4.エイデン
エマーリエが嫁いで来て2ヶ月が経ち、離宮暮らしにも慣れて来た。
エマーリエが自室前の庭いじりをしていると、サーディス殿下の長男エイデン様が彼の護衛と共にやってた。
サーディス殿下にそっくりな金髪と緑の瞳が興味津々でエマーリエを見つめている。
「何してるの?」
「苺を育ているのです」
「誰?」
「エマと申します」
「何でここにいるの?」
「オルタランという国から嫁いで参りました」
「とつぐって何? オルタランてどこ? 遠いの? 近いの? なんで来たの?」
まだ4歳の子どもらしい矢継ぎ早の質問に苦笑した。
はじめは退屈しのぎにとお茶に使える花やハーブを育てていたエマーリエだったが、ネルダーラム王家からの待遇が悪化するかもしれないという危機感から、芋や豆、保存のきく野菜を育てるようになった。
表向きは園芸が嫁ぐ前からの一番の趣味ということにしているが、本当はもっと切実な理由からだ。
嫁いできた当初よりも、エマーリエに出される料理の皿に盛り付けられる量が徐々に減って来ているのだ。
腹八分目くらいなのでまだそれ程切迫した状況ではないが。
やる方もなるべく目立たないようにちょっとずつこっそりやってはいるのだと思うが、今後さらに悪化してしまった時に、自分だけでなく、エマーリエの供らが飢えるようなことにならないように、非常食になればとはじめたのだ。
幸い王家の方々はこの離宮や庭には滅多に来ないから、エマーリエの好きにさせてもらっている。
収穫したものを厨房を借りてマリサらと料理するのも楽しみのひとつに既になっている。
王侯貴族には魔力を持っている者も少なくない。エマーリエの魔力は緑の魔法と呼ばれている。攻撃魔法は使えず、防御魔法はかなり残念なものだが、植物や作物の成育を促すことや収穫量を上げるとか収穫時期を早める程度のことは可能だ。
エマーリエの母も同じ緑の魔法の使い手で、そのため小国ではありながら凶作や不作の被害に遭わない稀有な国なのはそのせいだ。これは王族と側近のごく一部の者にしか知られてはいない。
いざとなったらエマーリエの魔法で離宮の薔薇園を果樹園や農園にできるし、ダンフォースに頼めば、食用の動物や魔獣を狩って来るなど朝飯前だから、今は魔法を使う必要もなく、そこまで心配はいらない。
苺は収穫したらジャムにするつもりだ。
「苺はいつできる?」
「あとひと月くらいですね」
「じゃあ食べに来てもいい?」
「はい、是非いらしてください」
「うん、また来る」
それからエイデンは気が向くと苺の育ち具合を見に来るようになった。
エマーリエが焼いたクッキーやケーキ、スコーンを気に入ったのか、食べたくなると遊びに来てはまた作ってと催促した。
先日は自分もクッキーを作ってみたいと言い出して、生地から一緒に作ってご満悦だった。
食べきれなかった分を包んで持たせると、サーディス殿下が驚いたらしく、本当にエイデン様が自分で作ったのか確かめに来られた。
「とても楽しそうに作ってらっしゃいましたよ」
「今度はケーキも一緒に作るんだよ」
エイデンは得意げだった。
遊びの延長ではあるけれど、弟君のお世話に周囲の関心が集中していることで、少しお寂しい思いをしているのではないかと、侍女達も好意的に受け入れている。
そんな流れで、サーディス殿下もエイデン様を連れて、定期的にエマーリエの様子見を兼ねて離宮へお茶をしに来るようになった。
木陰に敷いたマットで親子揃ってうたた寝する姿を見ると、やはり親子だな、よく似ているなとエマーリエは微笑ましくなる。
サーディス殿下はとても子煩悩で、愛情深くエイデン様に接している。二人目のお子様もきっと分け隔てなく育てることだろう。
どう考えても、ディアナ様がこのまま正妃になるのが順当で望ましいと思ってしまうエマーリエだった。
***
「エマ、苺!」
満面の笑みを浮かべ、サーディス殿下の手を引いてエイデン様がやって来た。
待ちに待ったもぎたての苺を、目を輝かせて頬張る姿が可愛いらしすぎて、いつか私もこんな子どもが欲しいとうっかり思ってしまいエマーリエは苦笑した。
エマーリエをすっかり自分の遊び相手の一人に加えたエイデンが、サーディスを自然な形で離宮へ訪れさせてくれることは、エマーリエにとっての宮廷内の立ち位置を良好にし安定させてくれた。
それもあってか、エマーリエらに出される料理の盛り付けは、減らされた時同様に少しずつこっそりと着実に元の量に戻って行った。
側妃ディアナからも個人的なお茶会に呼ばれるようになり、ディアナ側妃似の赤銅色の髪、緑の瞳の第二王子ローナン様を抱っこさせてもらえるまでになった。
(ああ、なんて赤ちゃんは可愛のだろうか)
エイデン様も弟君の頬を指でつんつんしている。
「エイデン様もこのようにお可愛らしかったのでしょうね」
「ええ、それはもう可愛くてたまりませんでしたわ。もちろん今も可愛いのですけどね」
ディアナ側妃のその言葉に、ぱあっと笑顔になり、ほんのり照れながらも誇らしげなエイデン様の姿も実に愛らしかった。
「ああ、いいな子ども、可愛いなあ、欲しいなあ······」
「エマーリエ様?!」
「えっ、あっ、なんでもないわ」
お茶会から戻ったばかりの居室でうっかり呟いたのを慌てて取り消すエマーリエだった。