1.エルネスト
小国オルタラン王国の王女エマーリエの護衛騎士となったエルネスト·ダンフォースは寡黙な青年だった。
無表情ではないが、やや無愛想な、必要以上の言葉は発すること無く黙々と任務を日々こなしている。
彼の出自や経歴の詳細は明らかになっておらず、元傭兵で魔法省の顧問ダンフォース伯爵の養子ということだけが確かなものだった。
貴族として誰とも交流もせず、今までずっと引きこもっていたとか、数多の国を放浪していた放蕩息子、伯爵の隠し子だとか様々な噂が囁かれている人物だ。
だが、彼の剣術の腕も、魔術も非常に突出しており彼に敵う者は皆無だった。特に魔力は一人で国ひとつ滅ぼせる程の力があると評されているため、三年前に突如王宮に現れた新参者であっても誰も文句を言うものはいなかった。
しかもいつの間にか『亡国の騎士』などという勝手な異名までつけられていた。
その彼は近く同盟国ネルダーラムへ輿入れするエマーリエ王女について行くらしいという話で持ちきりだ。
国王は国に残るよう何度か懇願したが、本人がエマーリエ王女に生涯仕えると頑なに譲らなかったということだ。
「ダンフォース、もっとよく考えて決めて頂戴ね」
エマーリエはダンフォースの騎士としての評判を聞いていたため、他国に嫁ぐだけの自分などについて来るのはもったいないと思っていた。
「姫様のお傍に生涯置いていただけましたら本望です」
彼は真顔で他意は微塵も無さそうに応えるばかり。
普段あまり自分の要望を口にしない、この口数の少ない護衛騎士の決意を覆させることは難しいと周囲の者達は嘆息した。
エマーリエはオルタラン国王の長女で、上に兄王子2人がいる。父王は側室を持たなかったため、みな同母の兄妹で、後継者争いもなく平穏無事な王家で育った。
それゆえ、このような温室育ちな自分が他国の王室でやっていけるのか自信がなかった。
王侯貴族に必要な社交も、兄達の影に隠れて目立たぬ存在としてやり過ごしてきたことを今は少しばかり悔やんでいた。
「自信がなくてもやらなくちゃならないのよね」
エマーリエは自分で自分をなんとか鼓舞する。それでもすぐにまた弱気になってしまう。
他国の王太子妃が、こんな自分に務まるのだろうか?
これから自分が嫁ぐ予定の王太子には、側妃がいて既に2人も男児が生まれている。
王太子は26歳、側妃は23歳、長男は4歳になるという。
なぜその方が正妃にならないのか、自国の有力貴族の娘なら尚更不思議だ。
もう、あえて他国の姫を正妃にする必要などないのに。これからそこに16歳の小娘な自分が入り込める気が全くしない。
そんな心配をしても埒がないとわかっていても、エマーリエはぐるぐると思い巡らしてしまう。
「心配は御無用です」
生真面目な表情に目力を込めてそう伝えて来る自分の護衛騎士に、心強さよりもかえって少しずつ追い詰められていくような気がエマーリエはしてしまう。
あなたはもう逃げられませんよと言われているみたいで。
子どもの頃から自国の貴族に嫁いでも他国へ嫁いでも、どちらでも大丈夫なように教育は受けてきたが、いざそれが現実のものとなると、できれば自国の誰かに嫁ぎたかったと思ってしまう。
王女という立場から、そんな我儘は通らないことも十分解っている。
三年前自分に騎士の誓いを立てたダンフォースは、誠実で信頼できる相手だ。常に簡潔なその言葉に嘘はないと知っている。
それでも嫁ぐ日が近くなるにつれて緊張で胃がキリキリと痛んでしまう。
エマーリエは侍女らにも気を使わせてしまうそんな気弱な自分が情けないと感じていた。
両親と兄達に「きっと大丈夫だから」と背中を押され、不安で泣きたいのを堪えつつ、嫁ぎ先へ向かう馬車へ侍女と共に乗り込んだ。
「姫を頼んだぞ」
「御意」
「娘をどうかよろしく」
「御意」
「妹を頼む」
「御意」
いつも通り表情を変えること無く応えるダンフォースのやり取りを聞いていると、エマーリエはようやく小さな笑みを漏らした。
走り出した馬車の中でエマーリエは自分の騎士に釘を刺した。
「私にまで御意って言うのは禁止よ」