第124話 戦技一0八計、”在戦同舟”
「ロレンソ団長を軽くいなしたそうね? あの方をそのような扱いに出来るのはこの世に何人もいないのよ?」
軽く? 冗談じゃない! あと一歩で殺される寸前だったわ! と言えるくらい互いにガチな状態になった。その話が誇張され、尾ひれが付いた事でおかしな内容になってしまったのだろう。そのためかアイリは執拗に攻めてくる。まるで俺に手出しをさせないかのような動きだ。彼女の口上にもあるようにロレンソと同質の戦術といえた。まず相手に攻撃の隙を与えない。そうすることでスピーディーに決着をつけることに重きを置いているのだろう。使っているのは繊細な細身の剣だ。受けに回ると武器の強度の関係から不利になるのは間違いないからだ。どちらかというと戦場向きというよりは護身用の剣術と言えるかもしれない。
「よく躱すこと! 大抵の相手は数撃で降参するというのに!」
戦技一0八計、在戦同舟。今は戦車上の荷台という不安定且つ狭い足場で戦っている。流派梁山泊はそのような場所で戦うことを想定した構えというものがある。それが在戦同舟、最小限の体捌きで相手の攻撃を凌ぐ秘技である。
「勇者をなめんなよ! この世にはお前以上のヤツなんてゴロゴロいるもんだぞ。」
確かにすごい剣術だ。でも、俺はそれ以上の相手と何度もやり合っている。パワーならヴァル、スピードなら宗家以上の相手にはまだ出くわしていない。アイリはスピード型と言えるかもしれないが、宗家とは天と地ほどの差があると言っていい。宗家の方が遥かに早く、技も巧みで変幻自在の変化をする。しかも、その一つ一つが必殺の一撃と言える程の威力を持っていた。それに比べれば、目の前のアイリはただの小娘でしかないのだ。
「その余裕ぶりが腹立たしいですわ!」
「あんま怒るなって。アンタは十分強いよ。それだけ可愛くて芸達者ならそれで十分だろ!」
(ギィン!!!)
戦車の走行音にも負けないくらいの剣撃の響きが木霊する! 渾身の突きを剣で受けて逸らせた。今の一撃は明らかに俺を仕留めるつもりの一撃だった。だからこそ躱すのではなく、剣で受ける必要があった。戦車の似台程度のスペースではこうするしかない。
「……!? なぜ、減速しているの? あなた達、私の言うことを聞きなさい!」
俺との戦いに気を取られているうちに戦車の異変に気付いたようだ。徐々にスピードが遅くなり、馬は走らずに歩いていると言っても過言ではない状況に陥っていた。俺の策略が効果を発揮しているようだ。やはり対象が誰であろうと関係ないようだ。
「貴方の仕業ね? 一体どんな小細工を?」
「何か魔法とか使ったって思うでしょ? ところがビックリ、種も仕掛けもないんだよなぁ。」
「魔術以外の何だと言うの? 正直に言いなさい!」
「ん〜、魔法って言うより、呪いみたいなモンかな? と言うより体質? 知らんけど?」
「人を馬鹿にするのも大概にしなさい!
「んなこと言われてもぉ!」
アイリは激おこ状態になり、更に殺意の込めた攻撃を繰り出し始めた。今度は完全に戦車の制御を手放し、攻撃に専念しているためか尚更激しくなっている。どうにか反撃の手立てをかんがえないとやられてしまうのも時間の問題だ!
「とにかく早いうちに倒れてしまいなさい! 私の作戦を台無しにされてしまったら、溜まったものじゃない!」
「プリメーラ達には指一本触れさせん!」
ここまで手強いのだから、あの二人ではどうすることも出来ないだろう。せめて本来の相棒ファルだったなら相手をさせてもどうにかなるかもしれないが、今はそういうわけにはいかない。何としてでもここで食い止め、決着をつけなくちゃいけない!
「砕寒松拍!!」
(ビキィッ!!!)
俺は攻撃の受けをしつつ、徐々に相手の武器を破壊していた。繊細な武器が対象だから、それほど時間はかからなかった。むしろ相手の攻撃の速さを逆手に取ったような形だ。
「クッ!? 武器が!? どうして?」
「さあ王手だ。降参するなら今のうちだぜ。」
戦車から蹴落とせば、こちらの勝ちだ。だが、そんなことをしたら逆に俺が避難されてしまうだろう。おそらくこの場はアイリ側のファンの方が多いはず。実行に移せばブーイングの嵐を招くことになりかねない。スターが負けるということはそれほどの一大事でもあるのだ。
「認められないわ! こんな無様な形で勝敗が決してしまってはたまったものではないわ!」
アイリは折れたレイピアを投げ捨て、チラと横目で戦車の後ろを見た。俺も釣られて目の端で確認すると、俺らのチームの戦車が近づいて来ていることがわかった。ここに留まっているうちに、周回して追い越そうとするに至ったようである。
「……フ、私にも運が回って来たようね。ここから私の反撃が始まるのよ!」
その時、俺の目の前にアイリが急接近してきた! しかも、投げ捨てたレイピアを俺に向けて突き出している! 馬鹿な! もう一本持っていたというのか! 俺はとっさに迎撃し相打ち覚悟で捨て身の攻撃を打った!
(シュオン!)
「えっ!?」
アイリの姿はかき消えた。モヤのように消え去った! アイリの姿はどこにもなかった。周囲を見渡すと、俺らの戦車が側を通り過ぎた所だった。そのうち戦車は通り過ぎ、後側を見ることになる。その直後の光景に驚くこととなった!
「アイリ!? しまった、はめられた!」
俺と刺し違えるつもりで突進してきたのは本人じゃなかったんだ! あれはおそらく幻影! 幻術で俺の注意を引きつけようとしたんだ! まんまと騙され、戦車に飛び移らせるきっかけを作らされる羽目になったのだ……。