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ヤクいサイバーパンクと世界に一人だけの少女  作者: よねり
はじまりの街

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 夏の暑い日のことを考える。


 急な雨に降られて、カフェで過ごす時間が好きだった。


 日中は暑いのに、雨が降って夜になるとグッと寒くなる。そうすると皮膚のシリコンゴムが少し縮むのを感じる。


 赤道の近くの国や東アジアの国は、40度近くなると聞くが、どうやって生活しているのだろうか。ドイツの夏は30度を超えることすらない。アジアに行ったら皮膚が溶けてしまうのではないかと思う。


 逃げながら、そんなどうでも良いことを考えて現実逃避した。背後からはマフィアやらルートヴィヒが追いかけてきている。ここまでやってくるのも骨が折れたが、敵から逃げながら地上を目指すのは難しそうだ。


「戦闘アンドロイドってのは、みんな君たちみたいに戦いが好きなのか?」


 今の状況を、まるでルーカスのせいみたいに文句を言ってしまった。ルーカスは全く気にせずに答える。


「俺たち傭兵はみんな違う道を生きている。これからもそうだ。互いに相容れないのさ」


「さっきの彼も?」


 ルートヴィヒのことだ。彼は見た目は子供のように見えるが、アンドロイドの見た目と年齢が一致しないことなどわかっている。それでも、子供型アンドロイドがあんなふうに戦闘用に改造されているのを見ると憐れまずにいられない。


「あいつは殺しの技術にかけては一級品だ。だが、戦場ではみんな死んじまう。あいつはまだ死んじゃいないってだけさ。10秒後に死ぬかもしれないし、100年経っても生きているかもしれない。俺だって……」


 言いかけてやめたルーカスの、サングラス越しの寂しげな眼差しが印象的だった。あまりにも戦いが苛烈なので、彼に八つ当たりをしてしまった。申し訳ない気持ちになった。


「でも、傭兵がいてくれるから私達は安全に暮らせるんだ。ありがとう」


 ルーカスは驚いたような顔をした。


「欲しいのは金だけだ。感謝はいらない」


「それは同意見」


 ミシェルが笑った。





「こいつらも侵入者か? 大将、どうする?」


 ルーカスが弾を込め直す合間に私に尋ねた。大将というのは私のことらしい。先程まで付き人扱いしていたくせに。


「どうやって地上へ向かうのが良いだろう」


 ミシェルに尋ねる。彼女は情報を集めて地下のマップを作っていた。もちろん完全ではないが、彼女が最も効率的なルートを計算している。


「どこもだめね」


 背中にしがみついている彼女が諦めたように言った。


「そんな」


 背中にはミシェル、腕には子供を抱えて走っていた。私の肉体は強靭ではない。関節のアクチュエータが壊れないと良いが。


 敵の攻撃を避けるだけで精一杯だった。


「この施設ごと壊して良いならなあ」


 ルーカスがぼやく。


「ここは地下よ。生き埋めになりたいの?」


 ミシェルがイライラした様子で言った。





 私達はマフィアの銃撃から逃れるように大きな部屋に入った。


「おおっと」


 私達とルートヴィヒが部屋に入ると、扉が閉まる。どうも誘い込まれたようだった。


 部屋の中央にはアンドロイドが立っていた。


「強敵出現ってとこか」


 ルーカスが口笛を吹く。


 アンドロイドはアジアの武将が着ていたような赤い甲冑を着て、腰に二振りの刀を差していた。この手のマニアは何人も見てきたが、彼はタダのマニアではなさそうだった。甲冑の汚れは、多くのアンドロイドを切ってきたのか汚れていた。


「げえ、武蔵むさし……」


 ルートヴィヒが舌を出した。どうやら、甲冑アンドロイドの名前のようだ。


 ルートヴィヒは急に覚めたような顔をして、私達から距離を取った。


「あんたら、終わったな。そいつの名前は武蔵ってんだ。四天王のリーダーだよ」


 先程まで我を忘れて血眼になっていたはずの彼が冷静になるとは、武蔵はよほど畏怖される存在なのだろう。


 当の武蔵はといえば、部屋の中央で腕を組みピクリとも動かない。


「寝てんのか?」


 ルーカスが武蔵に向かって発砲した。その瞬間、武蔵は目で追いきれないほどの速さで刀を抜いた。


「今、何をした?」


「刀で銃弾を切ったんだよ」


 馬鹿げている。あの速度で飛んでくる小さい弾丸を、刀なんかで切れるものか。


「そんなこと可能なのか?」


「そう言ったって、実際に見たろ? 可能なんだろうぜ」


 ルーカスの顔から笑みが消えた。


 今度は武蔵が刀を振った。そう思った瞬間、ルーカスが私を蹴り飛ばしていた。私はミシェルと子供ごと地面を転がった。ミシェルよりも子供を守らなくては、と思った結果、ミシェルが転がって行ってしまった。ミシェルに睨まれることになったが、子供は傷ひとつなくてよかった。


