7 旅立ち再び
さて、と。
剣をスマホに収納しながら辺りを見回す。
やったやった!ときゃっきゃして宴会を再開させて、薬草料理をまずいまずいとネタにして楽しみたいところだけど、それができなさそうな空気だなーっと。
その空気に顕著に飲まれているケティは先ほどよりも蒼白になってぶるぶる震えているのがわかった。
こんなに怯えるなんて、いったい何が。
「ケッティル!」
先ほど大きなタケノコ?氷魔法を放った神官が速足でケティのもとへやってきた。
長い黒髪を一つに束ねたその女性はよく見ればケティたち他の神官よりも少しだけ意匠が異なる神官服を纏っている。
「……し、神官長様……」
ああ、なるほど、偉い人か!
小動物のように震えながらも彼女の役職を呼ぶケティ。
「自分が何をしたのかわかっているのか!」
神官長様は頭ごなしにケティを怒鳴りつける。
そんな怒られるようなことなんかして――た。私を連れて逃げてきた人だった、ケティ。
「わた、わたし!」
今にも泣き出しそうな顔でケティは神官長の顔を見上げる。
神官長様は落ち着いた大人美女だ。美人に怒られると怖いんだなとどうでもいい感想を抱いた。
「言い訳するな!」
粗野な物言いは傍観者の私ですら竦みあがるほど迫力があった。
こりゃぶるぶる震えるのもわかる。
「あ、あのっ!」
それでもさすがに可哀そうに思えて恐る恐る二人に口出しをしてみる。
神官長は眉を吊り上げて一瞬だけこちらを睨みつけたが、すぐ表情を消し私に向かって頭を垂れた。
「救世主様、この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません」
つられるようにケティも頭を下げる。
「私が、ケティに連れてってほしいってお願いしたんです」
まあ、嘘ですけどね。
「ユエ!」
なんか非難するような視線をケティから感じるんですが、なぜ。
穏便に終わらせるには嘘も必要だと思うんだけと。
「違います。わたしが、我儘を言って救世主様を連れ出しました」
「……なぜ?」
しばらく思索したのか沈黙したのち、神官長様が低い声で問いかけてくる。怖い。
「こちらの都合で召喚して、そのまま見送るなんて無責任だと思いできなかったからです。最後まで手助けできたらと」
「半人前のお前がか?」
ううう、怖いよ。
すっかり竦みあがっている私の横でケティは健気に説明を続ける。
「はい。わたしはわたしのできることをやりたいと思いました」
「ふざけるな!」
ひい!
私とケティ、同時に肩をびくっと竦ませる。
「その我儘で救世主様を危険な目に合わせて。無事だからよかったものの、我々が駆け付けなかったらどうなっていたことか!」
ケティは肩を落とした。
「おっしゃるとおりです」
そんなケティの声は震えている。
黙って見ていられなくなりケティの手をそっとつかんだ。
さすがに自罰的すぎと思わんでもないけど、寄り添ってくれた気持ちがうれしかったのは事実。
それで怒られるのは可哀そうかなと。
まあ、それだけのことをしたから仕方ないのかもしれないけど。
私に手をつかまれたケティは一瞬体を強張らせ少しだけ視線を私に向けた。
大丈夫と頷いて見せると、涙をこぼしながらも頷き返してくれた。
「しばらく謹慎だ」
「ダメです」
吐き捨てるように処分を言い渡す神官長様に私は勇気を出し、口を挟んだ。
「神官長様、私はケティに案内をしてほしいんです」
ケティに向けられてた神官長様の威圧的な目が私に向けられ、少しだけ困惑の色が混じる。
「ケッティルはまだまだ半人前です。護衛という意味では力不足でもあります」
正当な断り理由を言われたが、こちらも引くわけにはいかない。
「知らない世界で不安だった私にケティは親身に寄り添ってくれました。一緒に着いてきてくれると言ってくれてとても心強くて……。
私の我儘だとは承知していますが、どうかケティと一緒にいさせていただけないでしょうか」
相手の罪悪感を刺激しつつ、懇願という形で対抗だ。
だって、ケティと一緒にいたいという思いは本当だし。
「ケティが力不足とおっしゃられていますが、こんなにきれいに傷を治してくれたんです!」
そう、これは自慢したい。
傷がきれいさっぱりなくなっていた腕を神官長様に示す。
袖口が血に染まっていたせいか神官長様は一瞬顔をしかめ、たがすぐ短く嘆息を漏らした。
「それに、ケティがサポート魔法みたいなのをかけてくれたおかげで魔物?と戦うことができたんですよ!」
すごく怖かったのに頑張れたのはケティのおかげ!をとにかくたたみかけるように訴える。
「まあ、ケッティルは補助系と治癒系のエキスパートなので、それぐらいはたいしたことないかと……」
