9.リュカス
お父様は非常に『あれ』が好きだ。
書斎にある専用の陳列棚に沢山並んでいる『あれ』は、すべてお母様が作ったものだ。
お父様はそれを『緑の繭』と呼んでいる。
お母様は防御魔法があまり得意ではなくて、防御はできるけれど、自分の作った防御用の殻、繭から自分では出られなくなってしまう。
でも、お父様はそんな時が最もお母様を愛しげに見つめている。
それでもお母様の防御魔法を向上させる訓練はさせていて、殻や繭のようにはせずに、壁とか盾のような形状にするような練習もさせてはいるのだけれど、あまり成功はしていない。
この前は初めてお母様の作った繭の中に偶然お母様と二人で入ってしまったらしい。
「このままずっと外に出たくはなかった」
そんなちょっと引いてしまう発言をしたお父様は、その後も何回かお母様と一緒に緑の繭の中へ入っていた。
改良したい気持ちと、このままがいいという狭間でお父様はいつも揺れている。
この国の筆頭魔導騎士は今日も葛藤し悩んでいる。
でもどこか楽しそう、いや、とても幸せそうなんだ。
僕もいつか三人でお母様の作る『あれ』の中に入れてもらえる日が来るのだろうか?
でもまだ、二人の世界を邪魔したくないから、きっともっと先のことになるだろう。
僕の魔力では緑の繭は作れない。
お母様の魔力が独特過ぎて誰も真似ができない。
自分の作ったものに閉じ込められて出られなくなることはあまり無いし、もし失敗したら次からは改良して行くものだからね。
お母様だけが作ることができるあの緑の繭に、お父様はこれからも心を奪われ続けて行くのだろう。
(了)