第107話 豆を甘くするのはちょっと……。
「パンはいかがっすかぁ? 蒸かし立てでうまいでヤンスよぉ!」
両者のパフォーマンスのパートが終了し、後半のパン対決に移行した。審査員は観客。見にきているファンに人気投票してもらうという形式だ。タニシには罰として客寄せを担当させている。理由は当然、裏切り行為があったからだ。
「しかし、コンテスト形式なのかと思っていたら、ファン投票で審査する形式だとはな。ミスター珍の協力がなきゃ、こんなこと出来なかっただろうな。」
「感謝しないといけないですね。今後宣伝になるような活動をしてかないと。」
対決の形式は四日前に判明した。急に告げられたのでどうやって作るか、材料は足りるのかという問題が立ちはだかった。それをダメ元で珍に相談したら、全面協力してもらえるという話になった。色々用意出来ていた辺り、店としての下準備はほぼ出来ていたのだろう。出店する機会をずっと窺っていたのかもしれない。
「結構、未知の食べ物のはずなのに並んでくれてますね。」
「フフ! 漂う肉の匂いには引き寄せられるでしょ? やっぱ男は肉を食べたがるモンだし。空きっ腹にガツンと来る食べ物でなきゃあ!」
「確かに審査員、観客の皆さんは男性が中心ですもんね。この感覚は男性にしかわからないから、そういう意味では相手側よりは優位ですね。」
「そうだろう、そうだろう!」
俺が用意したのは饅頭。もちろん肉入り。向こうもストレートにパンというワケではなく料理として出しているので、ボリュームのある物をということで肉まんにした。しかも今は昼時。馬鹿でかい声援を送り続けて腹も減っているだろうから、食いつきもいいはずだ。並んでいる人の数も向こうには負けていない。
「でも、やっぱあんまんも出したかったなぁ。あれもうまいのに。」
「あれはちょっと……。私達の感覚としては豆を甘くするのは何か違うんですよ。」
「その辺は文化の違いを感じるなぁ。」
俺としてはあんまん、あんこの方も押したかったが試作段階の時点でこの辺の地域では甘い豆という物が受け入れられない事が判明していたので断念した。
「でも変わり種でこっちも用意した。“蒸し”だけじゃなく“焼き”バージョンもね。」
食欲をそそるメニューとして“胡椒餅”も用意した。香ばしい外のガワとスパイシーな中の肉。材料は似ているが肉まんとは違って刺激的な味付けで差別化出来ている。こちらも好評なようだ。
「材料は似ているのに、こんなに違いが出るものなんですね。あれだけ香辛料をタップリ入れてるのに辛すぎるわけでもないだなんて。」
「単一の香辛料だけじゃ、その辛さが前面に出てしまうんだ。他の香辛料も一緒に使うことでそれが緩和されて、味も複雑になるもんなのさ。」
「あれだけ珍しい香辛料にこだわっていたのはそういう理由だったんですね。」
メインの胡椒はこっちの地域でも手に入るが、八角や花椒ともなるとそういうワケにはいかない。ミスター珍との出会いによってそれは解消され、本格的な物を作ることが出来た。それでもこっちの人々の味覚に合わせるため、胡椒の割合を大きくしている。あんこと同じで馴染みのない味が入ると受け入れられにくいからだ。
「フフ、中々面白い物を用意してきたわね。」
戦況を見守っているとふらりとアイリがこちらにやってきた。敵情視察とは随分と余裕だな。
「蒸しパンタイプとフラットブレッドタイプ(※平たくして焼いたパン)の二種類ね。王道のパンとは違うけれど、紛れもなく異国のパンの形式ね。」
「同じ王道をやっても勝ち目はないからな。」
「それぞれの経験を生かすという意味では正しいわよね。」
パンとして認められるか正直微妙な所だったが、調理方法が違うパンとしては認めているようだ。正直、知っているパンとは違うと言ってイチャモンを付けられる可能性も考えてはいたがそうはならなかった。
「でも、王道には敵わないものよ。舞台が貴方の故郷ではないのだから、所詮は変わり種でしかないのよ。」
話をしている間に背後のアイリ陣営の方で何か動きがあったようだ。観客が何かどよめいている。するとその異変に呼応したかのようにアイリも手にしていた包みをこちらに渡してきた。
「なんだコレは?」
「コレが私達の用意していたサプライズよ。ご覧になってみて。」
包みの中はパンのようだが、なにかそれだけではないような感触がある。中身を見てみると……円形のパン、そしてその間には肉を焼いた物が入っていた。こ、これは……!
「ハンバーグじゃないか!?」
「その通りよ。パンの間にハンバーグを挟んでみたの。これはハンバーガーと呼ばれる料理。今注目されている最新のグルメなのよ。」
「な、何ぃ!?」
こんなメニューが存在していたとは! こんなのは反則的な組み合わせだ! 相性抜群の組み合わせ、食べ応えバツグンの最強のメニューじゃないか! こんな物を用意していたとは、あなどれんヤツめ!
「うま、うま、うまいィーーーっ!?」
向こうからプリメーラがハンバーガーをおいしそうに頬張りながらやってきた。敵情視察に行くとか言ってフラッと行ったっきりだったが、すっかり相手のメニューの虜にされてしまったようだ。やれやれ……。