異世界クリスマス前編
イベント便乗作品です。前編、後編の二つに別れています。特にこれといったオチや展開はなく、和やかなクリスマスの様子を描いた作品です。
カップケーキ感覚で味わいください。
「──という事で今度の聖光祭におけるイベントの、その内容について何か意見のある者」
というゼゲバ顧問の問い掛けに答える者なし。シーン、と沈黙を持って迎える。
「シーン。ではないのだ!何か考えろい!!」
と、案の定キレだすゼゲバ。いや、お前がまず何か考えろい。
私だけではなく、同僚の魔女達も皆同じ事を思ったらしく、辟易した顔がずらりと並んでいる。
ここは王城の一角にある魔術局の会議室。
会議室と言っても、古い厨房に少し手を入れただけの食堂みたいな部屋だ。石造りの壁床、そして長テーブルを四角形に並べただけの会議席。なにもかもが、ザ・お粗末。と言った感じだ。
「よいか!聖光祭は国の威信をかけた一大イベントなのだ!我が魔術局がこのイベントの主役となる事で私の昇進は確実──ゴホンゴホン!君達魔女の知名度もグンッと上がるのだ!故に、知恵を絞るのだ!」
結局自分の出世しか考えてなさそうなゼゲバはともかくとして、私達地味な魔女が世間の注目を浴びるというのは悪くはないかもしれない。
聖光祭とは、この国シクルラーム含む大陸のほとんどの国が信仰しているクローリステル教の一大イベントで、三年に一度行われる祭だ。
すごく簡単に言えば、世界中が参加する宗教の行事、祭事。
イベントには多くの聖職者や魔術師が関わって、儀式を執り行うのだけれど、堅苦しすぎるためあまり一般人には人気がない。まあ半日くらい祈りや説教を聞くだけじゃウケは悪いだろう。
そこで、更なる信仰心獲得のために今回は何か楽しい催しをしようじゃないかという声が上がり、その内容を我ら魔女局がこうして考えているのだ。
「ねえ」
隣に座る妹のベラがそっと耳打ちしてきた。
「お姉ちゃんは何か良い案はある?」
「そうねぇ」
などとコソコソ話していると、なんと目ざとい事か。
「そこぉ!マリーベル君っ!私語は発言と見なすぅ!つまり君から案を述べたまぇ!」
ゼゲバがビシィッと私に突き指しそうな勢いで指差してきた。いや、私の妹にはノータッチかい。
「ほら!早く!意見を!」
「いやー、そんな事言われてもアイディアなんてそんな簡単には~」
「なら君は残業だー!溜まっている始末書を全部一人でやってもらおう!」
このパワハラ上司っ!しかし悲しいかな、この世界にはパワハラなる概念が存在しない。弱者は永年弱者だ。
「えーっと、え~とっ!」
あんな羽ペンであんな量の始末書なんて処理出来るか!こうなったら何でも良いからアイディアを······!
「思い浮かばないかねっ!?ならマリー君は残業祭だぁー!!」
「あ!あのっ!ありますっ!ありますっ!」
「ほう。言いたまえ」
「ク、クリスマス······とか?」
「ん?なんだ、それは?」
「え、えっとですね。友達とか恋人とか家族とか、とにかくそういう人達で集まってですね、沢山のご馳走やケーキを食べて、プレゼント交換とかするパーティーです」
「ほう」
「いつもの荘厳な感じではなく、祝う時は盛大にやろうぜ、ヒャッハーみたいに騒ぐイベントです!」
「ふーむ」
ゼゲバが唸る。
「良さそうだな」
「でしょでしょっ!」
「よし。マリー君の残業は取り消しだ」
「ほっ······」
「代わりに、そのクリスマスとやらイベントの計画書を纏めて明日までに提出したまえ」
「はい?」
「よーし、決定!マリー君の計画を皆心待ちにしたまえっ!さ、解散!」
「あっ、ちょ──」
こうして、私は膨大な始末書の代わりに突拍子もないイベント計画の立案者としての仕事を押し付けられた。
「なんでこうなるの······」
「お姉ちゃん、ドンマイー」
「元はと言えばあんたのせいでしょっ、ベラ!」
「ドンマイ~」
大きなため息が口から漏れ、私は天井のシャンデリアを見上げた。
私ことマリーベル・セチアは王国お抱え魔術師団、魔女局に所属するしがない魔女の一人だ。
妹のアルベラことベラと一緒に魔女局に勤めており、日夜魔法薬の実験や、新しい術式の発明と研究を行っている。
と、ここまでならまあ、そこそこ優秀な魔法使い姉妹の話なのだが、実は私にはある秘密がある。
それは、私は転生者であるということ。
