第119話 爆走! チャリオットバトル!!
(ボンッ!!)
弩がアイリの方へ発射された。普通に考えれば避けるのは困難なはず。戦車の荷台は乗るだけなら問題ない広さだが、動き回れるほど面積は広くない。身をよじったり最低限の動きで回避しないといけないはず。
『ゴールド・セインツの先制攻撃! しかし、弾丸は華麗な動きで回避されてしまったぁ! さすがのアイリ・リュオーネです!!』
アイリは難なく、手慣れた動きで回避した。ただの歌姫とは思えないほど洗練された動きだ。あんな動きはよっぽど戦闘慣れしていないと不可能だと思える程だ。アイツは何らかの戦闘訓練を受けているか、武術の心得があるかのどっちかだろう。これは俺の目から見ても手強いと感じる。油断ならないヤツだ!
「アイツ、何か剣術とか習ってるのか?」
「うん。アイリは細剣の名手なのよ。聖歌隊恒例行事の一つ、フェンシング大会でも優勝している程、強いのよね。」
「レイピア使いなのか?」
「ロレンソ団長に教わってるとかなんとかって聞いたことあるよ。あの回避の動きはそこからきてるらしいわ。」
ロレンソから習っていると聞くと納得は出来た。繊細に虚を突く攻撃と通常あり得ない体勢での回避技術。どこかで見覚えがあると思ったら、そういうことだったのだ。
『華麗な回避を披露しつつ、儚き蜻蛉が猛然と前進してきたぁ! ここからは接近戦で争うことになりそうです!』
回避の動きで観客が賑わっているうちに、アイリは戦車を加速させ、相手戦車と横並びになろうとしていた。当然、相手側もそうさせまいと妨害するように動いていた。その間にレースは2周目へと突入していた。
「ある意味こっからが本番だな。ここでヘマをすれば、一気に負けまっしぐらだ。」
戦車戦はただのレースじゃない。戦闘しながら先頭になろうと、追いつかれまいと奮闘するものだ。さっきみたいに弩を使った飛び道具での攻撃もあるが、あくまでそれはプラスアルファだ。接近戦のデッドヒートこそが戦車戦の醍醐味なのだ。
『おおーーっと!? ここで両者が横並びになった! そして、すぐそこにカーブが待ち受ける! ここで奮戦が期待できそうです!』
ゴールド・セインツはトラックの内側を走り、それに追いつく形でアイリ達が外側を並走している形になっている。トラックの形状の都合でコーナーは外側ほど走行距離が長くなってしまう。そういう意味ではアイリ側は不利を強いられることになる。とはいえ、このコーナーでの駆け引きがレースの命運を決める重要なポイントともなっている。
「おおっ!? アイリのヤツ、遠回りに距離を空けて加速するみたいだぞ!」
「相手の接触を避けて切り抜けるつもりね!」
相手の体当たりなどの妨害を避けるという意味では正解かもしれない。しかし、間合いを離せば、飛び道具に狙われる危険性が出てくる。現にそれを見てゴールド・セインツは再び弩を構え、アイリを狙い撃とうとしていた!
「おいおい! 今度こそ確実に狙い撃たれるぜ、これは!」
(ドゴォッ!!)
言ってる間に弾丸は放たれた。今度は正面からではなく横から撃たれているので、反応しにくいはず。為す術もなく弾丸が命中すると思った瞬間、アイリの姿は戦車から忽然と消えた!
「き、消えた!? 弾で吹き飛ばされた?」
「いや、違う! 相手の戦車の方を見ろ!」
消えたと思った瞬間、俺は上を見た。気配に気付いて反射的に目だけは彼女を追っていたのだ。アイリは飛んで躱した。それだけじゃない。相手の戦車の方へと跳躍していたのである! ゴールド・セインツは言うまでもなく意表を突かれ、弩を構えていた二人はあっという間に戦車から蹴落とされ、御者のカサンドラとアイリの二人きりとなった。儚き蜻蛉側の戦車は他のメンバーが制御に入っているのでそのまま並走していた。
「グウッ!? よくもやってくれたなアイリ・リュオーネ!」
「カサンドラ、まだまだ甘いわね。飛び道具を使ったところで、勝てると思ったら大間違いよ!」
アイリはレイピアでカサンドラに挑んでいた。カサンドラも戦車の制御に入れなくなり、そんまま応戦する形になっている。カサンドラは腰に差していた短かめで頑丈そうな剣を使って戦っている。だが、明らかにアイリから一方的に押される形になっていた。
「これで、幕よ!」
「きゃあっ!?」
レイピアによる電光石火の突き! それはカサンドラの兜に命中し、カサンドラは兜を割られ、その衝撃でバランスを崩した。たまらずそのまま戦車から落下して、完全に試合の勝敗を決する形になった! わずか三週目に到達しようとした所で終わりを迎えることになった!
『なんということでしょう!! あっという間にゴールド・セインツ側がリタイヤとなってしまいました! ここまで圧倒的な試合展開は見たことがありません!』
正に圧倒的だった。ここまで派手な展開且つ、スピーディーな決着は今までの試合にはなかった。この戦い、ゴールド・セインツの意向に答えたワケじゃない。俺らにこの戦いぶりを見せつけるためだったんだ! それを物語る様にアイリはこちらの姿を見つけて、不敵な笑みを浮かべていた。