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6.ジャスティン

午後になってようやくサーディス殿下からの説明の場を設けるという伝言が来た。


昨夜起きたことをダンフォースが伝えると、タバサらは憤怒で震えた。

エマーリエの夜着の裾と足が汚れていたこと以外にも、花瓶などが倒されて荒れた居室を見ればそれが事実だとわかる。


市で購入した砂漠の薔薇のひとつが、半分に割れて床に転がっていた。

これは普段エマーリエの机の上に大切に置かれているものだ。


エマーリエはダンフォースが何重にも結界を張った別室でまだ眠っているが、説明を受ける支度をしないとならずタバサが起こしに行った。


侍女らにとって、ダンフォースが普段は使用しない魔力を使うこと自体が、非常事態である証拠だった。


「きゃああ、エマ様! ひっ、姫様~!」

エマーリエを起こしに行ったタバサが悲鳴を上げている。


ダンフォースは駆けつけると、タバサが怯えながら指差すものに思わず見惚れた。否応なしに笑みが浮かんで来る。


エマーリエが寝ている筈の寝台の上に、人よりも大きな緑の卵状のものが横たわっていた。

草花でびっしりと隙間なく覆われた丸い物体、その中で姫は眠っている筈だ。

これはエマーリエの防御魔法によるものだ。眠っている間に無意識に発動したものだろう。

タバサは今までこのようなものは見たことがなく怯えているのだろうが、ダンフォースは以前にこれに近いものを偶然見たことがあった。


ダンフォースは寝台に近寄って跪いた。エマーリエを覆っている卵の表面を軽くノックすると、柳や水草で編まれた籠を叩いたような音がした。

エマーリエがいるであろう中からは、籠を手で揺らすような音が返って来た。

緑の卵自体も寝台の上でゆさゆさと揺れている。

「お目覚めですか?」

「······ダンフォース?」

「何かお困りのことはご······」

言いかけたダンフォースを遮り

「お願い······ここからすぐに出して欲しいの」

エマーリエは懇願した。

「御意」

ダンフォースが魔力を放つと緑の卵の上部が光って静かに観音開で開いた。

「······ありがとう」

エマーリエは恥ずかしさに耐えかねて、両手で顔を覆っていた。

「姫、この緑の残骸は私がいただいても?」

「こ、これを!? ······いいわよ」

「感謝の極み」

ダンフォースは緑の卵の残骸を嬉々として魔力で圧縮していった。すぐに手のひらに収まるくらいの楕円形の塊に出来上がった。

「今回も素晴らしい······」ダンフォースはボソリと呟いた。

タバサはいつになく一人悦に入っている男を向こうへ押しやりながら言った。

「さあ姫様、まずはゆっくり湯浴みをいたしましょう。面倒事は全部ダンフォースが処理してくれます。お食事もちゃんと取りませんと美人が台無しですよ」


***


サーディス王太子は、まず昨夜の兄の蛮行を詫びた。

このような目に遇わせてしまい大変申し訳無い、お怪我などはありませんかとエマーリエを気遣った。


「私と兄は双子で、兄は子どもの頃から私の影武者なのです。もし私に何かあれば彼が王太子になるでしょう」


双子の王族は得てしてそのようになりやすい。迷信深い国では未だに双子の子を不吉と判断して片方を養子に出して引き離すか、最悪は生後間もなく殺処分している例もある。

お互いがお互いの予備であるのは、双子ではない兄弟よりも影武者として機能しやすいからだ。

なぜ次男の殿下が王太子なのかは、その方が現王らにとって扱い易いからだろうと推測できる。


昨夜の粗暴な男はこの場にはいなかった。サーディス殿下の兄の名はジャスティン、今は自室に拘束されて沙汰を待っている。

以前から素行不良で、王家は彼には手を焼いていたらしい。今回のことで廃嫡が決定したということだ。