元は日本に普通に住んでいた、これまたしがない会社の事務員。
ところが不幸な交通事故であっけなくポックリ。三十路という若さでその生涯を閉じた。ちなみに恋人も夫も居なかったからノーダメージだね!両親も既に他界していたのはある意味良かった。
そんでもって気がついたら異世界に赤ちゃんとして生まれ変わっていたのだ。まさかの異世界転生という夢のような展開。
しかしながら、私は特に天才という訳でもなく、チートスキルを持っていた訳でもなく、普通の人間として第二の人生をスタートさせた。優しい両親に、やや生意気ながらも可愛いと言えば可愛い妹の四人家族だ。
この世界には魔法が存在し、私はそれなりの才能に恵まれ、王都の魔法学校に進学。そしてそのまま今に至る。
今日の会議で私はとっさに前世の知識であるクリスマスという概念を口走ってしまった。あ、いや。本当のクリスマスがどんなもんかは知らないけど、クリスマスというイベントの話をしてしまい、厄介事を抱え込んでしまったのだ。
「はあ~。どうしよう」
廊下を一人歩いて考える。この世界にはクリスマスは存在しないから、いきなりゼロからのスタートだ。聖光祭まであと数日。それまでにやること考えなければ。
「とりあえず、もみの木に飾り付けする文化から根付かせる?あ、いや、いきなりそんな事言ったて無理よね。なら、王城でクリスマスパーティー?いやいや、貴族しか集まらなくてただの社交パーティーになる。えーと、なら~なら~、うー、思い浮かばん!」
「おや?マリーじゃないか?」
「っ!!」
思わず背筋がシャキーンっと伸びる私。手が自然に前髪、襟元、スカートの裾へ伸びて支度を整えようとする。
そして、浮き立つ心がその完了報告を待たずに体を後ろへ振り向かせてしまう。
「こ、こんにちは、殿下」
「やあ、マリー。また考え事かい?」
振り向けば、今日もキラキラ輝くお方。そう、この国の若き王子ニコル・サン・クラウスト殿下その人だ。
「君は悩み多き女性だね」
と、柔らかく笑うニコル殿下。
赤毛のふんわりした髪に、甘く優しいブラウンアイ、目尻が丸くて人懐っこい印象を与え、薄い肌は陰り一つ無い程に綺麗だ。なんというか、全体的に甘くて整った印象を与える人なのだ。
もし、ケーキやマカロンを擬人化したらこんな人になる。そんな風に思わせる人。
あるいは美形な中型犬を擬人化したら、こうなるだろう。
とにかく、今日もかわいい。殿下······。
「こんな真昼から考え事なんて、君はいつも頼られっぱなしだね」
「い、いえ。そんな······」
「まあ、僕も人の事言えないな。僕だってマリーによく世話になってるし」
そう言ってすぐ横に来る殿下。またまたふんわりとした甘い香り。
「今日はどんな面倒事を背負ったんだい?」
「いえ、大した事じゃないんですけど、今度の聖光祭でどんな催しをやるかって事で」
「ああー、毎回退屈だもんね。なるほど。それでもってゼゲバがまた君に仕事押し付けたのかな」
「そんなところです」
「まったく。困った局長だな。本当なら少しお仕置きしてやりたいところだが······やれやれ、自分の立場でやると職権乱用になりかねないからな」
少しバツが悪そうに苦笑する殿下。その顔も可愛いけど、それが私より高い所にあって、見上げてられるこの幸せよ。
「ところでマリー、君の事だから既に良いアイディアがあるんじゃないかい?」
「あ、はい。あの、クリスマスやろうかと思って」
「クリスマス?それはどんな催しなんだい?」
「えっとですね······」
前世の事は殿下にも話した事ないので、そこら辺は上手くぼかしつつ、説明してみる。
何時もよりちょっぴり豪勢なご馳走に、華やかなパーティー、キラキラ彩る明かりや飾り付けに浮かれた気分のクリスマスソング、そしてケーキにプレゼント。
真冬の空に駆ける流れ星のように輝く一夜。それがクリスマス。
「へえ!それは凄いな!」
殿下が楽しげに笑う。
「まさか厳粛なはずの聖光祭に楽しいパーティーを開催するなんてね。しかもケーキにプレゼントなんて贅沢だね!」
「は、はいっ。とっても楽しいんです!ですから今の内に色々と考えておこうかと思ってるんです」
「凄いなあ。マリーは本当に面白い事を考えつくね。僕は毎回驚かせられっぱなしだよ」
殿下が興味津々に話を聞いてくれる。クリスマスに感謝を!サンタさんありがとう!
