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ヤクいサイバーパンクと世界に一人だけの少女  作者: よねり
はじまりの街

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「てめえ、なんで来たんだよ。そいつらは誰だ」


 入店早々怒号が聞こえてきた。スラム食料品店兄弟の兄だ。見た目はなんてことない青年だが、裏で密売や横流しをするのが本業である。それでもスラムの中では真っ当な商売だ。


「隠れ家にちょうど良いところを知っているんだ」


 そう言って案内したのがここだ。我々はお尋ね者となっていることだろう。しかしここはスラムだ。彼らはまだ私がお尋ね者になったことを知らないだろう。 マフィアタワーが爆発したというセンセーショナルなニュースで街は色めき立っている。


「厄介ごとを持ち込むな。出ていけ」


 お尋ね者になっていることなんて知らなくても、誰もが我々の風体を見たら関わりたくないと思うだろう。


「他に行く当てがないんだ」


「ここを当てにすんじゃねえ」


 兄が私に向かって本を投げつけた。


「あーあ勿体ない。紙の本なんて貴重だろう」


 地面に落ちた本を見て、ルーカスが溜息を零した。彼は器用にショットガンの銃身の先を本に引っ掛けると、上に放り投げてキャッチした。人間時代の本のコピーだ。コピーをコピーするものだから、文章は傾き掠れ、スキャニングするのも一苦労だ。しかし、人間かぶれのアンドロイドたちにとってはその苦労による感動は一入ひとしおらしい。重要なのは、デジタルデータを印刷したものではだめということだ。オリジナルの本はもうとっくに劣化して砂になっていることだろう。その空気感を感じるために、わざわざ質の悪いコピーを利用しているのだ。


「触るんじゃねえ」


 兄が足音を立てて近寄ってきて、奪うように取り上げた。


「出ていけ」


 凄んでみせるが、今日一日で受けたプレッシャーに比べたら猫の鳴き声のように聞こえる。


 私は兄の言うことを無視して地下への扉の前に立った。


「早く開けてくれ。いつまでも背負っているのは疲れるんだ」


「開けるか馬鹿野郎。ふざけんな」


「悪かったわね、重くて」


 兄の怒りを無視して、ミシェルが噛みつく。私も兄を無視して彼を見つめ続けた。彼は観念して扉を開けた。このメンバーに睨まれたら、いくらスラムの住人であっても言うことを聞かざるを得ないだろう。


 階下に降りると、弟はいつも通りビニールのエプロン姿だ。私の姿を認めると、飼いならされた犬のようにすり寄ってきた。


「エヴァンさんだ。今日はお友達も一緒なの?」


 最初に出会ったときとは別人のようだ。見た目はいかついのに、私や兄と話すときだけ子供のようになる。もちろん、それは私が仕込んだプログラムのせいだ。


 私はルーカスをストレッチャーに乗せた。オーナーも空いているストレッチャーにルートヴィヒを乗せる。ミシェルは手術台の上だ。


「彼らの欠損部位を補完してくれ」


「はーい」


 弟は隣の部屋に部品を取りに行った。


「おいおい、大丈夫かよ」


 ルートヴィヒが胡散臭そうに部屋を見回す。


「最新の設備が揃ったセレブリティ御用達の場所じゃないのは見てわかるだろう。手足がくっつくだけで感謝しろ」


 ルートヴィヒは不満そうに下唇を突き出すと、再びストレッチャーに寝転んだ。


「あたしの素体は高級品なのよ。それに見合うパーツにしてほしいわ」


 ミシェルが露出している肌を撫でながら言う。


「女の方は売春婦の下半身もあるけど」


 隣の部屋から顔を出した弟に、ミシェルは「普通のにして」と叫んだ。





「そういえば」


 一足先に修理が終わったミシェルが深刻な顔で私を見る。彼女の体は、心配していたよりもずっと綺麗にできていた。それでも素体そのものが盗品だと告げられてから、ミシェルは念入りにセキュリティチェックをしていた。「性病と同じなのよ!」と声を荒らげていた。


「どうして、さっきあんたは人間のクローンのボスを殺せたの? 三原則があるはずなのに」


 すっかり忘れていた。アンドロイドが人間の子供を攻撃できないのなら、私だってボスを攻撃できなかったはずだ。それなのにどうして。あのとき、体が乗っ取られたような感覚があった。それが原因だろうか。


 あれは一体何なのだろう。本当にただのアンドロイドの自死プログラムなのだろうか。


「完全な人間ではなかったからじゃないかな」


「ふうん」


 ミシェルは納得していないような返事をした。


 話題を変えたくて、私はオーナーに向き直った。


「レオナは?」


 いつの間にかレオナはいなくなっていた。タクシーから降りたときはいたように思うが、店に入ってからは見ていない。


「あいつは気まぐれだからな」


 オーナーがタバコをふかす。


 部屋のあちこちから、断続的に悲鳴や怒号が聞こえてきた。その悲鳴を聞きながら、ミシェルはニヤニヤ笑っていた。


「レオナとはどういう関係なんですか」


 質問が聞こえなかったのかと思うほど、たっぷり時間をかけてオーナーはタバコの煙を吸い込んだ。それをまたゆっくり時間をかけて吐き出すと、オーナーは私に向き直り、目の奥を覗き込むように凝視した。オーナーが真剣な表情を見るのは珍しい。いつもより、彼の顔がよく見えた。悪質なタバコ型ドラッグのせいで皮膚のシリコンが劣化しているのがわかる。シリコンオイルが滲み出てきているのか、テカテカしていた。先程床下の狭い通路を這い進んだせいで、ところどころ汚れがついている。きっと、オーナーから見た私も汚れていることだろう。


「俺は別のファクトリーから来たんだ」


 落ち着いた声だった。いつものように冗談を言っているようには聞こえない。


「ボスが言っていた?」


 オーナーは頷いた。なるほど、今までのオーナーの様子が腑に落ちた。彼は滅法強い人間信者だ。ファクトリーに近しいということは、人間の命令を遂行する上級アンドロイドに違いない。だから、彼は人間のマネをし、人間のように振る舞うことで敬意を示しているのだ。


「じゃあ、レオナも」


 オーナーは再びうなずく。


「そうだ。我々は牽制しあっている。どこかのファクトリーが別のファクトリーを出し抜かないように」


「だから、レオナはファクトリーの味方であって、我々の味方ではないということですね」


「そうだ。許してやって欲しい。あいつに悪気はないんだ」


「そうでしょうね」


 子供を見下ろす。レオナが子供を連れて行かないでくれてよかった。繋いだ手に、確かなぬくもりを感じた。この世の中に信じられるものなんてないと思っていた。しかし、この温もりだけは嘘じゃないと確信できた。


 この子供は、多くいるクローンの一人かもしれないけれど、私にとっては世界に一人だけの少女だ。見上げる彼女の笑顔が、自分は間違っていないと思わせてくれた。

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