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4 ふもとの村にて

 うっすらと朝靄がかかった辺りの様子は、まさしく早朝といった感じで、私は中学校時代に行った宿泊訓練の朝を思い出していた。



「少し歩けばふもとの村に着きます」


 ケティは辺りの様子を探りながら小声で伝えてきた。

 私はただただ頷くだけでそれに応えたが、緊張やら、期待やら、複雑にからみあった気持ちを抱いていて。

 まるで部活の大事な試合の前の、そんな感情に似ていて。


 とにかく、すごくわくわくしていたのだった。




 まあ、旅立ちがいきなり逃亡のようなスタートってのも問題だけど。


 わくわくしている気持ちと一緒にちょっとだけ冷め切った気持ちもどこかにあるのは確か。

 これは部活の時のクセだ。

 「どんな時でもどこか冷静に」というのが私の剣道の師範(まあ、良くんのお爺ちゃんなんだけど)の口癖であって、なるべく意識していたらこうなった。


 前を歩くケティの背中を見失わないように集中することにする。

 本当に深い霧だ。

 この霧のお陰で見つからないように出発することも可能だったわけだが、これだけ視界が悪いと辟易してしまう。

 

 ここまで来てわかったことは、どうやら森だか林のような場所を歩いていることと、下り坂の道を歩いていることの二つ。

 先刻、ケティが「ふもとの」と言っていたため、神殿は山の上にあるということが予想できたが、霧に阻まれた視界からはそれぐらいしかわからなかった。

 

「ケティ」


 見失わないように気を張りつめていたせいか、知らず知らずのうちにきつく結んでいた手を解きながら気をまぎらわせるためにケティに呼びかけた。


「ここが神殿の総本山なの?」

「そうほんざん? って何ですか?」


 私の方を振り返りつつ、きょとんとした様子でケティは首を傾げた。

 とにかく歩くように促しながら私は彼女に質問を重ねることにした。


「神殿って各地にあるんでしょ? この神殿が本家というか、大元なのかなって」

「いえ、神殿は世界に一つここにしかありませんよ」


 再び歩きだしてケティはそう答える。あれ?


「聖地とやらには神殿がないの?」

「はい、聖地は聖地なだけです。神殿はありません」


 神殿が神社のようなものを想像していたのだが、どうやら違うようだ。

 ま、そりゃそうだよね。日本みたいに神様がたくさんいるわけじゃなさそうだし。


「神殿というには、やっぱり神様を奉っているんでしょ?」

「はい」


 当たり前すぎる質問だったか。


「神様と、そして救世主様を奉っているんです」

「……救世主様、ねぇ」


 その救世主様っていうのは、私を意味するのだろうが、やはりしっくりこない。


「救世主様は異世界の勇者様だと伝承は伝えています。そして、その異世界とこの世界を繋ぐ門はこの山の上にしか開くことができません。そのため神殿はこの山の上にあるんです」

