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6 ある意味試し斬り


 喜びに沸き立つ私たちの間を生ぬるい一陣の風が吹き抜けた。

 そして風は祭り会場の広場中央に簡易的に組まれた櫓をなぎ倒すように渦巻きながら上昇していく。


「竜巻!?」


 この世界ではどうだか知らないが、日本で生まれ育った私にとっては竜巻は車や家の屋根ぐらい軽く吹っ飛ばす怖い存在だ。

 オズの魔法の国に連れていってくれるけれど現実的にはその前に死ぬ。


「逃げ――って無理か」


 伏せて、と声をあげる前に、風はさっと消え失せ、全身黒い毛で覆われている大きな犬?のような生物が突然現れた。

 大きい犬を一回り大きくして体をがっちりさせたフォルム、山犬って言われて抱くイメージに近い犬だ。

 私とケティ二人で乗れそうな大きさ。馬よりも大きい。

 よく見れば黒いのは毛ではない。

 体に墨を塗りたくったような、輪郭近くは色が薄く中心に近づくにつれ濃くなっている。

 何あれ?


 見たことのない質感を持つその生物をまじまじと見つめていたら、ケティが私の腕を引っ張った。


「魔物です!! みなさん逃げて!!」

「はあ?」


 急展開過ぎてついていけない。

 が、狼狽えているのは私だけで、周囲の人々は目の色を変えて動き出していた。


「女衆は家に戻れ! 子どもらは絶対表に出すなよ!」

「鍬でも鋤でも武器になりそうなもんもってこい! 食い止めるぞ!」


 先ほどはただの酔いどれだったおじいさんと、おじいさんより一世代ぐらい若いおじさんが二人で村人たちに指示を出すと、みなパニックになることもなくそれぞれ散らばっていく。


「ユエも逃げてください!」


 ケティが更に力をこめて私に退避するように促す。


「うお゛お゛お゛お゛ををおおおおおおおおおおおおんんん」


 踵を返すよりも先に、黒い犬?魔物?が突如雄叫びをあげた。

 ひっ!と思わず身をすくめてしまう。

 ゲームにある「身を竦ませる雄叫び」というやつか。

 ガラスをひっかくのと同じ感覚だ。鳥肌がたつ。


 ぞわぞわした感覚は数秒で消え、息をついたのもつかの間、目の前の魔物より3回りぐらいは小さいが、同じ犬の形をした黒いやつがどこからともなくわらわらと現れ、私たちを取り囲んだ。

 

 数が……増えた。

 今の雄叫びってもしかして仲間も呼ぶの?

 次から次へとなんなの、本当に!


「! ケティ!」


 呆然としかけた私の視界の端から黒犬(小)の一匹が不安そうに縮こまるケティに向かって飛びかかってくるのをとらえた。

 ケティを押し倒すように、二人で一緒に転がりそれを避けた。――つもりだったが、左腕に痛みがはしる。

 やばい、攻撃当たった!?

 慌てて起き上がり、ケティの様子を窺う。


「ケティ、大丈夫?」


 見た感じ何ともなさそうだった。安堵する。

 無事なはずなのに、ケティの顔を痛いものを我慢しているような引きつった顔をしていて、もしかしてどこかぶつけたりした?とおもったが、その視線が私の左腕に向けられていることに気づきそちらに視線をやる。

 さっき痛みがした辺りだよね? 攻撃がかすっただけだと思うけど。


「なんじゃこりゃあ!」


 怪我の具合に思わず叫んでしまう。

 袖に覆われていた腕の一部分がぱっくり切れていて血に染まっている。

 見れば布の下も切れていて、がっつり裂けている。

 ちょっとしたグロだなと目をそらす。


 骨まで達しなさそうだし、指先が動くから神経も傷ついてなさそうだし、なにより千切れなくてよかった。

 見た目よりも痛くないから泣き喚くほどでもない。

 

「……ユエぇ……」


 今にも泣き出しそうな様子でケティは私の傷口に手を伸ばしてくる。

 あ、さわられるのはちょっと無理です。

 庇うように体を捻ってケティの手から逃れようとしたが、ケティは傷口には触れてはこなかった。


「癒しの光! 灯れ、その傷、癒したまえ」


「ええええええ!?」


 傷に触れずにかざされたその手から柔らかい光が注がれたかと思えば、大きく開いていた傷がきれいさっぱり消えてしまった。

 奇声をあげてしまったのも無理ないだろう。


 え、すごっ!これ治癒魔法ってやつだよね?

 ケティに確認するよりも先に、彼女は切羽詰まった様子で傷が癒えたばかりの腕を掴んだ。


「早く逃げてください!」


 そんなケティを押し止めて、私はスマホの操作をして剣を出現させる。


 現れた剣で飛びかかってきて黒犬(小)を素早く突く。

 切ったという感触はなく剣に触れた先から子犬は溶けるように消滅していった。


 音もなく消えていく犬に息を飲みながらも、近くにいる黒犬(小)を斬りつける。

 手応えもなくこちらも消滅していく。間をあけず更に小さい黒犬たちを剣を当てて消していく。


 切らなくても当てるだけでいいって、チートじゃない?


