超絶可愛い幼なじみは、俺だけは思い通りにできない
「あたしが悪いんやろか」
昼休みの屋上、隣にいる幼なじみの詩織がうなだれて言った。
「ああ、お前が悪いな」
「……ほんまに、あたしのせいなんやろか」
なんで関西弁……?
俺は首を傾げながら詩織の問に答える。
「ああ、お前のせいだよ、」
この惨状は。
校内にデブが、溢れていた。
屋上から中庭を見下ろすと、数名の男子生徒が弁当を食べているのが見える。ただ、その全員がデブ、デブ、デブ。
廊下を歩く生徒も、そのうち男子生徒はデブ。校庭でバレーボールをしている男子も、もれなくデブ。みーんな、デブ。
揃って風船のように膨らんだ体をえっさほいさと動かして、ジャケットはぱっつぱつ。授業中にジャケットのボタンが吹っ飛んで怪我をした生徒が出た、なんて噂も耳にする。
近頃、うちの学校の男子生徒はみんなデブなのだ。
「お前、今度は何をやらかした」
俺の問いに、詩織はため息をついて答えた。
「……デブ専だって、言ったのよ」
もちろん冗談よ、会話の流れだったのよ……。そう付け加えても、もう遅い。この学校は、既に他校から豚小屋高校、なんてあだ名を付けられているのだ。
詩織は憂いを帯びた顔で中庭を見つめる。俺はその彫刻のような横顔を見て、ほお、と思わず感嘆を漏らした。俺の幼なじみは、やっぱり、とにかく可愛い。
フランス人形もひれ伏すレベルの端正な顔、そこらのモデルなんて足元にも及ばない、奇跡的なスタイル。銀河中探しても、詩織程の美少女はなかなか見つからないだろう。
詩織が往来を歩いて、振り返らない奴はいない。二度見なんてもんじゃない、五度見がデフォルトだ。これまで泣かせたスカウトマンは数しれず。この前詩織の家に押しかけたモデル事務所の男は、札束を並べ土下座をし、畳に額を、血が出るほど擦り付けてまで頼み込んだらしい。うちの事務所にあなたの人生、下さい……、と。結局断ったらしいが。
そんな奴が学校にいると、今みたいな悲劇が起こる。
詩織が、ロン毛の男がいいなー、なんて言うと翌日には校内中の男がウィッグを被って登校し、背の高い男の人が好みー、なんて言えば、近所のスーパーからたちまち牛乳が消える。
そして今回は。
「デブ専なんて、言わなきゃ良かったのに」
俺の呆れた声に、詩織は泣きそうな声で答える。
「ほんとに冗談だったの。ふざけて言っちゃっただけなのよ……」
「それにしたって自業自得だぞ。冗談でもそんなこと言わない方がいい。高校生の伝播力、舐めんな」
「……気をつけるわよ」
詩織はぷくっと頬を膨らませ、むくれたような顔をした。
「もう、こんなのこりごりよ。どうしたらいいのよ、この状況」
「まあ、しょうがない。やっぱり痩せてる人の方がいいわよね~、なんてぼやいたらすぐに元通りになるんじゃね?それに、俺はむしろ羨ましいくらいなんだがな、お前のそれ」
「はあ!?なんでよ。あたしの発言一つで世界が変わるのよ?迷惑極まりないわよ!」
「セカイ系主人公みたいで面白いじゃんか。っていうか、これからは自分の好みを正直に、もっと具体的に言えばいいんじゃないのか」
「……どういうこと?」
「いや、だって、自分の好みを口に出すだけで、周りがそれに合わせてくれるんだぞ?痩せてるのが好きなら、口に出すだけで周りが勝手に痩せてくれるんだからな」
「……それは、そうなんだけど」
詩織は何か言いたげにこちらを見つめ、口をもごもごさせている。
そして、なにか決心したように、ふっと息を吐いた。
「そう、ね。正直に言ってみる。それがいいわね」
「ああ、そうしてみるといい」
そう言ってから、俺はもう一度、賑わう中庭を見た。
「しっかし、みんな単純やんなあ」
「あ、関西弁でた」
「さっきの詩織の真似やでえ」
「さっきの関西弁は君の真似だよ?」
「えっそうなん」
「うん。……関西の人、だったよね。親がどっちも」
「ああ、だからたまに自然に出ちゃうんだよなあ……」
なんだかんだありつつも、詩織とのこの時間は、毎日の楽しみなのだ。皆から一目置かれている詩織とは、普段は周りの目があるので、なかなかこんな風には話せない。俺は緩みそうになる頬を抑え、詩織と他愛もない会話を続けた。
***
後日のことだ。四時間目の授業が終わり、いつものように屋上の扉を開けた時だった。
普段は俺と詩織しか使わない屋上から、聞いたことの無い男の声が聞こえ、俺は慌てて扉の影に隠れた。
話し声がかすかに聞こえる。男は詩織と話しているようだった。
「ぼ、僕、詩織さんのこと、めっちゃ、好きやねん!」
こ、告白!?そしてなんで関西弁?
