9 ケッティル一家の遺伝子って
勢いよくポータルの光を踏みつけてから、瞬きしたら辺りの景色が変わっていた。
ついさっきまで石の塀で囲まれた場所にいたはずなのに、今は木々に囲まれている。
全然移動した感じがないのに、ちゃんと移動していた。
やっぱり、魔法ってすごい!
「あっという間でしたねえ」
おっとりとした声音でケティが横で言う。
その声に横目でケティを見やればいつもどおりのケティである。
ポータルについて説明を聞いたことで安心していたつもりだったが、それでもどこか不安に思っていたのだろう。
事故は起こっていなさそうで思いきり安堵のため息を漏らす。
「無事でよかった」とケティに笑いかければ、ケティも笑った。
心配しすぎた自分が恥ずかしくて照れ笑いだ。
「ケッティル!」
私がケティと見つめ合ってると、ケティに向け呼びかける声があった。
そちらを見やれば、軽装備で帯刀をした二人の若い男がいた。扉の前にである。
こちらのポータルを守護する兵士なのだろうか。しかもケティの知り合いなの?
「兄上っ!」
飛び跳ねるように、ケティは自分の名前を呼んだ男の人の方へ走っていくと思いきり抱き着いた。
「お久しぶりです!」
ほお、お兄さんなのか。確かにケティが抱き着いているその人は黒髪黒目で、柔和な顔つきとケティに似ているように見える。
1人残された私は他にやることもなくただ二人の様子を観察するだけだ。
ケティのお兄さんとやらの相方らしき人は微笑ましいと言わんばかりに笑いながら兄妹の再会を眺めているけれど。
「こちらにいらしたんですね!」
「ケッティルがポータル利用するとは思ってなかったから、申請連絡がきたときはびっくりしたよ」
麗しい兄妹愛を見ていたら 私もなんかお姉ちゃんに会いたくなってきた。
「あ、ユエごめんなさい!」
声をかけるより前にケティが我に返って、私の方へ駆け戻ってくる。
「兄に会ったのが久しぶりで、つい……」
「大丈夫、気持ちはわかるよ」
私もお姉ちゃんと会ったら同じ感じになると思う。ケティはブラコン気味だと思うが、私も大概シスコン気味だ。
「紹介しますね、私の兄のキタンと、相棒のガネスさんです」
ケティの兄だという男性はしっかりお辞儀をして、相棒の紫がかった灰色の髪の人は小さく頭だけを下げた。ケティ、相棒の人も知っている人だったのにガン無視してなかった? 挨拶すらしていなかったような……。
「救世主様のユエです」
「はじめまして、優絵と申します」
救世主ではなく名前を呼べという気持ちを込めて自己紹介を行っておく。
二人は先ほどと同じようにお辞儀や礼を返してくれる。
「ケッティル、ユエ様、少しお時間いただくことは可能ですか?」
ケティのお兄さん、キタンさんからそう切り出され、私はケティと顔を見合わせあった。
◇◆
「普通のお茶ですが、どうぞ」
キタンさんはどこかに行ってしまい、残された私とケティは同じく残されたガネスさんにポータル警護の詰め所に連れてこられ、お茶まで出されてしまった。
休憩用であろうテーブルを囲み、出されたマグカップを手に取ると癖で匂いを嗅ぐ。うん、大丈夫香草茶ではない。バイバイしたつもりだが、ちょっとトラウマになってるのかもしれない。
一口飲んで、なぜか空いていた椅子に腰かけてしまっているガネスさんにお礼を告げる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
このガネスさんって人、なんか、苦手な空気だな。なぜ苦手なのかは、はっきりわからないんだけど。
警戒を緩めず失礼にならない程度を意識して観察する。
紫がかった灰色の髪って、異世界人だなと思う。
そういえばケティも、神官長様も、キタンさんも馴染みのある黒髪の黒目だったなと今更思い当たった。異世界っぽさからこの人のことを敬遠したいのかな。
キタンさんと身長は同じぐらい。こうやってみると180cmぐらいあるのだろう。体型はキタンさんがやせ型、恐らく細マッチョで、この人はそれよりがっちりしている。ゴリマッチョまではいかない。ゴリマッチョよりの細マッチョ程度だと思う。鍛えてるなって感じ。
髪型は二人とも短髪だが、ガネスさんは少しだけくせ毛なのか毛先がうねっている。キタンさんはケティと同じストレート。やっぱり似ている兄妹だ。
「ユエ様、お会いできて光栄です」
ガネスさんは、穏やかな笑顔で告げながら私の手を取った。反射的に背中がぞわっとして全身に鳥肌が立つ。うひいいいい!
