異世界クリスマス後編
日の入りと共に私達魔女も慌ただしくなる。
「急いで!各自ホウキの最終チェック忘れないでっ」
「ねえーっ、あたしのプレゼントどこー?」
「プレゼント袋詰めがまだ終わってないって!」
「花火粉の袋とプレゼント袋間違えないでーっ」
「ああ、もうっ!色変えの魔法が上手く出来ない!」
「みんなーっ、落ち着いて!」
慌ただしいというか、もはや戦場だ。
今日はいよいよクリスマス。この短期間の付け焼刃計画にも関わらず、なんとかイベントの準備が出来たのだ。
今はその本番前の舞台裏的なアレだ。同僚の魔女や、助っ人の一般魔女が集まって用意している。色変え魔法でいつもの黒づくめ魔女衣装は真っ赤。帽子も真っ赤。先っちょに綿のポンポンを着けている。そして、リボンを結んだホウキ。
どっからどう見てもサンタじゃないか!
いや、ごめん。赤備えの魔女軍団だ。つよそー。
「いよいよだねお姉ちゃん」
支度を終えたベラが近寄ってくる。
「むふふ、私はクリスマス忙しいな~。だってロットと一緒に過ごすんだもん~」
とニヤニヤ笑う妹。今は許そう。が、前世でこんな妹居たら私は悪役令嬢ばりに嫌がらせしてたかもしんない。
「このクッキー喜んでくれるかな~」
「あんたが作った訳じゃないでしょ」
「だから心配なの~」
「返しなさいっ」
「あははっ、うそうそ!じゃあねお姉ちゃん!後でたっぷり土産話聞かせてあげる!」
「いらないっ」
くそ、イベント前にげんなりさせるとは。
「と、とにかく。これでオッケーね」
さあ、もうすぐ落日の鐘が鳴る。その時の報せと共に聖光祭が始まり、私達も飛び出すのだ。
みんな大きな袋をホウキにくくりつけていく。
私も自分のホウキに跨がった。
「じゃあ、みんな。大変だと思うけど頑張って下さい!」
『おおーっ』
──ゴオオォン、ゴオオォン──
鐘の音。クリスマススタートだ。
「しゅっぱーつ!!」
総勢二百名以上の魔女が一斉に夜空へと舞い上がる。そして打ち合わせ通りみんな揃って杖を取り出し、その先端から明かりを放つ。
地上から見れば流星群が逆行してるように見えるだろう。
「さあっ、始めましょう!」
『おおーっ!』
私達は空で散って別れた。流れ星が町に向かって散り散りに降り注いでいく。
私も家々の屋根の上を滑りながら声を張り上げた。
「みなさーん!聖光祭を祝う市民のみなさーん!こちら魔女局でございまーす!今回の聖光祭は新しい試みで、楽しいをテーマにしたものとなっておりまーす!ささやかながら私達魔女から皆さんにプレゼントがあります!どうぞ、家の窓を開けてお待ちくださーい!」
私の呼び声に応えるように周囲の窓に明かりがパッパとついて、窓がパタパタと開けられていく。
「プレゼント?」
「なになに?」
「魔女だって?」
「わあっ、沢山の光が飛んでる!」
「なんだなんだ?」
開け放たれた窓からは興味津々といった表情がいくつもヒョコヒョコと現れ、こちらを見上げていた。
そんは人々の近くに寄っては
「メリークリスマス!良い夜を!」
と言ってから私はプレゼント袋に手を突っ込んで、中の特性カボチャパイを手渡していった。
プレゼントを何にするかで凄く悩んだ。
前世みたく一人一人の欲しい物を持ってくのは不可能だし、かと言って高級品も難しい。
最初はケーキにしようかという話もあったが、こちらも材料などの関係で難しかった。
よって、最終的にはカボチャパイになった。何より、カボチャパイは魔女の伝統的な料理の一つだったので、厨房のコックだけじゃなく、魔女のみんなも作れたから。
『どうぞ~!魔女特性カボチャパイでーす!』
『メリークリスマス~!プレゼントでーす!』
『はーい、味わって食べてねー』
あちらこちらで他の魔女もカボチャパイを配り始める。
赤い装いの普段とは違う魔女に市民の人々も驚いて、手渡されるプレゼントにはもっと驚いていた。
「よーし」
近場にはあらかた配り終わったようだ。ホウキの柄をクンっと上に向け、ガラスのように張り詰めた冬の夜空に舞い上がる。
そして、私は腰に付けていた袋を取り、中身の粉をホウキに振りかけた。
ホウキが輝き出し、私が飛んだ跡には金色の煌めきが花火の残り火のようにハラハラと舞った。
私だけじゃなく、他の魔女も同じようにやり始め、夜空はたちまち星が溢れ返ったような程に明るく輝き出した。
地上の市民達から大きな歓声が上がる。
「おお~!すげー!」
「きれ~い!」
「おお、これはなんと美しい」
「すっごーい!」
「ブラボー!」
黄金の飛行機雲がいくつもいくつも重なり、それは粉雪よりも細かい欠片になって地上へと落ちていき、フッと消え入る。
「よし、パフォーマンスもばっちし!後は······」
ひたすら飛んで、プレゼント配るだけだ。
「メリークリスマスー!」
こうして私は聖夜をビュンビュン飛び回り、メリークリスマスと叫んでは他人の家にパイを投げ入れるという、字面だけなら迷惑千万な仕事を続けた。
どの家庭もプレゼントを喜んでくれ、幸せそうに笑ってからお礼を言ってくれた。
頑張って仕事してもロクに褒めてももらえず、感謝もされなかった前世とは大違いだ。
「ああ、いいなぁ、こういう仕事」
こんなにやりがいのある仕事があったとは思わなかった。お祭りのイベントだからって言うのもあるだろうけど、こっちも相手も皆幸せな気持ちになる。
他の魔女達も同様のようで、すれ違う度に良い表情をしているのが見えた。
しかし──
「メ、メリークリスマス~!」
後半にもなると体力の限界が!
