5 幼いころの夢を思い出した
「ほらほら救世主様たくさん食べてくださいねーって全然食べてないじゃないですか」
「あは、は……ははっ」
思わず乾いた笑いが漏れる。
「食べよう、ケティ」
もうやけくそだ。
「はい!」
ケティは真剣に頷いて見せて、すぐに「え!?」と疑問の声をあげる。
「食べるんですか?」
「何だかむしゃくしゃするから食べるの!」
「むしゃくしゃ、ですか」
私の言葉に驚いたのか、ケティは少し呆けたように首をかしげて小さく溜息を漏らした。
「そう、ですね、何にも食べずに出てきてしまいましたからね」
ああ、うん、逃亡みたいなスタートだったしね。
「そうそう! ねえねえ、ケティ、これって何?」
気を取り直すことにして、お皿に盛ってある見たことのない料理が気になってケティに問いかける。
ケティも少しほっとしたように笑って答えてくれた。
「鳥の胸肉を蒸して、香草をまぶして軽くあぶったものです」
「ふうん」
一緒に渡されたフォークでひとかけら拾い上げて口へと運ぶ。
あ、これは…ちょっと、草っぽい…かな。
香草というよりはダイレクトに草。
もっとスパイス的なものを期待していたので慌ててお茶を飲む。
「何か野草っぽい味がした」
「ええ、栄養満点なんですよ」
そんな満面の笑みで言われましても。
「ケティは食べないの?」
「基本的に修行中は夜以外に動物の肉を食べることを禁じられているんです」
「へえ」
何か宗教っぽい!
「じゃあ、これは?」
「卵に香草を混ぜて火を通したものです」
「また香草…」
「栄養満点なんです」
いくら栄養があるからっていってもなあ、最近は青汁だって美味しいのに。
「香草を使ってない料理ってあるの?」
「お嫌いですか?」
そんな悲しそうな顔で言われても困る。
仕方なく卵の香草焼きを口の中に放り込む。
う、せめて塩味とか付けてほしい。卵と草はどこまでも独立していて混ざり合わない。
咀嚼しながら涙がでそうになる。
控えめにいって不味い。
昨夜のスープは美味しかったのに落差が激しすぎる。
なんでこうなるの? おいしいと栄養って両立できないの?
「味と栄養とどっちが大事なのよ!?」
「そんなの栄養に決まってるだろ!」
なんて恋人としては最悪な問答を頭のなかで展開させて涙を必死でこらえる。
「あのさ、ケティ」
「はい」
「そろそろ供物を頂いて、出発しよう」
「えええ!」
さっき食べるといったのに、と言わんばかりに驚きの声をあげるケティだが、私が酔っぱらいばかりの周囲を目線で示せば、
「あ、はい、そうですよね。あまりお邪魔するのも、水を差すようなものですよね」
小声で納得してくれた。
「じゃあ、行ってみよう」
なるべく明るい声を出して立ち上がった。
「そろそろお役目を果たそうと思うんです」
酔っ払いを前ににこやかに言い放つ。
有無を言わさぬまま、百葉箱のような黒い祠?の前までずんずん歩いていく。
急に静まり返る周辺。
しかし心は落ち着いていた。
そんな私に付き添うようにケティは一緒に歩いてきてくれる。
百葉箱?の二つある取っ手を両手で掴み観音開きの扉を開ければ、中には小さな宝箱のようなものがあるのがわかった。
片手にも収まるその箱を両手で丁寧に包み込むようにして取り出す。
日の光の元で見ればとてもシンプルな木箱で。
家にある宝石箱型のオルゴールがこんな形をしていたことをふと思い出した。
いつかの誕生日にもらったものだったはず。
中には色とりどりのガラス製の宝石を目いっぱい詰め込んでいたので、箱を開けるときれいなら音楽が流れるし、キラキラがいっぱいだったし、まさしく宝箱だったな。
お姉ちゃん家を出るときにプレゼントとして渡したんだった。
まだ持っていてくれるかな。
二人した泣いた思い出。姉妹仲は良好なのだ。
「ユエ」
思い出に浸ってしまっていた私はケティに促されるように呼び掛けられ、我に返った。
気を取り直し、「よし、開けるよ」と気合いを入れて宝箱を両手で包んだまま蓋の部分を両手の親指で押し開けるように力を入れた。
これで開かなかったらどうしようと一瞬嫌な予感がよぎる。が、なんの抵抗もなく蓋はパカッと開いてくれた。
――と、その瞬間、箱から何色もの光の帯が飛び出し私の回りを回転するように走り抜け頭上へと集結していく。
手元にあった宝箱のような箱も一筋の光となり、頭上の光に合流し、まばゆい球状の光と姿を変えていく。
「わあ」
思わず感嘆の声をあげると、その光球は真下にいる私めがけてふわふわと漂うように降りてきて、私の全身を包み込んだ。
うわ、何これ! 魔法少女の変身かな!? すべての女児の憧れがここに!?
かつての女児であった私は興奮した。
が、しかし、可愛い衣装に変わることなく、光は私の宝箱を抱えていた状態のままの両手に集まってくる。
ああ、変身はないかとほんのちょっぴり落胆したのは内緒。
両手の間に棒のような、例えるならば木刀の柄のようなものが生じたので反射的にそれを両手で掴みとると、刀身に当たる部分がキラキラとラメをまぶしたような輝きを放つ。
派手なエフェクトだ。
素直な感想を抱けば、キラキラは消えて光輝く刀身が姿を見せた。
おお!と周囲から歓声があがる。
私が手にしているのは虹色に輝く刀身の両刃の剣であった。
まるで羽のように軽い剣。
勇者の持つ伝説の剣みたいで、興奮する。
……もう変身できなくてもいいか。
「さすが救世主さまだ!」
「素晴らしい!」
「感動した!」
この村の人たちのリアクション良すぎない?
酔っているせいだからかもしれないが。
少し気後れしてしまう。
「ユエ! すごいです!」
横にいたケティも感動してもう半泣きだ。
この子素面だよね。
私、宝箱開けただけなんだけど、こんなに感動されてもちょっと困る。
なんか居心地の悪さを感じていたら、私が手にしていた剣が再び光の帯となり、私の腰の辺りに吸い込まれるように消えてしまった。
「え! ええ!? ちょっと!?」
大慌てで光が消えた方を見れば身に付けたウエストポーチがある。
ポーチに入った? まさかと思いながらも中を漁る。
手に当たったスマホを取り出して癖で画面を表示させれば「一件の新着通知があります」の表示があるのが目に入った。
あれ、圏外だったのにどうして?
指紋認証でロック解除し画面を確認する。
何これ!? 画面右半分を占領するように鎮座する剣の形のアイコンがある!
アイコンをクリックすればスマホから私の手元に向かい光の筋が飛び出しさっきの光の剣へと形を変えた。
「こういう仕様になってるんだー」
消えちゃったと焦ったけど、よかった、んだよねえ?
スマホ連動なんてハイテクだなと、どうでもいい感想を抱いてしまう。
どうやったら戻るんだろう?と思っていたら、剣が光の帯になりスマホ吸収されていった。
スマホの画面にアイコンが復活する。
すごい、便利!
スマホの設定をいじってロック設定を解除しておく。咄嗟の時に剣出せないのはヤバイだろうし。
さて。
「これで終了、かな」
「はいっ!」
やったやった!と手を取り合う私とケティ。それを温かい目で見守る村人たち。
大団円だ。
ここで終わればハッピーエンドだったんだろうが、どうもそうは簡単に終わらせたくれないのはセオリーか。
おめでたムードがぶち壊されたのは突然だった。