンソに譲ったんだよ。」
「代わりにあんなナルシスト男が入ることになったのか。ギャップが凄すぎるな。」
不可視の鎌のリーダーからロレンソに六光の騎士の座が譲られるなんてな。片や処刑組織と片や聖女様付きの親衛隊。同じ法王庁所属とはいえ毛色が天国と地獄みたいに違いすぎる。そんなな連中を束ねているとは法王庁も凄いもんだな。