「ユエ、私が魔法をかける前に交戦してた気がするんですけど……」
私が戦えたのはケティのおかげ!を演出してるのにばらしてどうする。
「……救世主様」
神官長様の視線が冷たい。ぶるりと震えがくる。
なんでこの人こんなに怖いの。
「ふっ」
あ、鼻で笑われてしまった。
「随分と好戦的な救世主様だな」
聞き捨てならな――いや、さっきジェノサイドしてた身としては否定できない。
「剣を片手に魔物に突っ込んでいくので驚きました」
同意するようにケティ。
かすかに笑みがこぼれていてちょっとだけほっとした。
が、なんでさっきから味方になってくれないんだろう。
「でも、ユエ――救世主様はわたしを庇ってくださいました。そして、ここの皆を守ってくださいました。
だから余計にわたしのできる範囲で手助けしたいと思ってます。
神官長様、どうかわたしが救世主様のお供をすることをお許しください」
「……仕方ないな」
ふうと息を漏らして神官長様がデレた。
「救世主様もよろしいのでしょうか」
「望むところです!」
よかったよかった。
何とかおさまるところに収まりそうだ。
「後始末をして参ります。救世主様はケッティルと少し休んでいてください」
淡々と告げて神官長様は村人たちの方へと踵を返していった。
「全く」
代わりにやってきたのはシェリーさんだった。
「シェリー様、あの」
「救世主様をお連れするのは栄誉だけれど、できれば神殿で神官長様の面倒を見てる方が好きなのよね。ケッティル感謝するわ」
随分と砕けた口調でシェリーさんがケティに言う。
この人こういうキャラなんだ。
「神官長様ってわかりにくいけど、お可愛らしいところがあるから、お世話役は楽しいのよね」
「ええ?」
あの怖さからは、とてもじゃないが、それには同意できない。
「さっきも『好戦的な救世主様』って言いながら吹き出しそうになって懸命にこらえてらっしゃったし」
そうだったの?全然わからなかった。
ケティを見れば彼女も驚いた顔をしている。
「それに娘にはとても甘いわね。
気をつけて行ってらっしゃい。ケッティル」
ケティの肩を励ますように叩いてシェリーさんは神官長様後を追った。
え、娘?
「神官長様って、ケティのお母さんなの!?」
これには驚いた。
髪と目の色は同じだけど、似てる似てないで言えば似てない。
プレッシャー強い母と癒やし系娘、ケティはお父さん似?
いや、大人美女とは思ったけど、こんな大きな娘がいるとは思えない。若く見えすぎる。
「はい、自慢の母なんです」
曇りのない笑顔で肯定されて言葉を失う。
私はそんな風に自分自身と母を肯定できるだろうか。
「そっか」
もしかしたら、ケティも母親と自分と比較され続けてきたかもしれない。
それなのに迷いなく”自慢の”と言い切ったケティに複雑な思いを抱きながら、私はただ相づちを打つだけにとどめた。
色々あったけど一件落着したので、今、私は再開された宴会に参加させられている。
宴会には功労者として神官長様をはじめとした神官御一行も強制参加だ。
さっきも思ったけど、この宴会日本の花見っぽいんだよね。
地べたに敷布を敷いてその上に色々な種類の料理が並べられている。
敷布に直接座ってもいいし、小さい椅子が用意されていて空いている椅子に座ってもいいらしい。
もしくは敷布の外に立って立ち食いか。
飲み物は別の場所にある大きなテーブルに1箇所にまとめられている。
「あ、おいしい」
新たに広げられた料理の中から焼き鳥のような外観の料理を、つまようじのような形のピック?で刺して口に運び思わず声をあげていた。
あの香草料理のレベルを想像していたので十分に美味しい普通の焼き鳥だった。
こっちの世界にも醤油があるのかとどうでもいいことを考えながらももう1つ口に放り込む。
美味しい。空腹だったため余計にそう思う。
あの香草料理はなんだったんだろう。罰ゲーム用か。
「どうぞ」
飲み物を取りに行っていたケティが戻ってきた。
両手に持っていたコップの片方を差し出し、私が受け取ったのを確認して私の横に座る。
「これ何?」
コップの中身について訪ねれば、
「香草茶です! 栄養があるんですよ!!」
とても良い笑顔でケティは答えた。
罰ゲーム? 何の罰よ? 確かにまずいまずいとはしゃいできゃっきゃしたいとは思ったけどさあ。
ケティがわざわざ取ってきてくれたんだから、と、えいや、と一口飲んでみる。
「草」
それ以上でも以下でもない。
お茶にしているからか意外に普通に飲めるが、普通すぎてリアクションに困る。
「あの、ユエ……」
この香草、香りもそこまでよくないし、かと言ってあとを引くようなインパクトもない。
一体どう加工すれば味を生かせるんだろう?