もう二時間もぶっ通しでホウキに乗り続けている。一応、追加のプレゼントを貰いに何度か拠点に降りたりはしてるけど、すぐにまた飛び立つからほぼ無休だ。
薬のおかげで寒さは緩和されているものの、この真冬の夜空の中、重い荷物をぶら下げて大声で叫びながら飛んでいればこうなるだろう。
だけど、もうほとんどの家庭には配り終えた。あと少しだ。
「メリークリスマス~!良い夜を!」
「ありがと~魔女のお姉ちゃん」
よし。
私が担当する地区の家庭には全部配り終えた。後は他の魔女の手伝いだ。
拠点に戻ると、すでにドロップアウトしてる魔女もちらほら。
「も、もう無理······」
「つ、疲れた······」
「う、動けない······」
そんな彼女達の代わりに残ったプレゼントを配り終えた頃には、他の仲間も続々と帰還し始めていた。
「······長かったような、あっという間なような」
「あ、マリー」
同僚の一人が近づいてくる。
「こっちは終わったよ。そっちは?」
「うん、こっちもオッケー」
「うん、なら広場でパフォーマンスしてる子達にも伝えておくね」
「ありがとう、お願いね」
そして去っていく同僚の背中を見送る。
「·········ふっふっふ」
仕事は終わった。
全てはこの時のために。
私は懐から袋を取り出した。
特性クッキーの入った包み。そう、ニコル殿下にプレゼントする為に作ったやつだ。
「ふっふふ~ん~」
ああ、この為に今日頑張ったんだ。普段のヘタレな私じゃ勇気なくて殿下に手作りお菓子なんて渡せないけど、今日なら。自分で立案したこのイベントなら、極自然に渡せる。
あ、その前に。散々飛び回ったんだ。身だしなみチェックしてこう。
近くの公園に降りる。公共の鏡台が取り付けてある壁にて自分の姿を見てみる。うん、大丈夫だ。それに赤いからいつもよりちょっとだけ明るく華やかに見える。サンタさんグッジョブ。
「よし、後は一握りの勇気だけだ。ふぅ~、はぁ~、いけるっ!」
『お兄ちゃん、お腹空いたね······』
『ごめんよシクラ。今日は固パンだけなんだ』
と、気合い入れていた私の耳に何やら不穏な会話が届いた。
振り向いてみると、なんてこった。絵に描いたような貧しい二人の兄妹がいるじゃないか。
「お腹空いた······」
「そうだな······」
格好からしてみなし児のようだ。きっと家も無いからプレゼント受け取れなかったんだろう。この寒空だ。幼い二人には空腹ほど辛い毒はない──
「~~っ」
クッキー!
ニコル殿下とのイチャイチャ計画の口実クッキー!ああっ!これは、これは心込めて作ったクッキーだ。殿下の笑顔のために!
