32
光が収まると、鳥に下半身を食われたカブトムシみたいになった武蔵が地面に伏していた。武蔵の背後の荷電粒子砲が通った経路は穴になって、どこまでも続いていた。
「やった……のか?」
武蔵の体は元々下半身などなかったみたいに、綺麗サッパリ消えていた。傷口も熱で癒着している。
「ああ、ああ」
甲冑の中から反響したような声が聞こえた。
「まだ生きてるぞ」
驚いたことに、武蔵はミシェルのように上半身だけの状態で、腕だけを器用に使って起き上がった。ミシェルと違うのは、熱で焼かれて、皮膚もバイオフィルムもとけてしまっていることだ。その状態でも、彼は恐るべき生命力で刀を握り、ルーカスたちの方へ這って行った。
武蔵が力なく刀を振るうと、刀はその場に落ちた。
「ありがとう。やっと死ねる」
そういうと、武蔵が伸ばした手から力が抜けた。その様子を、ルーカスが悲しそうな目で眺めた。
「こいつも、何もここまでしなくても良かったんだ。別に逃げたって……」
「ここで戦うことがこいつのアイデンティティだったのでしょ。僕たち四天王は同じようなものだと思うな。まあでも、見世物から開放されてよかったんじゃない。武蔵もうんざりしてたろうね、ここで毎日毎日罪もないアンドロイドと戦わされるのは」
ルートヴィヒが武蔵を見下ろして言った。
「最後に君と戦えてよかったんじゃない?」
ルーカスは答えなかった。
「武蔵め、使えないやつ」
唐突に出入り扉が開いた。入ってきたのはボスとその後ろにいる無数のマフィアたち。もちろんボスは裸だ。
「鬼ごっこは終いだ」
ボスは武蔵に一瞥さえせず、彼の手を踏みつけた。
「おい、やめろ」
ルーカスが銃を構える。
「あ〜ん? 誰に向かって言ってるんだ」
ルーカスの手を薙ぎ払うように、ボスが蹴り飛ばす。
「お前たち、全員死刑!」
ボスが指を鳴らすとマフィアたちが銃を構えた。
「約束が違うぞ」
私は重い体を引きずって観覧部屋から出た。
「約束だって?」
ボスが振り返って耳に手を当てる。
「そうだ。我々が逃げ切ったら……」
「逃げきれてないじゃーん」
ボスが私を指差す。
「いや、今、武蔵を倒したところだから……」
「だから何? 待ってくれって? チッチッチ、甘いだろぉ〜それは甘いだろぉ〜」
ボスは歌うように言うと、マフィアの一人に「おい」と合図をした。マフィアがボスに銃を渡す。そのまま、間髪を入れずにルートヴィヒの左手を撃ち抜いた。
ルートヴィヒがうめき声を上げる。
「お前たちさあ、なんで俺のことを裏切るの? 四天王なんて大層な肩書をくれてやってさあ、かっこいい体に改造してやってさあ、何が不満なんだよ」
さらに左足も撃ち抜く。
「お前もだよルーカス」
ボスがルーカスの右腕を撃った。ルーカスはエネルギーが足りなくて、思うように動けていない。この場で戦えるのはもう誰も残っていない。つまり、ピンチってやつだ。
「まったくよお、この間からついてないな。人間は逃がすし、四天王は壊滅するし、侵入者は生意気だしさあ」
ボスが私を蹴り飛ばした。
「なんでこんなにこの街のために尽くしてる俺が、この俺が、こんな目に遭わなくちゃあいけないんだよお」
手に持った銃を乱射した。何発かは部下のマフィアに当たった。やがて、玉がなくなって銃はカチカチと音を鳴らすだけの鉄の塊になった。ボスはそれを投げ捨てた。
ボスは覚めた目で我々を一瞥すると「やれ」とマフィアに命令した。
マフィアたちが全員銃を構える。
もうだめだーー私はギュッと目をつぶった。
「させないわ」
ミシェルの声が聞こえたと思ったら、マフィアたちは銃口を味方同士に向けて撃ち合った。
「何事?」
部下たちが相打ちをしている様を眺め、ボスは狼狽えた。
「あたしにも活躍させてよ」
ミシェルが観覧部屋から這い出してきた。見た目はホラーだが、なんと心強い。
「再起動できたんだ」
「あたりまえよ。あたしを誰だと思ってるの」
最後のマフィアが自身の頭に銃を突きつけて引き金を引く。
「これで、あんたのお仲間はみんな死んだわよ、この変態野郎」
ミシェルがボスに向かって中指を突き立てる。やっと仕返しができたと喜んでいるのだ。
突然、ボスは笑い始めた。
「何がおかしい」
「いや、だってさあ。あんな十把一絡げのゴミどもがいなくなったくらいで、何を喜んでるのかなと思って」