「へー」


 つまりは私の世界に戻るにはまたこの山に帰ってこなくちゃいけないってことになるのだろうか。


「じゃあ、神様っていうのは何? ひょっとして形がある、とか?」


 昨日は説明をききながらも初詣を想像していたのだが、はっきりさせておいた方がよさそうだ。ケティに聞くと、彼女は再び私の方へと振り返った。

 先ほどと同様きょとんとした顔をしている。


「ええと、形と言いますと?」

「いや、心の中に神様が存在しているとか精神論じゃなくて?」

「精神論?」


 また足を止めてしまうケティの背中をつついて早く山を降りようと伝える、が、ケティは足を止めたままでうーと小さく呻いた。考えてこんでいるようだ。

 変なことを言ってしまったかもしれない。


「私のいた世界だと神様っていうのはつまりはいないものなんだけど」

「神様がいないんですか!?」


 いない、というのは語弊があるような気がするけれど、八百万の神っていうほど大勢いるんだけどね、なあんて言うと余計混乱を招きそうだったので言わないでおく。


「いないというか、見えないというか」


 うまく説明がつかない。

 神頼みの時ぐらいしか神様の存在を忘れがちな私には説明するのは難しすぎる。

 しかも存在しないのに、像やら絵はあって、偶像崇拝がありだったりなしだったり。

 複雑すぎる、神様……。


「それじゃあどうやって世界が成り立っているんですか?」

「えー」


 逆に問われて言葉に詰まる。

 どうやって成り立っているか、なんてわかるはずがない。


 偉い人が色々決めて、その偉い人を選ぶのが選挙で、って、ケティの質問はそういう意味じゃなくてもっと根本的なことのように思える。


 地球の成り立ち? 宇宙の成り立ち? それこそ何となくわかった気になっているだけでうまく説明できそうにない。


「ごめん、私にはわかんないや」

「難しいんですね」


 やや同情的に言ってようやくケティは歩きはじめる。


「この世界は神様が作られた世界です。神様が世界を作り、人間を含む動物を作り、秩序を作っています」


 どっかの宗教にそんな教えがあったような気がするが、この世界ではそれを形のある神様が行っているということか。

 わかりやすくシンプルな構図。


「ですから、その神様の力が衰えている今、救世主様の存在が必要なのです」

「私にそんな大それたことできるとは全然思えないんだけど」


 不安じゃなくて、これは不満だ。

 寄せられた期待が大きすぎるのは苦手でしかない。


「救世主様にしか神様にささげる供物を手にすることができません。供物を捧げれば神様のお力は回復されるそうです」

「それも伝承?」

「はい」


 6つの聖地を巡って供物を集める、それでその供物を神様に捧げれば世界を救える。

 やはり単純でわかりやすくて、それでもって簡単。

簡単すぎてどこかに落とし穴がありそうな気がしてたまらない。

 不満とこの漠然とした不安、躊躇いを覚えるのに十分な理由だと思う。


「ま、やるしかないか」

「その意気です!」


 ケティの元気な声が後押ししてくれる。

 なんか、後に引けないような気がしてちょっと怖い。

 やってやる、と昨晩決めたので頑張るという選択肢しか選べないんだけど。


「ふもとの村も一つの聖地です。行きましょう」


 世間話を絡めたあまり実に成らないような情報収集をしながらも、私とケティは山を下っていった。




 幻想的な風景だ。


 村の入り口だろう。

 なぜか横断幕がめぐらされたポールが左右に立てられて、光の球がふわふわとアーチのように浮いて道の形を描いている。


 見慣れぬ建物、なぜか浮遊する光球、突然異世界感が増した光景に、遠くへ来てしまったんだなとようやく実感することができた。

 ほんの少しだけ寂しいような小さな胸の痛みを覚えた。

 これが旅愁というものなのかもしれない。

 

 横断幕には記号のようなものがカラフルに記入されていた。

 文字なのかも。

 読めないけど。


「何て書いてあるの?」


尋ねると、


「え?」


 ケティが何度目かわからないきょとんとした顔つきになる。


「あれ、文字かなぁって思ったんだけど」

「ええ、あ! そういうことですね!」


 ようやく私が言いたいことに気づいたのかケティは手を打って横断幕を指差して言った。


「『救世主様ようこそお越しくださいました』」


 げ。


 思わず頬が引きつる。


「……ヤな予感がする」

「こんな仰々しいことしなくても、とは思いますけど」


 ケティも困ったように眉をひそめている。

 しかし、いつまでも村の入り口で突っ立っていても何もはじまらないし、とりあえず行こうかとケティに呼びかける。

 ケティは緊張した面持ちで頷いた。

 

 早朝の村はまだ目覚めていない――って状況だったらよかったのに。


「おおっ! 神官様といらっしゃるということは救世主様でいらっしゃますか!」


 村に一歩踏み入れた途端に一人の年配の男性が駆け寄ってきた。

 見た目は六十台ぐらいのおじいさんだ。

 まるで図っていたかのようなタイミングは見事としかいいようがない。


「………違います」


 咄嗟に口から出たのは否定の言葉で、ぎょっとした様子を見せるケティを見て、私自身もぎょっとしてしまった。


「ああ! 救世主様でいらっしゃるのですね!」


 私は違うと言っているのに、人の話を聞く気はないのかこのじーさんは。

 まあ、このおじいちゃんの方が正しいのだけれども。


 僅かに甘ったるいような匂いに、お酒の匂いだと思い当たった。

 酔いどれなのか。虚脱感に襲われる。

 酔っ払いに何を言っても無駄というのは酔っ払った父の姿から嫌というほど思い知らされていた。

 ニコニコしながら学校はどうだ、友だちはどうだ、彼氏はできたのか、と何度も同じ質問を繰り返す。しまいには優絵は絶対に嫁になんかやらんぞー! などと叫んで寝る。

 迷惑この上ない。それが酔っ払いである。


「おお、救世主様だー!」

「救世主様!」

「おお!」

「よくぞこんな村へきてくださった」

「ありがたいありがたい」


 台風が通り過ぎるのを待つかのような心地でおじいさんを眺めていると、どこからか村人のみなさんがわらわらと湧いてきて、気づけば人だかりにたかられていた。


「あれ……?」

「あわわ……」


ケティが人だかりに挟まれもみくちゃになっているのを手を引っ張って助け、退路を探す。

が四方を囲まれていて見つからない。


「ケティ、どうしよう?」

「ユエぇ、痛いです……」


 涙を目にためて訴えてくるケティにそれ以上かける言葉もなく、住人の皆さんに誘われるがまま祭りの中心地へと移動することになってしまった。


 酔っ払い、ヤバイ。

 


「ささ、救世主様、どうぞぐいっと」

「ちょっと待てい!」


 差し出された両手で抱えないといけないほどの大きな杯に慌ててストップをかける。


 村の中心地らしい広場のようなところに連れられてくれば、まるで花見の宴会場みたいなところだった。

 折りたたみの椅子に座らされていきなりこれである。ケティは私の横に敷物の上に腰を下ろしている。


「私、未成年なんだけど」

「おお! 見た目どおりそんなに若くいらっしゃるとは、さあさあ、どうぞ」


 酔っ払いめ、勘弁してよ、もう。


「あの、救世主様にお酒はちょっと」


 ケティが申し訳なさそうに住民に告げるとどよめきが起こる。なぜ、どよめく?