「なにするんだ」


 立ち上がろうとして、今の今までいた場所を見ると、地面がえぐれていた。


「衝撃波だ」


 こちらを見ずにルーカスが言う。刀を振っただけでこんなことになるのか。


「おい、武蔵。人間は殺すなってボスに言われてるだろ」


 ルートヴィヒが叫ぶ。先程、人間ごと焼き殺そうとしてやつの言葉とは思えない。


 武蔵がこちらを睨みつける。私はギュッと子供を抱いて彼の視線から隠した。


「僕とルーカス以外は雑魚なんだ。こいつらが人間を守るだろうなんて期待はするなよ」


 言いたい放題言ってくれる。しかし本当のことなのだから仕方がない。


 武蔵がルートヴィヒに向かって顎をしゃくる。それに応じるように、ルートヴィヒがこちらにやってきた。彼が近づくだけで熱気が顔を焼くようだ。


「おい、雑魚ども。安全なところへ連れて行ってやる。僕についてこい」


 ルートヴィヒが私の尻を蹴り上げた。


「もっと丁寧に扱ってくれると助かる」


 私の抗議は無視された。


 ルートヴィヒが近くの壁を触ると、隠し扉が開いた。中はちょっとしたスペースになっている。さらに壁に向かってなにか操作すると、壁は透明になった。さながらガラス張りの競技場観覧席だ。


「この部屋はVIP向けの観覧席だ。本来はお前らみたいな雑魚が入れる場所じゃないんだぞ。ありがたく思え」


 ルートヴィヒが私達を威圧するように睨みつける。


「でも万一、人間を殺しちゃったらボスにどやされるからね。ルーカスがやられるまでここで大人しくしてろよ」


 ルートヴィヒがガラスに一番近い席に、立て膝をついて座った。そうしていると本当に子供のようだ。


 私が抱いていたルートヴィヒの印象は、少し変わった。もっと、戦闘狂のようなやつだと思っていた。今、こうして二人の決闘のようなものを見守っている彼は、もう少し理性的な存在に思えた。戦闘アンドロイド同士にしかわからないような、そんな世界観のコミュニティなのだろうか。そんな仲間がいるのだとしたら羨ましい。


 ルーカスと武蔵は互いに向かい合っている。ルーカスが少しずつ武蔵の横に回り込もうと動いている。対して、武蔵は微動だにしない。


「あの武蔵とかいうやつはどういうやつなんだ」


 ルートヴィヒに尋ねた。


「武蔵は……僕もよく知らない。ただ、めちゃくちゃ強いってことだけはわかる。武蔵と戦って生きていたやつは一人もいないんだ。四天王って名乗ってるけど、実際は武蔵とその他って感じ。悔しいけどね。いくらルーカスが表で最強って呼ばれてたって、裏の世界最強の武蔵には敵わないよ。戦うだけバカさ」


 ルートヴィヒが不満そうに答えてくれる。戦うだけバカ、と言う割には彼から殺気のような熱を感じる。きっと戦ってみたいのだろう。


「それより、水持ってない? 喉が渇いてるんだ」


「いや、持ってない。私もほしいくらいだよ」


 ルートヴィヒはうんざりしたような顔をして、部屋を出ていった。


「あの子、かわいいわね」


 ミシェルが言う。


「どこが」


 自分でもわかるほど不機嫌な声を出してしまった。私の様子を見てミシェルが笑った。


「あら、妬いてるの? 安心して。あんな子供、あたしの趣味じゃないわよ」


「どうだか」


 彼女がいろんな男性型アンドロイドと遊んでいることを私は知っている。彼女の好みはその時々によって全然違った。随分年寄りと付き合っていたこともあるし、ルートヴィヒよりもずっと小さい子供と一緒だったこともあることを私は知っている。


 こんな緊張した場面なのに、ふかふかな座り心地の椅子に違和感があった。私達ばかりが安全な場所にいて、なんだかルーカスに申し訳ない。


「やっぱり、戦闘アンドロイドのシステムに侵入するのは難しそう」


「君にもできないことはあったんだね」


 私の言葉が癪に障ったのか、ミシェルは語気を荒らげて反論する。


「不可能ってわけじゃないのよ。やろうと思えばできるわよ。でもね、たぶん気づかれた瞬間に私達、死んでるわ」


「システムに侵入できれば、君なら無力化するのに一秒だってかからないだろう?」


「普通のアンドロイド相手ならね」


「彼らは違うのかい?」


「違うわね」


 ミシェルの眉間にシワが寄る。


「支援AIを使っても?」


 私の提案に、ミシェルは上目遣いで私を見る。答えに迷っているように見える。


「どうかしら……。一瞬、動きを妨害するくらいはできるかもしれない」


「つまり、その一瞬をいつにするか見極める必要があるってことだね」


 ミシェルがうなずく。柔らかそうな胸が震えた。


「どのタイミングで……」


 言いかけたときにルートヴィヒが戻ってきた。水のボトルにストローを差したものをくわえていた。


 さすがに敵がいるところでこの相談はできない。データのやり取りも、戦闘アンドロイドが盗聴できないとも限らない。この手が使えるのは一度だけだ。慎重にならねば。


「ほらよ」


 私がルートヴィヒを見ていると、物欲しそうに見えたのか、彼が投げてよこしたのは新しい水のボトルだった。


「ありがとう」


 案外、いいやつなのかもしれない。

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