「負け惜しみね」
ボスはまだ笑っている。
「まさか、この俺が改造していないとでも?」
先程死んだボスのクローンを思い出す。いとも簡単に死んでしまったが、目の前のボスは違うということか。
「ハッタリだね。さあ、お前たちやっちまいな」
ミシェルが叫ぶ。その声に呼応するように、ルートヴィヒが手のひらから炎を放出した。
炎がボスを包む。片腕しかないからか、腕を撃たれているからか、辺り一面を火の海にするほどの火力はなかった。しかし、もしボスが一般アンドロイドだとしたら、これで充分致命傷になる。
「こんなもの」
突然、突風が吹いた。その中心はボスだった。炎は消え、無傷のボスが現れた。
「吐息で消えるなんて、焚き火にもならんね」
ボスがニカッと笑う。金色の歯が並んでいる。
確信した。このボスは戦闘用に改造されている。あの炎を受けて、ほんの少しも皮膚にダメージを受けていない。
「お返しだ」
ボスがルートヴィヒに手をかざすと、手のひらからルートヴィヒのものよりも強い炎が吹き出した。
ルートヴィヒは炎に包まれ絶叫した。床を転げ回るが火が消える様子はない。ルートヴィヒはマフィアたちの死体に飛び込んだ。ようやく火が消えたとき、ルートヴィヒの皮膚は表面がどろどろに溶けていた。その姿を見て、ボスは大笑いした。
「炎はお前だけのものじゃあないんだよ」
満足気に吐き捨てるボスの後ろで銃声がした。ルーカスだ。ボスに向かってショットガンを打ち込んだ。
しかし、ボスの皮膚に傷ひとつつけられない。
「おいおいルーカスぅ。随分な挨拶だなあ」
ボスはルーカスに向かって拳を振り下ろす。すんでのところで躱したが、ほんの一瞬前までルーカスがいた床に大穴が空いた。
「まさか」
思わず声が出てしまった。
まさか、ボスはーー。
「気付いたか?」
振り返ると、ボスの体から禍々しい殺気が放たれる。
躱せないーー。
本能が白旗を上げた。私は死を覚悟し、その場に座り込んだ。
「おいおい、情けないな」
急速に殺気がしぼむ。
「俺が今、刀を持っていなくてよかったな」
ボスがゆっくり歩いてきて、私の肩を叩く。肩が砕けるかと思った。
間違いない。ボスはーー。
「俺は四天王全員の技を使えるんだ。いや、違うな。俺が使える技を、あいつらに一つずつ分け与えてやったんだ。これは別だけどね」
ボスがルートヴィヒ、武蔵を順番に指差す。そして、最後にルーカス。
ボスは指さしたまま、その腕を外す。そこには、ルーカスと同じ銃身がついていた。
「この荷電粒子砲は面白そうだからルーカスのマネをしてつけたんだ」
「まさか……」
「なんだ、お前たち知らなかったのか。ルーカスも四天王の一人だ」
私とミシェルは驚いてルーカスを見た。ルーカスは視線を逸したまま、肯定も否定もしなかった。
たしかに、能面アンドロイドもルートヴィヒもボスも、ルーカスのことを裏切り者と呼んでいた。
あんなに強いルーカスが、タダの用心棒なはずがないのだ。考えればわかったことだ。
「もしかして、最初から私と彼女のこと、わかっていたのか?」
私の問いに、ルーカスは答えなかった。
「なら、どうして……」
「感傷ごっこはそこまでだ」
ボスの腕が光る。このプレッシャーは荷電粒子砲だ。
こんなところで終わるのか。
私は死んでも良い。だが、子供だけは助けなければ。
「ルーカス。聞こえてるか」
私の声に、ルーカスが気まずそうに顔を上げた。
「私のエネルギーをすべて使って良い。私は死んでもいい。だから、もう一度だけ荷電粒子砲を撃てないか」
「お前……」
ルーカスの視線がボスへ、私へ、そして自分の腕へ移った。
「正直全然足りないけど、やってみる」
「あたしのエネルギーも使って」
ミシェルがこちらへ這ってくる。
「ライラちゃん……」
「ミシェルでいいわ。知ってたんでしょ?」
ミシェルが言うと、ルーカスは気まずそうに頭をかいた。
「おい、僕のもだ……僕のも使え」
ルートヴィヒが這ってくる。それを見て、ボスは「まだ生きていたのか」と吐き捨てる。
「俺たち全員のエネルギーを合わせたって敵わないだろうけど、やらないよりはマシか」
私達は全員のエネルギーをルーカスへつなぐ。
ルーカスの腕も光り始めた。
「これが最後……」
ボスが荷電粒子砲を発射した。同時にルーカスの腕からも光が飛び出した。




