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3.サーディス

「ではここに署名をお願い致します」

エマーリエが嫁ぎ先の同盟国ネルダーラム王国の居城に到着すると、花嫁衣裳で身を包む間も無く、挨拶もそこそこにサーディス王太子と共に婚姻誓約書に署名を求められた。

エマーリエは呆気に取られていた。


同盟国との婚姻は政略結婚でしかなく、格下の小国からの嫁入りはある意味人質のようなものではある。しかも既に側妃がおり嫡男を得ているのであれば、正妃とはいえこのような事務手続きのような結婚でも仕方がないのかもしれないとエマーリエは理解した。


今後は離宮で暮らすように伝えられ、案内は王太子が自ら請け負った。


「長旅でお疲れでしょうに、このように忙しなくて大変申しわけありません。側妃が出産したばかりゆえ、しばらくはこちらでお過ごし下さると助かります」


陽当たりも良く、手入れの行き届いた居室は、ここで暮らすことを歓待されていることを表していた。

ゴテゴテしていない調度品で上品にしつらえられた部屋は寛ぎやすそうだ。

生けられた花々が甘やかな香りを放っている。


「では後程、また夜に参ります。それまではどうぞゆっくりなさって下さい」

「ありがとうございます」


王太子殿下が去って行くと、エマーリエは盛大な溜め息を漏らしながら、長椅子にぐったりと身を沈めた。

「花嫁衣裳すら着させてもらえないなんてあんまりです!」

年長の侍女タバサは怒りを露にした。

「驚いてしまったけど、仕方がないわ」

「嫁いだばかりの正妃を離宮に置くなんて、馬鹿にしていますわ!」

もう一人の侍女マリサまで不満をぶちまける。

「いいのよ、元々人質のようなものだから。このままここで引きこもりができるならありがたいわ」

「まあ、なんてことを。さあ晩餐まで時間がありますから、姫様は少しお休みください」


ダンフォースはもう一人の護衛騎士ミュラーを残し、離宮内と周辺、部屋に面した庭先などをすぐさま安全の確認と偵察に行ったようだ。


「晩餐まで時間があるから、あなた達もゆっくりして頂戴」

「取りあえずお茶にいたしましょう」


タバサの淹れてくれたエマーリエ好みのお茶で一息つくと、緊張から解放されいつの間にか眠っていた。

目が覚めるとダンフォースが戻って来ていた。

「ここは眺めの非常に良い場所のようです。姫様はお気に召すでしょう」

居室の窓から、一幅の絵画のような庭園が広がり、睡蓮の浮かぶ池の向こうに東屋があるのが見えている。

「後で案内してもらえる?」

「もちろんです」

興味津々のエマーリエにダンフォースは微笑を浮かべた。



その後、晩餐は離宮で個別にと通達があり、嫁いだ初日から一人で食事を取ることになった。

それでも伝統的な結婚の豪華な祝い膳に加え、婚礼用の菓子も添えられていた。

「もう、いちいち怒らなくてもいいから! お料理は全部美味しいし、この方が気楽で良いわ」

侍女達だけなく、ダンフォースら護衛騎士すらもこの扱いに不満を漏らした。

「いいの、いいの、気にしないで」

「姫様、これは陛下にお報せさせていただきます」

「待ちなさい、ことを大きくしてはダメよ。それにお父様でも抗議はできないと思うから」

(これは白い結婚確定ね。いいわ、それでも)



***


「本当にいらっしゃるのかしら?」

「流石に大事な初夜をすっぽかすわけはございません。ここまでが結婚当日の儀式なのですから」

「式も省略したなら、これも省略しても良いのに」

「夜にまたとおっしゃったのは、そう言うことでございますよ、エマ様」


侍女達が準備をしてくれた新婚用の夜着に着替えて、全く実感のない、自分の夫になったらしい人が来るのを待っていた。


しばらくして、約束した通りサーディス殿下がやって来くると、部屋の灯りを一段落として侍女は静かに部屋から出て行った。


緩く束ねた長い金色の髪と同じ色の眉と睫毛、緑の瞳の白い顔が蝋燭の灯に照らされている。サーディスは申し訳無さそうに頭を下げて謝罪した。


「エマーリエ様、私の妃になっていただきありがとうございます。ですが、私には貴女を妻にすることはどうしてもできません」

率直に気持ちや事情を伝えてもらえる方がエマーリエも返答しやすいので、その方がありがたい。

「私はお飾りの妻、側妃でも構いません。どうか遠慮なさらずに、ディアナ側妃様を正妃になさって下さいませ。私は両国の良好な同盟の持続ができさえすればそれで満足でございます」

サーディス殿下は温厚ではあるけれど、どことなく気弱そうな方だった。現王に頭が上がらない感じの人のような気がする。

今日の自分への扱いも陛下の指示によるものだろうとエマーリエは感じたからだ。

「ディアナ様はこの国の公爵令嬢で、跡継ぎをお産みですのに、なぜ正妃になさらないのでしょうか?」

エマーリエは遠慮なく疑問をぶつけた。

「······ディアナは元々私の幼馴染みで王太子妃候補でした。ですが······すみません、まだその理由はお教えできません。許してください」

サーディスの真剣な表情から、それはきっと嘘ではないと判断できた。

「私はこの離宮で大人しく引きこもらせていただきますので、どうかお気になさらずに」


昼間会った時よりも繊細な青年のような頼りなさが色濃く見えて、 エマーリエは自分よりも弱気そうな王太子が気の毒に思えた。


この国の王子はこの方お一人だから、彼を追い詰めることなくお支えしないとならないのだろう。


「これで貴女の体面だけは守れる筈です」

サーディスは小刀で自分の指先を少し傷つけて、そこから染みだした血を寝台の敷布に擦り付けながら乱した。

「······ご配慮、ありがとうございます」


仮初めの結婚を全面的に承諾したエマーリエの態度に安堵したのか、サーディスは「それではよしなに」と去って行った。


「はあぁ」

深い溜め息を何度か吐くと、緊張から解放されたエマーリエは天蓋付きの寝台に寝そべった。


(ば、ばれないわよね?)


寝台の横の床にそれとなく夜着を脱いで落とし、素肌に掛け布団を纏ったが、どうにも落ち着かなかった。

こういう場合どうしておくのが正解なのかさっぱりわからないエマーリエは困り果てた。

先程床に落とした夜着を拾い上げて、それは着ずに自分の身体に掛けて抱き締めるとほんの少しだけ落ち着いた。


まさに演技、この先ずっと仮初めの結婚が対外的にばれないように演技をしなくてはならない。


もう逃げられないのだとエマーリエは覚悟した。

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