「ほ、ほんまに、ずっと前から、き、気になってたねん、やで?」
なんかおかしいし。
ごめんなさい、という詩織の声が屋上から聞こえた。
「ほ、ほんまでっか……」
男は振られても関西弁を崩すつもりは無いらしい。
数秒後、ガラリと屋上の扉が開いて、俺は逃げる暇もなく男と鉢合わせた。脂ぎった、小太りの男子生徒だった。以前のデブブームの名残か?
「い、今の聞いてたねん?」
男が血走った目で俺に聞いた。
「き、聞いてなかったねん……」
俺がそう言うと、男はふんふん、と納得したように頷いて、階段を降りていった。お前、今の答えで信じたのかよ、ねん。
屋上に出て、そこに佇む詩織に聞く。
「今度はいったいなんて口を滑らしたんだ」
「……関西弁がポロッと出る人ってキュンとするわよねって」
「ぽ、ポロッと……。あれが?」
***
また後日。
屋上に行くと、またしても詩織に告白している奴がいた。
「へぇい、へーい。詩織チャーン。ちょ、一旦さ、オレと付き合わね?いや、まじで。絶対楽しいって、まじで。付き合ってくれよォ~」
結局、振られていたが。
「……今度はなんて言ったんだ」
「彼氏にするなら、あたしと気安く話してくれる人がいいなって言ったのよ」
「き、気安く……」
***
またまた後日。
屋上に行くと、告白しているやつ……は、いなかった。詩織もまだ来ていないようだ。
屋上には俺一人、かと思いきや、屋上の柵の外側に、飛び降りようとしている男子生徒が一名。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て!?」
すんでのところで食い止め、暴れる男子生徒を何とか柵の内側に入れる。
号泣するそいつの背中を撫でながら、事情を聞くと、
「し、詩織ぢゃんが、幼なじみをがれじにじたいっでゆうからあぁ。……ズビッ、もう、転生ずるじか、ヒグッ、ないじゃんっでぇ」
「お、幼なじみ……」
***
「……関西弁がポロッと出て、あたしに親しくしてくれるような幼なじみ、居ないかなあ~……」
チラッ。
チラッ。チラッ。
詩織がわざとらしい大仰な口調で言いながら、こちらをちらちらと見てくる。
「……どこにいるんだろうなあ、そんな奴」
努めて冷静に、平坦に、俺は言う。
「ほんとに、どこにいるのかしらね~?」
チラッ。チラッ。チラッ。
「どこにいるんだろうな」
ぶっきらぼうな俺の態度に、詩織はむっと顔をしかめる。
「ねえ、分かってるんでしょ」
「何がだよ」
「何がって、ほら。さっきあたしが言ったこと」
「言ったこと?」
「いやだから、その」
「その?」
「いや、その、だから、あたしが、その、つまりその、つまり、あたしが、君を、そのおっ」
詩織はガーッと頭を掻き毟る。
「ねえ、ほんとにわかんない?素なの?鈍感なの?馬鹿なの?死ぬの?」
「……」
俺は無言で弁当の卵焼きを口に運ぶ。
「もう、校内中カオスよ!君のせいだよ全部!」
「えっ俺のせい!?」
「そうだよ!!」
詩織は真っ赤な顔で俺を指さす。
「んもう!君さえあたしの思い通りになってくれれば全部解決するのにい!!」
そう絶叫して弁当を掻っ込む詩織を見ながら、俺は力なく苦笑する。
そうでも無いと思うけどな。
俺のポケットの中に入っている紙切れが、かさりと音を立てた。
詩織は隠せているつもりかもしれないが、俺と詩織が一緒に昼食を食べていることはとっくに校内中に知れ渡っている。それだけで俺宛の脅迫文が毎日のように届くのだ。今ポケットに入っている怪文書だって……。
恋人ができたからと言って、諦めるような連中だとは思えない。詩織と付き合ってしまったら、きっと俺は殺される。死んだら、元も子もないからな。
だから、もう少し待っていてくれ。
俺は心の中で願う。
もう少し大人になったら俺から告白して、きっと堂々と隣に立って見せるから。
詩織はそんな俺の気持ちも露知らず、そっぽを向いてむくれている。ああ、そんな姿も。
俺の幼なじみ、ほんまめっちゃ可愛いわ。