「救世主様!」


 農具を手に子犬と交戦している酔っぱらいだったおじさんが歓声をあげる。

 どうやら士気が上がったみたいだった。


 酔っぱらっているとは思えないほどの善戦っぷりには胸中で拍手を送っておく。

 まあ命がかかっているからね頑張るしかないっていう。


「よぉし、いくよ!」


 こっちはチートっぽくてもなんせ敵の数が多い。

 気合いを入れねば。


「ユエ!」


 ケティが追いすがってくるが、下がってと目線を送って、おじさんと交戦中の子犬を斬り捨てる(実際は斬ってない)。


 次は――と辺りに視線を這わせていれば、ケティが体当たりをするように抱きついてきた。


「ケティ?」

「ご加護を!」


 それだけ言って、ケティは私の体に回して手をすぐに離した。

 何かが体の芯から湧き上がってくる感覚があった。

 熱を帯びたそれは思わず叫びだしたくなるような熱さで、声に出すのは何とか自制して。


「どうかお気を付けて」


 一度頭を下げてから少し距離をとるため駆けだしたケティに頷く。

 なんだか、すっきりしたような? 首をかしげながらも気を取り直し次のターゲットの黒犬(小)に向かって間合いを詰める。


 うわ、体が軽い! しかも速い! 自分の体じゃないみたいに軽くて俊敏に動くのに驚いてしまった。

 驚きながらも子犬は消す。


 もしかして、ケティの加護っていわゆるバフがけ、能力アップの魔法なんだろうか。

 治癒能力にバフ魔法の使い手ってケティこそ聖女なんじゃないの!


 なんにせよ、このパワーアップはすごい。

 負ける気がしない。

 剣で触れるだけで私の勝ちなのだ。

 一方的すぎて私の方が悪役っぽい気さえしてくる。


「ぐお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ををおおおおおおおおおおおおんんん」


 黒犬(大)の再度の雄叫び。

 二回目だけど慣れないし、悪寒がする。

 思わず足を止めてしまう。


 先ほどと同じように無数の小さな黒犬がどこからとも湧いてきた。うわー増えたー。


 あのデカいの叩かないとだめか。

 方向転換し、大きいやつを目指そうとするが子犬の数が多すぎる、大きく剣を振り下ろして広目の範囲の子犬たちを消し去る。

 地道だがこうやっていくしかないか。

 地道すぎる!


 黒犬(大)はそんな私の様子を見ながらも空を仰いだ。

 また子犬呼びか、とあの奇声に身構えかけて――、いや、違う?

 

 嫌な予感がした。


 同時に、私が剣を握りしめて構えると、黒犬(大)の目が私をとらえる。

 何が――と考えるより先に、大犬がううるうと歌うような唸り声をあげ口を開き、口から青い炎っぽいのを吐き出した。ブレスも使うの!?


 冷静にこちらに向かってくるブレスをよく見て、手にした剣で薙ぎ払った。

 あっけなくブレスは消え去る。

 斬れそうな気がしたとはいえ、ブレスまで消しちゃうなんてこの剣どうなってんの?


 大犬は悔しそうにその場で地団駄を踏んで、もういちど大きく息を吸った。ちょ、待って――


「ぐお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ををおおおおおおおおおおおおんんん」


 ブレスが通じなくてざまあとか思ってごめん! でも仲間は増やさないで!

 懇願しながらも雄叫びの寒気を耐える。


 はい、増えた! 子犬がわらわらやってきた。


 少しでも数を減らそうと剣を振るうが、これ、結構しんどいかもしれないなと少し心もとなくなった。

 負ける気は全然ないけど、これってかなりの消耗戦になるんじゃないだろうか。


 鬱陶しいな、もう! 手近にいた子犬に剣をたたきつけるように消滅させる。

 まだ一匹。

 一歩踏み込んで大きく剣を横に薙ぐ。

 二匹まとめて消して合計三匹。


 多分火炎放射器とか持っていたらあたり一面焼き払っていたかもしれない、とちょっとヤバ目なことを思っていたら、村人に飛びかかろうとしていた黒犬(小)が横から飛んできた何かに当たり吹っ飛んだ。


 訝しがりながらも私はひたすらに黒犬(小)を駆逐する作業を続ける。

 手を止める間も惜しい。


 黒犬(大)が再び放ってきたブレスを大きく跳躍しぶった切ると、着地しながらも周囲の子犬を回転切りでまとめて屠る。


 やっぱちょっとしたジェノサイダーになったような気がして後味はよくない。


 先ほどの何かが近くにいた黒犬(小)に飛んできて当たった。きゃうんと悲鳴を上げて消え去る黒犬。


 え、何、今の? なんか炎の玉みたいだったけど。


「みなさん、下がってください」


 声がした方を反射的に見やればケティと同じ白装束の集団がそこにあった。

 神殿の人たちか。


 指示に従い、ケティの横まで戦線を脱すれば、ケティはケティで何だか顔色が悪い。


「ケティ?」


 だがどうしたのか尋ねる前に、白装束集団の先頭にいた人が地面に手をついたと思ったら、黒犬(大)までの間に地面から無数の大きい透明で鋭利な棘?みたいなのが勢いよく同時に生えてきて黒小犬たちを貫いた。


「わ、すごい!」


 思わず声が出る。


 あたりにひんやりとした空気が漂ったので、氷の棘かタケノコかなんかなんだろう。

 これも魔法か。


 うじゃうじゃいた黒犬(小)たちが大量に空気に溶けていく。そして、黒犬(大)まで一本の道が作られた。


 今なら、とその氷の魔法で作られた道を駆け出していた。

 ケティの魔法のおかげで体が軽い。瞬く間に黒犬(大)の元へたどり着いて、足を止めることなく手にした剣を黒犬(大)の胴体目掛けて突き刺した。


 (小)と同じように溶けるように消えるかと思ったが、意外に手ごたえがあって驚いた。


 突き刺した剣を引き抜き、もう一度ダメ押しのように剣を振り上げると脳天目掛けて振り下ろす。


 まだ足りないか? と次の一撃を振り上げかけたところで、剣に触れた場所から空気に溶けるように消滅していく。


 埃が風に散っていくように、黒犬はあっという間に崩れて消えた。



 大が消えれば小たちも同調するかのように消え去って、ようやく魔物を撃退することができたのであった。


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