「マリー、実は今少し休憩してるところなんだ。君さえ良ければ是非そのクリスマス計画を聞かせてくれないかい?」
「も、もちろん!喜んで!」
殿下と二人っきり。誰も居ない渡り廊下でお喋り。温かい午後の日差しにコロコロと表情を変える殿下が私の話に目を輝かせている。
こうやって、楽しそうに私の話を聞いてくれる殿下。前から変わらない。優しくて温かい、身分を分け隔てなく接してくれるお人だ。
殿下と私は同じ魔法学校の生徒だった。なんと恐れ多い事にクラスメイトだったのだ。クラスメイトに王子様だなんて前世では100万パーセントあり得なかったシチュエーションだが、私は学生時代から殿下とよくお話してたのだ。
私は前世の文化というか、思想のようなものが魂に深く根付いていたから独特な物の考え方をしていて、それが殿下には面白かったらしい。
ただ、学校卒業後は、殿下は次期王としての公務に勤しんで、私は魔女局に勤めてというように、二人の距離は少し開いてしまった。
あの頃は側に居たけど、今はちょっと遠い。殿下の変わらない優しさがその距離を強く意識させてしまう。
私が見てない所で、誰かがこの優しさに触れているのだろうか。そう考えると······。
「マリー?どうかしたのかい?」
「あっ、いえ、どうもいたしません。少し考えてたもので。やはり、プレゼントを渡すのが良いのかなーって」
でも、今は側に居る。だから今だけは楽しく話をしたい。
「いきなりパーティーをしろと言っても、貧しくて難しい家もあると思うんです。だから、そこをどうしようかなって」
「そうだね。ふーむ」
「かと言って、王都にいる人全員を一ヶ所に集めてご馳走を振る舞うのもあまり現実的じゃないかなって。みんなが家に居ながらクリスマスできる方法は無いものかなって」
「あ、ならさ。プレゼントなんてどうだい?」
「あ、なるほど。なら──」
楽しい時間は舞い落ちる雪よりも速く消え、二人の足跡はすぐに真っ白になってしまう。体感1分という30分が過ぎる。
「わっ、もうこんな時間か。いつの間に。ごめん、マリー。そろそろ行かなくちゃ」
「いえ、お引き止めして申し訳ありませんでした」
「そんなことないよ、凄く楽しい話で良い気分転換になったよ。じゃ、マリー。また話を聞かせてね」
「は、はいっ!」
颯爽と去って行く殿下の後ろ姿を見送りながら、幸せを噛み締める。ああ、魔女の地味な服じゃなくてせめてドレスなら!
「······よし、頑張ろっ」
「いやー、お姉ちゃんも角に置けませんなぁ」
「ぬおうひょうお!?」
前触れなく後ろから生まれた声に、私は殿下の前でやったら即死するようは奇妙な悲鳴を上げてしまった。
「べ、ベラっ!?」
「あははっ、見~ちゃった。お姉ちゃん、見かけ地味なのに大胆~」
カチン。地味は余計だ。
「ちょっとベラ?いつからそこに居たの?」
「まーまー。空気読んでずっと隠れながら盗み聞きしてただけなんだから怒んないでよ」
「もう!あんたはっ!」
ベラがニヤ~っと笑う。
「お姉ちゃん良い事思いついたよ。今度のクリスマスでさ、殿下に媚薬入りのシャンパン飲ませちゃって一気にいくなんてどう?」
なんでクリスマス知らんあんたが性夜的な発想するんよ。
「するわけないでしょう、お馬鹿」
「も~、お姉ちゃん奥手~。魔女なんだからもっと官能的に行かないと~」
「うっさい。ほら、いいから私達も戻るわよ。クリスマス計画を纏めなくちゃいけないんだから」
「えー、なんで私も~?」
「あんたも魔女でしょっ」
こうして私のクリスマス計画が始まったのだ。
翌日。
再び会議室にてプレゼンする私。
「えー、とのように、我々魔女の力をいかんなく発揮するためのプログラムとなっております。いかがでしょう?」
「良いわね」
「さんせー」
「楽しそうっ」
「あたしは賛成」
「私もおっけー」
「いーよー」
「構いません」
魔女の同僚一堂はなかなかの好感触。一方の聖職者のご老人達は──
「な、なんと罰当たりな!」
「だが、受けは良さそうだ」
