第120話 そうするしかないじゃない?
「さあ、準備はいいか二人とも?」
エキシビションマッチが終了し、とうとう俺達に出番が回ってきた。直前にとんでもない試合を見せつけられ、テンションが下がってしまいそうなところだが、こういう時こそ士気を上げて行かないといけない。
「うう……、緊張してきましたぁ。」
今回、初めてメンバー入りしたメイちゃんはガチガチに緊張していた。確かにあんな物を見せられてからの、初めての本番なのだ。色々とキツかろう。
「大丈夫。メイちゃんなら。本当の実戦じゃないんだから、気負わなくても大丈夫だよ。」
「ううーん? でも、大勢の人達が見ていますから……。」
「でも、もっとしんどい戦いやらダンジョンを経験してるだろ? それに比べれば大したものじゃないって!」
「そうでしょうか……?」
少なくとも、俺らと一緒に強敵と戦ったり、ダンジョンの奥地にエルと二人きりで転移されたりしても、無事に生きて帰って来れたんだから問題ないと思うが? 確かに人前に出て注されるってのは、初めての経験かもしれんけど。それとガチの戦い場に比べたら楽勝なはずと伝えたかったんだが、中々うまく行かないもんだな……。
「なあ、お前からも何か言ってやってくれよ?」
「え? ああ、ウン、そうだね。行こうか。」
「どうしたんだ?」
プリメーラは場数を踏んでいるから大丈夫なのかと思いきや……何か様子がおかしい。いつもと違い、おバカな感じは引っ込めてシリアスになってると思ったら、何かヘンだ。途中までは、アイリの試合見てるところまでは困難じゃなかったんだが……?
「なんか話が噛み合ってないぞ。話聞いてたのか?」
「べ、別に……。話を聞いてなかったとかじゃなくて、聞いてたかもしれないかもしれないじゃない!」
「お前は何を言ってるんだ……?」
「ああ、もう! うるさい! 聞いてなかったわよ、コンチクショウ!」
やっぱり何かヘンだ。いつもなら逆ギレしてぶん殴ってくる勢いなんだが、今は違う。シドロモドロというか、上の空というか。何か別のことを気にしている様な気がする。何があったのか?
「お前、さっきトイレ行ってたよな? そこで何かあったのか?」
「な、な!? と、トイレくらい一人で行けるわよ!」
「違う。今はそういう事を聞いてるんじゃない。」
何か受け答えがおかしくなっている。何かに気を取られて、テンパっている様な感じだ。さっきトイレに行って、戻ってきた時から少しおかしな感じはした。明らかにテンションが下がっているというか……。
「お前、まさか……?」
「な、何よ? 何が言いたいのよ!」
「お前、さっきのトイレで……、」
原因が何なのか気になるところだ。こういうヤツがらしくない態度を取ったときは大体、何らかのトラブルが発生した時だ。突き止めたい、原因を突き止めたが……。今は本番前だなんとか元のテンションを一時的にでも戻してやらないと、試合にならなくなる。しかも、相手は手強いときた。ここはなんとかしないといけない。
「トイレが間に合わずに……漏らしたんだろ?」
「……。」
急に場が凍り付いた様に全てが停止した。みんな真顔で俺のことを「マジでお前、何言ってんの?」と言いたげな感じの目付きをしている。苦肉の策で敢えてこういうボケた質問をしてみたのだが、冷却効果は抜群すぎたようだ。だいたい、女子のするような会話ではないし。
「はは~ん? もしや、それどころか○○○を漏らしたな? ハハ、そうなんだろ? 黙ってるって事はそうなんだろ? 正直にゲロっちまえよ?」
ありゃりゃ? 更に温度が低下したように感じる。ちょいと効果が抜群すぎた様だな。困ったな? いや、困ったからこそ取った行動なんだが、更に墓穴を深く掘ってしまった感が凄い。
「そんな……、」
「え? 何? そのおかげで今はノー○○だって? おいおい! 聖歌隊がそんなんでどうするんだ? ファンが幻滅してしまうぞ!」
「そんなわけあるかぁ!!!!」
(ボグシャアアアアッ!!!!)
「ぎにゃああああっ!!!!!」
顔面にめり込みそうな程の鉄拳が飛んできた! 凄まじい威力! 俺は思いっきり吹き飛ばされてしばらくゴロゴロと地面を転がる羽目になった。
「何があったの?」
転がった先にはアイリ達がいた。恥ずかしい格好で転がってきたので、イヤなところを見せられてしまった。
「ちょっと先輩に気合い注入をしてもらっていたんですよ、たはは!」
「なかなか激しい事をしてるのね?」
「良く言われるッス!」
咄嗟に調子いいことを言ってしまった。まあ、いいだろう。事前におバカな行動を見せるということで、相手の油断を誘うのだ。とはいえ、何なんだろうな? プリメーラに起こったことが気になるが、今は試合に集中するとしよう。