「う、はあ、どうも」
悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえながら曖昧に相槌を打つ。さりげなさを装いながらガネスさんの両手から手を引き抜いた。再度手を取られないように、後ろで手を組んで予防することも忘れない。
物語の騎士っぽい仕草だと思うけど、こういう気障っぽいの駄目だ。苦手だ。
私の様子に気づいたのか、ケティが慌てて私とガネスさんの間に入ってくれる。
こういうタイプだから、ケティがさりげなく塩対応してるのかもしれないなと気づいた。
「大丈夫ですか、ユエ」
「うん、大丈夫、何かされたわけじゃないし」
ただ、苦手なだけであんまりな対応だとは思うけど、当のガネスさんはニコニコしたままである。
少し居心地悪くなっていると、扉をノックする音が聞こえて「入ります」と断りをいれてからキタンさんが部屋に入ってきた。
キタンさんと一緒にもう一人、熊みたいなガタイのいい男性がキタンさんに続いた。
「父上っ!」
誰? と思っていたら、勢いよくケティが立ち上がりその熊みたいな人に駆け寄っていく。
え、お父さん!?
一旦視線をキタンさんに向けてから、ケティを一瞥する。うん、この二人は雰囲気から言って似てる。神官長様もこの二人と同じ色合いだから親子関係があるのは、ギリギリ許容範囲。
で、この新たにやってきた人、言い換えれば筋肉ダルマみたいな人はというと――。
「遺伝子! どうなってんの!?」
思わず声に出してしまったが、幸いなことに感動の再会を果たしている親子は気づかなかったようで水をさすようなことにはならなかった。
「お気持ち察します」
心底同情している風に言ってくるガネスさんの言葉はあんまり絡みたくないから聞こえないふりをしておいた。
野生の人食い熊みたいな風体のケティのお父さんはカイザーさんと言うそうだ。
ケレート国家直属の辺境警備隊の隊長職に就いていらっしゃる方で、現在はキタンさんたちをはじめとした部下たちを連れ、このケレート南の森で演習のため一時滞在をしていたとのこと。
そこへ偶然にも私とケティがやってきたというわけだ。とてもタイミングがよかった。
「救世主様のお供になるなんて、本当に成長したなあ」
カイザーさん、割と厳つい顔つきしてるのに、やはり娘がかわいいのかケティを見るその顔は目尻が下がってニッコニコだ。こうやって見るとケティはお父さん似かもしれない。神官長様の雰囲気とは系統違うし。
「お母さんは元気か?」
「はい、とても」
浴びるように酒飲んでましたよ。とても元気だと思いまーす。口に出さないでケティに同意する。
って、そうか、この人って神官長様の旦那さんなんだ! あのおっかない人と、このおっかない人が夫婦なのか。怖っ。
「もう母上には1年以上会ってないですからねえ」
年単位で!?
キタンさんは笑顔でとんでもない爆弾発言かましてるけど、とても笑って言えることじゃないと思う。
「修行修行で忙しくしてたからなー、たまには顔を見せないとな」
この夫婦、大丈夫?
「あの、父上、わたしたちそろそろ行かなければならないのですが」
「ああ、聖地だったか。しかし、ここ数日連続して魔物が出現してる。危険だぞ」
それでも行かなきゃいけないんだから、気をつけて行くしかないんだよね。頑張ろう。
「父上、僕がケッティルたちを護衛しては駄目でしょうか?」
キタンさんがそう申し出てくれた。
「ああ、そうだな。そうしてやってくれ」
「兄上、よろしいのですか?」
「うん、聖地までの往復だけだから」
いざとなれば神の剣で魔物は簡単に倒せるけど、不慣れな私とケティだけでは不安が大きいわけで、キタンさんの申し出はとてもありがたい。
「ユエも構わないか?」
呼び捨てでお願いしますと伝えたら、全く遠慮なく呼び捨てしてくるカイザーさんの血は間違いなくケティに受け継がれていると思う。最初からケティは呼び捨てだ。
「助かります。ありがとうございます」
「そうと決まれば行きましょうか!」
そう言って立ち上がったのはガネスさんだった。
えー、この人も行くの?
