第132話 リハビリ中の出来事
「ふう、なんとか動けるようになってきたな。」
次の演劇対決に向けて舞台稽古が進む中、俺は外に出て散歩をしながらリハビリを続けていた。今は少し疲れたので適当な場所に腰掛けて休憩をしているところだ。日に日に良くはなっていっているものの、まだ本調子ではない。実生活には支障がないレベルにはなってきたが、演劇とかのパフォーマンスを出来るほど回復していない。そして何より、戦う事も出来ない。
「こんな状態で何かトラブルでも起きたら対処なんて出来ないな。本調子が出せないまま、あっさりやられてしまいそうだ。」
まだ体にはピリピリ感が残っている。毒は早い段階で治癒魔法によって除かれたが、毒によるダメージが残っているのだ。元々、即死級の毒だったらしいから生きているのも不思議だったらしい。そんな厄介な代物だったこともあって、短時間であっても体のあちこちにダメージを与えられていたのだ。しかも、普通の傷とかと違い、回復魔法であっても完治するまでには時間がかかるようだ。この手のダメージは骨折と同じで治しにくいのだそうだ。だからゆっくりじっくり治していくしかない。
「まあ、いいか。次回はアイリ達と直接やり合うわけじゃないしな。戦うような競技とかじゃないから、大丈夫……かな?」
とはいえ、安心しきれない。例のストーカーや狙撃犯、そしてアイリの事が気にかかる。まともに動けない今、あんな事があったら対処できそうにない。俺らも狙われているし、アイリ達も狙われている。複数の相手から狙われている可能性があるので手が回らない。だからこそ、相棒が体を張って守りに来てくれたんだろうけど……。
「なんていうか、アイツ、女になったら結構可愛かったな。意外というかなんというか。」
そこまで体を張らんでもと言いたくなったが、聖歌隊は基本、男子禁制だからそうするしかなかったんだろうけど。しかし、聖女様もよくわからんな。一月に一人しか変えられないとか言ってたのは嘘だったんだろうか? 後日、タニシも女体化を頼みに行ったらしいが「貴方はそのままでも十分可愛らしいですわよ」とかなんとか言われて体よく追い返されてしまったらしい。まあ、なにかしら事情はありそうだな。
「でも、下手すりゃ、人気が出て変なのに付き纏われなければいいけどな。」
「へっへ、もう手遅れだぜ。もうファンになっちまったよ。」
「……!? だ、誰だ?」
「おっと! 振り向くなよ! 振り向いたら、アンタでもただでは済まないと思っておいた方がいいぜ!」
背後から聞いたことのない男の声。俺のひとりごとに割って入ってくるとは余程の変態だろう。今は聖歌隊所属の女の子なんだから、コレは確実に事案である。しかも振り向くな、なんて脅しをかけてきてやがる。
「誰なんだよ! こんな事をしてただで済むと思っているのか?」
「どうとでもなるさ。今のアンタは本調子じゃないということも知っている。」
「なんでその事を?」
俺の身に起きたことはあの日の会場にいたのなら誰もが知っている。しかし、その後の容態は一部の人間しか知らないはずなのに? 姿を見られたら困る、ということはこの声の主は……、
「アンタ、プリメーラに付き纏っているストーカーか?」
「ストーカー? 人聞きが悪いねぇ。ただのプリメちゃんの大ファンさ。新メンバーのエルフにも心奪われそうにもなってるけどな。」
「やっぱり、アンタが……。」
どうやら、例のストーカーであるらしい。最初は忍び込んで薄気味悪い手紙を残していき、この前は試合前のプリメーラに怪しいメッセージを残して、アイリを狙撃した。今度は俺に気配を悟られずに背後を取った。犯行の手口があまりにも素人離れしている。何者なんだ?
「よくも大それた真似をしてくれたな? アイリに当たってたら、大惨事になっていたぞ!」
「よく言うよ。そうなってたら、今頃めでたく任務を完遂出来てたってのに、邪魔してくれちゃってさあ。」
「どういう意味だ?」
アイリに当たっていたら、今頃抹殺されていたかもしれないのに、呑気な事を言っている。しかも、任務完遂? 何かの組織に所属してんのか、と聞きたい。歪んだマニアはある意味、使命感を持ってプロぶった言動とか行動を取ると言うが、まさしくこの男はそういう類の人間なのだろう。怖い、怖い!
「アレはある意味、暗殺に見せかけた選定だったんだぜ? 意味わかってるのか?」
「何を選定しようとしていたんだ?」
「おやおや、本当に何もわかっていないようだな。アンタの相棒は正体に気付きかけてるっていうのに。おめでたい奴だな。勇者のクセにさ。」
選定? 正体? 一体何の話をしているんだ? 相棒ってファルのことを言っているのだろうか? そして、俺が勇者であることを知っている。少なくとも今までの言動で、この男がただのストーカーではないことはハッキリしてきたな。