「何か食べたい······」
「そうだな······」
「~~~~っ!!」
キラリと真上の星が瞬いた。
「おいしいっ!」
「うん!ほんとおいしいっ!」
サクサクとクッキーを食べる子供達。
もちろん、私のあげた特性クッキーだ。
「魔女のお姉ちゃんありがとうっ!」
「ありがとうございますっ!」
「あはは······沢山お食べ~」
ああ、笑顔だ。クリスマスの子供の笑顔だ。そうだよなーやっぱクリスマスはこうだよなー。
うう、グッバイ私のクリスマス。でも、いいんだ。子供に喜びを届けるのが魔女なんだ。
「ばいばーいっお姉ちゃん!」
「ありがとーっ、魔女のお姉ちゃん!」
「ばいばーい、メリークリスマス」
子供達に見送られて空に飛ぶ。ああ、しょっぱい。私のクリスマスの味はうす塩ポテチだ。
「ううっ、しくしく」
「しくしく~」
「ん?」
と、私がしくしく泣いてた所で、なにやらもう一人しくしくしている声が。
見てみると、いつの間にやら並行飛行していたベラがしくしく泣いているではないか。
「べ、ベラ?どうしたの?」
「しくしく······聞いてよお姉ちゃん······」
「う、うん」
「さっきね。仕事終わったからロットの所行ってきたの。そしたらね······他の女の子と一緒にケーキ食べてたの!」
あーりゃりゃ。
「それは、その······災難ね······」
「ぐすっ······もうっ!ロットのバカ!知らない!」
と言うやベラが八つ当たりに何か投げつけてくる。
「あっ、ちょっと!私に当たらないで······よ?」
投げつけられた物。それは私がベラにも焼いてあげたクッキーの入った包み。
「あとこれも要らないっ!」
と今度はカボチャパイを押し付けてくるベラ。
「ほんとはクッキーもパイもロットと一緒に食べるはずだったのに!わーんっ!クリスマスなんて、クリスマスのんてっ!みんな爆発しろーっ!」
そう捨て台詞を吐いてからベラはピューッと飛んでいってしまった。
私の手元には手作りクッキー。
ベラ······。ドンマイ。
すまんな。そしてありがとう。
妹の分まで私が楽しまねば。
「ベラ、お前の仇は私がとる」
クッキーを抱きしめ、再び夜空へ。
「あ、そうだ······」
さっきの公園に行ってみると、あの兄妹がベンチに寄り添って座っていた。
近くに降りると、嬉しそうに声を上げた。
「あっ!さっきのお姉ちゃん!」
「二人ともー、プレゼント持ってきたよー」
「えっ?」
私はカボチャパイを出して渡した。
「はい、メリークリスマス。二人で仲良く食べてね」
「わあっ~、良いの?」
「うん。魔女特性のカボチャパイ。美味しいよ」
「こんなにいっぱい!」
もう一回兄妹の笑顔とお礼に見送られて夜空に飛び立つ。夜空にまた舞い上がる。
目指すは王城だ。
広場のクリスマスツリーに沢山の人々が集まっている。
穏やかな幸せが明るさの中に一杯浮かんでいる。
「······良い夜だなあ」
私も今夜なら······。
王城がすぐに迫る。
殿下の部屋は──
「······!」
テラスにもたれかかっている姿。ニコル殿下だ。
「······殿下~!」
思いきって手を振ると殿下が気づいて顔を上げた。
「マリー?」
「あ、あのっ、こんばんわ······じゃなくて、メリークリスマス、殿下っ」
そう言うと殿下がニコリと笑った。
「そういう挨拶だったね。メリークリスマス、マリー」
何故か少し疲れたような顔の殿下。
「どうかされたんですか?お疲れのようですが······」
「いや、ちょっとね。はは、みんなの好意は嬉しいんだけど流石に限界がね······」
「え?」
と、殿下の後ろを見てみると、大量のカボチャパイが積み重なっていた。
「あ、あれ?殿下それは······」
「いやあ、魔女のみんなが持ってきてくれてね」
そしてお腹を擦る殿下。
「なるべくその好意に応えようとしたんだけどね。ははは」
「·········」
まさかのお腹いっぱい!
「ん?どうしたんだい?マリー」
「あ、いや、その······」
「?とにかく、入りなよ。そこで浮いてるのも大変だろう」
「は、はい」
ホウキから降りて殿下の横に立った弾みで
──ポトッ──
「ん?」
「あっ」
クッキーが落ちてしまった。
殿下がクッキーを拾う。
「クッキー?」
「あ~、いや~、その~」
うう、お腹いっぱいの殿下に渡すのは止めようと思ったのに。またドジしちゃった······。
「い、いえ、そのお気になさらず······」
「······ねえ、マリー」
ニコッと笑って殿下が私の手を取った。
「あ、で、殿下」
「良かったら一緒に食べないかい?」
「で、でも殿下はお腹いっぱいなんじゃ······」
すると少し悪戯っぽい笑みを浮かべてから、殿下は唇に指を当ててしーっと言った。
「マリーの手作りは特別さ。別腹だよ」
「っ!」
「メリークリスマス、マリー」
「め、メリークリスマスっ、ニコル殿下!」
ふっと見上げた空からハラハラと雪が降り始めていた。白い本物の雪が踊るように降ってくる。
「······ホワイトクリスマス」
「ん?どうかした?マリー」
「い、いえ。雪が」
「あ、本当だ。ロマンチックだね」
「はいっ」
異世界でも雪の振る聖夜はロマンチックで、綺麗で、温かかった。
メリークリスマス。全ての人へ······。
お疲れ様でした。
今日はクリスマス・イヴです。私は例年通り、沢山のトトロと共にカップケーキを囲みながらマイムマイムを踊るという勝ち組コースでございます。
皆さんもそれぞれの楽しい一夜をお過ごしください。メリークリスマス。またどこかでお会い出来れば幸いです。