「あれ、ユエ様、今少し嫌そうな顔をされませんでしたか」
バレてるし。
「ご迷惑をおかけするのでは?」
「手数は多い方がいいですよ」
さあ行きましょうと言うガネスさんを誰も止める気はなさそうだった。まあ、いいけど。
なるべく近づかないように気を付ければいいや。
◇◆
外に出れば確かに森であった。
葉と葉が重なり合う緑と木の幹と地面の茶色系統。
若々とした葉が太陽の光を反射してキラキラと光っている。が、立ち並ぶ木々にある程度日光が遮られて道は薄暗い。道という道がなくけものみちをたどるだけの足元も暗くおぼつかなくて少し怖い。
大自然だー。
人工森しか知らない現代っ子の私には、この中で魔物を警戒しながら進むのはハードルが高かったと思う。キタンさんが来てくれて本当に助かった。
「ケティ」
足を木の根に引っかけないように細心の注意を図りながら、前を歩くケティに話かける。
先頭をガネスさんが歩き、その後ろをケティ、私、しんがりにキタンさんが続く。気を抜くと枯草や枯葉に足を滑らせそうで、でこぼこした地面に足を取られそう。気を張った行軍である。
「神様の力弱まってるって言ってたでしょ。魔物が出るのってそのせいなの?」
「いいえ、魔物は平常時でも現れます」
ケティは割と余裕がありそうな声音で答えてくれる。この行軍が苦でなさそうな様子である。ちょっとへこたれそうになっている自分が情けない。
「魔物は魔力の吹き溜まりと同じと言われています」
と、後ろからキタンさんが言ってくる。
吹き溜まりって、あの光の玉がふよふよしているところのことか。
「魔物も魔力も、要因があるところに湧いてくるものです」
「湧く? 魔物って自然発生するの?」
この間の犬みたいなやつは竜巻みたいな風が吹いて、急に現れたし、子犬は大きなのが雄たけびをあげたら増殖していた。湧いたといえば湧いてきたといえるけど。
「そもそも、魔物って何?」
「魔力も魔物も普通に在るものですからね、あまり深く考えないですよね」
ガネスさんも口を挟んできた。
そうか身近であればあるほど特別に考察したりはしない、真理かも。
魔物は輪郭すら曖昧で、境界は空気と溶け合っているように見えた。人や動物と同じ生命体とは言えない気がする。
「じゃあ話を戻すけど、神様の力が弱まってるって何でわかったの? 何かが起こるの?」
「空気はよどみ、水は濁り、空は厚い雲が太陽を覆い、生命が滅ぶといわれています」
と、ケティ。
まさしく終末の光景だ。でも、今は空気も澄み切っているし、水もよどんでいなければ太陽だって見える。
「シルキアの花、救世主様の訪れを告げる花と言いましたが、あれは終末を告げる花でもあるのです。世界中のシルキアの花が一気に咲き乱れ、そしてすぐに散りました。見えないけれど、終末が始まっているのです」
すごく、深刻な話になってしまった。全然目に見えぬところで滅びの一途をたどってるって、本当に?
「現にこの森も枯れ木が増えているんです」
キタンさんが言った。
「原因は不明。緩やかな勢いではあるけれど、少しずつ立ち枯れが広がっているんですよ」
ガネスさんもキタンさんの言葉に口添えしてくる。本当っぽいな。疑う気はなかったものの、急に突き付けられたような気がして息苦しくなる。
供物を集めて神様に捧げれば、本当に滅びは回避できるのだろうか。
「おっと、きたようですよ!」
ガネスさんが足を止めて指をさす前方に、ゆらりと浮かび上がる影が三体あった。
鹿みたいな形をしているけど、影だから魔物か。
「ケッティル、下がっていて」
キタンさんも最後尾から、剣を抜きながら前方に駆け出していく。
ガネスさんも自分を追い越していくキタンさんに続き剣を抜いて、駆けた。
二人とも速い。
それぞれが一体ずつを相手して、それぞれ魔物を切り伏せていく。残りの一体もキタンさんがさくっとやっつけてくれた。
空気に溶けていく影を見ながら、二人とも剣を鞘に戻している。
二人の剣技は剣道とは全然違う。そして私が趣味で少しだけかじってる殺陣とも違う。敵を屠ることを目的とした剣。近くで見ていると少しだけ怖い。
「なんで魔物は人を襲うんだろう」
ふと、思い継いだ素朴な疑問をそのまま口にしていた。
「人の魔力を奪うためだといわれています、けど」
「魔力のない人も襲われてるよね。ごめん、考えるだけ無駄か」
敵にしかならない。敵として作られた。いろんな可能性が浮かんでは消える。
だけど、考えたって答えは出ないから、戦って倒すしかないのかも。
「ユエ……大丈夫ですか」
「うん、歩くの大変すぎて少しへこたれそう。頑張るごめん」
素直に詫びればケティは困ったように眉を下げて、項垂れてしまった。
「役目を変わることができれば変わって差し上げたいところなんですが、無理なので」
「うん」
「頑張りましょう!」
ケティに力強く励まされて、少し元気が出た。頑張る!
読んでいただきありがとうございました。
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