サーディス殿下がディアナ様を正妃にしていなかったのは、ジャスティン様から守るためだった。

王位を継ぐことが確定したら正式にディアナを正妃とする予定だったという。

「エマーリエ様をどうなさるおつもりですか?」

「······それは」

即答できないサーディスをダンフォースが睨みつける。

昨夜からダンフォースの圧が強くなっている。

「元々白い結婚です、その時は私は側妃で······」

エマーリエが言い終わる前に、またもや結界を破ってジャスティンが姿を現した。


「兄上!?」

この男も転移魔法を使えるのだ。

昨夜エマーリエの部屋にもそのようにして来たのかもしれないと考えるとゾッとした。


「お前はもう用済みだ!」

ジャスティンはいきなり攻撃魔法を弟に向けて放った。

虚をつかれたサーディスは防ぎきれずにその場に崩れ落ちた。

「ううっ······」

「殿下!」

彼の護衛騎士がサーディスの前に立ち塞がるよりも早く、ダンフォースが防御の魔方陣を放った。


「お前もどうせ人質だ、消えてしまえ!」

エマーリエに放たれた攻撃をダンフォースが瞬時に無効化した。

「姫様がお望みなら、この国のひとつやふたつすぐにでも消してみせますが、いかがなさいますか?」

冗談にしてはあまりに物騒なことを聞いてきた彼は、真顔のままで全く笑っていなかった。


「ハッ、国のひとつやふたつだと? やれるならやってみろ!」


ダンフォースは音もなく人差し指を弾くと、ジャスティンの身体を魔力で拘束し、鳥籠状の檻に入れた後、南京錠をして閉じ込めた。 檻には魔力封じと防音がされてある。

檻に魔力を吸い上げられて、影武者だった猛獣は大人しくなった。


「サーディス殿下!」

近衛騎士と魔導師らが一斉に駆けつけて来ると、サーディスは部下達に命じた。


「兄上は反逆罪で逮捕する!連れて行け!!」


ダンフォースは南京錠の鍵を、部屋を出て行こうとする魔導師に無言で投げ渡した。


ジャスティンはこれまでの素行不良に加えて、昨晩の王太子妃への強姦未遂と本日の王太子への殺人未遂という反逆罪で極刑が決定した。


王家は死刑執行の方法についての助言をダンフォースに求めて来た。

罪人とはいえ、自国の元王族を極刑にするのは誰もが躊躇い尻込みしたのだ。またジャスティンがこの国の中で最も強い魔力を無駄に有しているせいもあった。

「王族の処刑を躊躇するのは至極真っ当な感覚です。それがなければ容易に簒奪されてしまうことでしょう。私はネルダーラムに敬意を表します」

王らの前でそのように述べたダンフォースが死刑執行を委託された。

本国のオルタラン王に極秘で異例の報告と許可を得て、請け負うことになった。


反省も謝罪もしないジャスティンは、最期まで「お前さえいなければ、全て俺のものなのに」と逆上したままだった。


「兄上、残念です」

「······さらばだ、息子よ」


執行の合図を受け、ダンフォースがパチンと指を鳴らした。

なるべく残虐な方法は避けて欲しいという王家からの希望の通り、血一滴、塵ひとつ残さずに、罪人は悲鳴を上げる間も無く一瞬で消滅した。


最も血生臭さの伴わない、見た者に精神的負担の少ない死刑執行だった。このような高度な魔法を平然と駆使するダンフォースに、立ち合った者らはみな凍りつき畏怖した。

剣や道具などを使用ぜずに、人をこの世から一瞬で存在の痕跡も残らずに葬り去れるのだから。

彼の自国での異名の通り、国すらも易々と消し去るのは嘘や冗談ではなさそうだと理解したからだ。



愚息の犯した罪の責任を取りネルダーラム現国王が退位すると、サーディス王太子とディアナ妃は正式な新国王夫妻として即位した。


エマーリエとの結婚は白紙に戻され、ダンフォースと共に国賓として丁重に扱われた。

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