「この不埒者!」
「だから魔女は好かんのだ!」
「怠惰極まりない催しだ!」
「ワシは良いと思うがの」
「神を冒涜している!」
賛否両論といった所だけど、最終的には賛成多数でクリスマス作戦は決定された。
「それでは具体的な内容の話に移りたいと思います」
『はーい』
本イベント実行委員の魔女のみんなとの細かい打ち合わせだ。説明一つ一つに質問がやってくる。
「まず、中央広場に大きなクリスマスツリーを設置したいと思います。クリスマスツリーとは、クリスマスのシンボルとも言える物で、大きなもみの木に沢山の煌びやかな飾り付けを行い、ロウソク等でライトアップして楽しむのです」
「質問。飾り付けって何を飾るの?」
「えっと、色々かな。例えば松ぼっくりとか、赤い玉とか青い玉とか、あとは靴下に杖にキャンディ、クッキー······」
「なんかカオスね······」
「でも一番重要なのはロウソクとてっぺんの星かな」
「星?」
「星を型どった飾り。これは一つだけでてっぺんに輝かせるのがポイント」
「なんかかわいい」
「では次に本題のプレゼント作戦です」
広場に来れない人だって居る。よってこちらが本命の計画だ。
「王都にある全ての家庭にプレゼントを配るという前代未聞の作戦となります」
「突拍子ないわねぇ」
「大変そー」
「あたし達だけでやるんですか?」
「魔女局の魔女だけでは流石に人数不足なので、ホウキを扱える一般魔女の方々にも応援を要請するつもりです。とは言え、どちらにせよかなりの負担になる作戦です。心してください」
「なるほど。で、肝心のプレゼントは?」
「今現在いくつかの案を立案中ですが、こちらは他部署との連携もありますので──」
思ったよりも盛り上がった会議が終わり、私達は早速準備にかかる事となった。
事前準備の打ち合わせや、厨房との協議に財政長官との意見交換など多忙を極めた初日が終わった。
「いやー、マリー君ご苦労だね。その気迫で頼むよ」
「はい」
ゼゲバも珍しくニコニコだ。ちょっとむかつく。
まあ、いいさ。私だって何も本当に人様のためだけにこのイベントに取り組む訳じゃないんだから。
寮に戻ると妹のベラが私のベッドの上でゴロゴロしていた。
「あ、お姉ちゃんお帰りー」
「ちょっと、仕事着のまま寝ないでよっ。汚いでしょうが!」
「私は可愛いから汚くないよ」
「ほら、下りなさい」
ゴロンっとベラをどかす。
「いたた、そんなんじゃニコル殿下は惚れてくれないぞ~」
「やかましいっ」
そんな事よりもだ。私は忙しいのだ。
「さ、明日のスケジュール纏めないと」
「ねーねー、お姉ちゃん」
「なに?」
「なんでクリスマスは恋人と過ごすの?」
「えっ、えっと。あれよ、聖なる夜は愛に満ちて神を忘れる事なかれ的な?」
「なにそれー。ていうか、恋人と一緒の夜──あ、性夜なんてどう?」
妹も転生者じゃないよね?
そして数日はあっという間に過ぎて、ついにクリスマスもとい、聖光祭前日となった。
私は一人台所でお仕事中。
「あ、お姉ちゃん何作ってんの?」
のはずだったが、目ざといベラにすぐ見つかった。
「あっ、もしかしてクッキー?私ちょうどお腹空いちゃってー」
「あんたのじゃないわよ。これは明日使うんだから」
「え?明日?だってクリスマスのプレゼントは厨房で作ってくれるんでしょ?」
「こ、これは別の」
「んー?あ、分かった。殿下にあげるんだ」
「分かったらあっち行った。しっしっ」
「あ、お姉ちゃん私の分も作って」
「はあ?なんで?」
「んふふ。私さ、騎士のロットと良い仲なんだー。だから明日はちょこーっと忙しくて。てなわけで、私とロットのために一つ」
「自分でやんなさい」
「きゃー、お姉ちゃん美人!料理上手!いよ、魔女の中の魔女!セクシーと可愛さの融合モンスター!これじゃ殿下がメロメロなのも頷けるわ~!」
「もう、仕方ないわね~。今回だけよー?」
こんなにチョロい自分が憎くなる時もままある。
そうして──
聖光祭当日の夜になった。