割と真剣に考えている私に、ケティが遠慮がちに呼び掛けてくる。
「ありがとうございました」
「へえ!?」
丁度お茶を口に含んだタイミングで変な声が出てしまった。
「一緒にいたいと言ってくださって、嬉しかったです」
「あー、うん」
本当の気持ちを言っただけだからお礼を言われると照れくさいし、少しだけ居心地が悪い。
「てっきりシェリーさんも一緒に行くのかと思ってたんだけど」
「伝承で、救世主さまには神官が一人だけ付き添うことが決まっていまして」
「そうなんだ」
ある程度人手があった方が危険は少なくないんじゃないのかな。
伝承おかしくないか。
「神官長様がケティがついてくることに反対してたのって娘が心配だから?」
「いえいえ! わたし、言葉どおりまだまだ半人前で! それに攻撃魔法が一切使えないんです。余計にお供は無理だと思われてました」
「治癒ができるだけですごいって思うけどねー」
攻撃魔法の方が優れてるとは思えないけど。
「魔物が発生した時に、救世主様をお守りするには攻撃手段がほしいんです」
逃げてばかりじゃ駄目な時ありますよね、とケティは言って悲しそうに眉を寄せた。
泣きそうだ。
ケティに泣かれると胸がぎゅっとしめつけられたように痛くなる。
ただ言ってることはそのとおりだ。
襲いかかってくる相手に逃げてばかりでは先がない。
脅威になるものが想定されていないこの巡礼の旅であってももしものことを考えて護衛を兼ねた付き添いを選ぶのは当然で、ケティは選ばれなかったのも当然。
そこを捻じ曲げてついて行きたいとか言ってしまうのはケティの我が儘。
その我が儘によって私を危険にさらすことになったのだから神官長様の怒りは当然か。
「わたし、ぜんぜん考えが足りなくて、ユエを危ない目に、怪我まで負わせてしまって……」
「大丈夫! 怪我はケティが治してくれたでしょ。魔物だって倒せたし」
「それは、神官長様のお力添えあってです」
「違う。私、あそこで助けが来なくても負けるつもりなかった。持久戦になったと思うけど絶対に競り勝ったよ。それはケティの力があったから」
きついなと思ったけど負けるつもりなんて毛頭なかった。
だからあのぐらいで危ない目にあったとは思ってほしくない。
「ねえ、ケティ、私は勿論頑張るけど、二人で頑張ればもっと頑張れるし、強くなれると思わない?」
ケティの涙腺は既に崩壊していて、ポロポロと涙を落としている。
つられて泣きそうになりながらも、泣くな、とケティの肩を抱く。
半人前じゃないよ、ケティは真面目で素直で可愛い子だよ。
「一緒に頑張ろう」
「は、はいぃぃ」
しゃくりあげながらも元気な返事をくれるケティの肩から手を離し、そっと背中をたたいた。
こうやって試合前には闘気注入のおまじないをするのだ。ケティにもおまじないだ!
「頑張り、ます! 魔法も練習します!」
「うん、頑張ろ!」
「……わたし魔物を見たら怖くて全然動けなくて。それなのにユエは次から次へと魔物を倒していって、すごいなと思いました」
「対峙したら考えようとしちゃ駄目だから」
「え?」
「剣道の師範の教え。考えてから動いたらもう遅いんだって。なかなか難しいんだよね。だからやれるって思ったら反射的に動いてるだけ」
たまに何を教わってるかわかんなくなる師範の教えだけど、私の行動基準の指標となっていると思う。
冷静に考えるのは武器を掴むまで。
剣を掴んだらもう考えるな、だったかな。
あの師範、技よりも精神論をよく語る。
そして、叩きこんでくる。
普段は良くんの面白いおじいちゃんなんだけどね。
「じいちゃんじゃない師範と呼べ」と何度言われたことか。
そうか、良くんが「主将と呼べ」って言ってくるのは遺伝のせいなのかも。
「そういう風に教え込まれてるだけ。だからそんなにすごくないんだ。むしろ考えなしで危ないと思う」
「そんなことないです! ユエは剣術を習っていたんですね、道理で手慣れていると思いました」
「うん。むこうじゃあんまり強くないんだけどね」
小さい頃から習っている割に対戦成績は良くない。
顧問には感覚で打ち過ぎだから考えろって言われてる。
……あれ、師範の教え??