「それではどうぞ食べ物でも召し上がってください」


 どうぞと色々と盛られた皿を渡されて、それは素直に受け取る。


「飲むものがないと食べにくいでしょう、何を飲まれます?」

「お酒以外ならなんでも」

「果実酒ですね!」


 酒ってついてるじゃん。


「お茶ください」


 言ってからこの世界にもお茶ってあるのかな、と不安になるが、先ほどからずっと付いて回っているおじいちゃんは満面の笑顔になる。


「お茶割りとは、渋いですね、救世主様」

「……」


 ケティにちらりと視線をやると、彼女もどうしたらいいのかわからないのか涙目だ。


「おじいちゃん、救世主様がお困りでしょう。ほら、あっちで飲んでなさいよ」


 と、困り果てていると、おじいちゃんを後方へ押しやってくれるおばちゃんが現れた。

 この人こそ救世主だよ。

 間違いない。


「はい、救世主様、どうぞお茶です」


 コップを受け取って中を覗きこみ、匂いを確かめる。

 お酒だったら匂いでわかるし。

薄い茶色の液体は何だか嗅いだことのない良い匂いがした。

 アルコールではなさそうだと判断し、一口飲んでみる。

 うん、鼻に抜ける良い香りがが香ばしくて好き。味はお茶。


「ありがとうございます」

「ケッティル様もどうぞ」

「す、すみません」


 ケティは恐縮してそれを受け取り一口飲む。


「救世主様がこんなに若くて可愛らしい女性だとは思いもしませんでしたー」


 女の人を押しのけるようにまた別の酔っ払いが現れた。

 押しのけられた女の人は「もう」と酔っ払いを睨み付けてすぐに別の集団へと混ざって行ってしまった。

 ああっ救世主様が! もう目の前には酔っ払しかいない。 

 ちょっとした地獄だ。


「屈強の戦士とか筋肉ダルマよりよっぽどいいに違いねえ!」


 誰かがそういって、どっと笑いが起こる。

 もう、何なの、この集団は。


 大人のというか、やはりおじさんと呼べるぐらいの男性ばかりかと思ったが女性もいるようだった。

 やはりそこそこ人生経験豊富そうな、まあひらたくいうとおばちゃん年齢というのか。


 30人ぐらいのおじちゃんおばちゃんの中に3人ほど若い男の人もいるが、その影は薄い。

 同年代ぐらいの人の姿はない。すぐにそりゃそうか、と思いなおす。

 宴会の場に子どもがいる方がおかしい。

 私やケティの方が異質な存在だともいえる。


 そしてこの早朝からの酔いっぷり。

 夜通し飲んでいたとしか考えられない。

 口ぶりから救世主を待っていたようだ。


 昨日シェリーさんは『各地には伝令をだしておく』みたいなことを言っていたからここにも伝わって、それなら歓迎してやろうってことになったんだろうな。


「ケティ」

「はい?」

「供物ってのはどこ?」


 早く目的のものを手にしてこの場を去りたかった。

 恐縮してしまうほどの歓迎ぶりに申し訳ない気分になったせいもあるが、「酔っぱらいメンドイ」が8割方の本音だ。


「……」


 ケティは少し躊躇い辺りを見回して、


「多分、ですけど」


 私の後方を指し示す。

 振り返ると小学校にある、温度とか湿度を測るために設置されている箱、百葉箱にそっくりなものがあるのが目に入った。

 百葉箱は白いものだけれどこれはこげ茶色をしている。


「は?」


 あまりにも無造作に置かれすぎていて言葉も出てこなかった。

 え、あれがそれな訳?

 ちょっとぞんざいな扱いすぎませんかね?

 っていうか聖地??


 言葉から浮かんだイメージとかけ離れすぎていて、もう何とコメントすればいいの、これ。


「ああ、そういえば救世主様は神様に捧げるあれを受け取りにきたんでしたっけね」

「あ、はあ…」


 駄目だ。

 脱力感が拭えない。

 もうどうでもよくなって適当に返答してしまうと、質問したのとは別の酔っ払いが沸いてきて、


「そんなのどーでもいいから飲みましょうや! 救世主様っ」


 また酒瓶ごと押し付けてこようとする。

 それをやんわりと押し返しながらも、私は何となく納得していた。



 この人たちは、救世主様にかこつけて、ただ飲みたいだけなんだな。


 朝から酒に飲まれている姿にうっすら感付いてはいたけれど。

なんだかなー。

 心から脱力した。



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