「とてもかっこよかったです!憧れます!」
すっかり涙が引いたケティは、やたらとキラキラした目で私を見てくるが、本当に居心地が悪い。
「すごいのは剣だよ。魔物だっけ? あの影みたいなのが触れただけで消えてくって、どうなってんの? 魔法?」
「神様の剣ですから。
でも剣だけじゃないと思います。立ち向かう勇気がなければ神様の剣であったとしても単なる道具でしかありません」
勇気、か。
私にそんなご立派な物があるのだろうか。
勇気じゃなくて負けん気の強さの方がぴったりくる。
しかし、口に出して否定はせずに、ケティにありがとう、とお礼を告げた。
嬉しくはあるのだ。照れ臭いだけ。
「ケティもすごいよ。魔法もだけど、ちゃんと自分がが足りてないって認められるの、怖いことだと思う」
私は期待された挙げ句に失望されるのがすごく怖くて、なるべく期待されないように振る舞ってしまうから、素直に認めているケティが眩しく感じる。
「それに、お母さんを自慢ってはっきり言えるの羨ましい。私もお母さんがすごい人なんだ、けど」
お母さんのことは、嫌いじゃない、むしろ好き。
でも尊敬しているかって聞かれると素直に頷けない。
お母さんがお母さんじゃなきゃこんなに期待値が高くなかったのに。
そんなことを思ってしまう。
ちゃんと好きなのに、お母さんなのに、自己嫌悪に陥る。
「言っちゃえばいいんです!」
ケティが笑顔で言った。
「嘘か本当かなんて誰にもわからないんです。言った本人にだってわからなくたっていいんです。
言えないって落ち込むくらいなら本当じゃなくても言っちゃえばいいんです!」
嘘か、本当か、わからなくても、いい?
「その、発想はなかった……な」
虚を突かれたような気分で、ケティの言葉の意味をかみしめながらのろのろと言葉を返せば、ケティにそっと両手を包まれた。
「嘘だとしても、尊敬したいって思っているなら口にしておけば、周りは勝手に尊敬しているんだってことにしてくれるんです」
あれ、なんかケティ、言ってること黒くない?
「騙してしまえばいいんです」
「ケティは騙してる?」
「嘘は下手なので」
あまりにも説得力のない話になってしまった。
ふふっとこらえきれずに笑いが漏れた。
「そっか」
ケティの手は温かい。
「ありがとう」
再びケティにお礼を伝える。ケティは話をするだけで和む。
やっぱりこの子、聖女様属性だよなと思った。と、その時――
おおっ!
宴会の中心部からどよめきがあがる。
何事かとケティと目を合わせてからそちらに目をやれば、神官長様が両手で何とか抱えられるほどの大きな杯(さっき私が渡されそうになったやつ)を飲み干したらしく、お代わりを注がれているところだった。
杯があふれそうになるくらい酒を注がれて、神官長様は両手で杯を大きく傾け豪快に吞み始めたかと思ったら、すぐに空にした。
「すごっ! あれは、尊敬せざるをえないね」
「……さすがにあれは、ちょっと、ないですね……身内として恥ずかしいです……」
素直な感想を口にすると、ケティは少し嫌そうに頭を抱えてしまった。
母娘の関係って、難しいよね。どこの家庭も。
翌朝。
私とケティは村の入り口に立っていた。
割と素面になった村人の皆さんと神官長様をはじめとする神官の皆さんが並んで見送ってくれる。
昨日逃げるように出発してきたのと打って変わってどことなく厳かな雰囲気が漂っている。
ちょっと緊張してしまう。
「では、救世主さま、どうぞお気をつけて」
神官長様が代表して言う。この人昨日言葉どおり浴びるように飲んだのに、全然影響がない感じですごいというのか怖いというのか。
「はい」
逆らえるはずもない。素直に頷く。一択。
「ケッティル、救世主様を頼んだぞ」
「はい」
ケティも素直に頷く。
「救世主様、どうもありがとうございました! また飲みましょう!」
中心人物っぽいおじいさんが頭を下げてお礼を言ってくれた。
けど、飲んでないからね!?
「こちらこそ、お世話になりました!」
お風呂入れてもらえたり、魔物に破られちゃった服の替えをもらったり、本当にお世話になったので頭を下げる。
飲むのは、二十歳すぎてからだから、またその機会があったら――いや、二十歳になってもあんな飲み方はしたくないな。
お元気で。
ケティと顔を見合わせ、一度頷く。
見送りに来てくれている人全員に一度頭を下げて、大きく手を振った。
「行ってきます!」