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ヤクいサイバーパンクと世界に一人だけの少女  作者: よねり
はじまりの街

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 わかっていたことだが、私はなすすべなく地面を舐めさせられた。いくら電子ドラッグの力を借りたところで、私のとろくさい動きなんて、改造済みの彼らからしたら止まって見えただろう。一発殴られただけで、私の素体はバラバラになりそうだ。


 彼らの靴音が遠ざかって行く。ビルの爆破音はいつの間にか聞こえなくなっていた。アンドロイドたちもみんな逃げてしまったのか、誰の姿も見えない。


 途方に暮れていると、ミシェルの声が聞こえた。シンとしたロビーにぺたんぺたんという謎の音が響く。


 ついに幻聴でも聞こえ始めたのかと思って顔を上げると、あちこちのアクチュエータがギギギと悲鳴をあげた。


「ミシェル……」


 幻覚かと思った。上半身だけになったミシェルが這ってきたからだ。


「ひどい格好ね」


 ミシェルが笑った。


「よく言えるね」


「あたしにはこの美しい顔と胸があれば十分なのよ」


 いつもの彼女だった。本当は顔も無事ではないのだけれど、彼女のプライドのために言わないでおこう。


「何があった? なんて訊かないでね。野暮は嫌いよ」


 ミシェルは目に人工涙を溜めていた。彼女はアンドロイドの癖に感情が豊かだ。そんなところがチャーミングなのだが。


 私はなんとか起き上がった。身体中をチェックしてみたが、復元不能なレベルの損害はなかった。殴られた時はもう体がバラバラになって吹き飛んだと思ったものだが。


「あんた、頼りないわね。見てたわよ。一発でやられちゃって。情けないったらないわね」


「君だってそんな姿にされてるじゃないか」


「あたしは戦ったわよ。ほら、あんなに奴らに損害を与えてやったじゃないの」


 ミシェルの視線の先を追って見上げてみた。確かに、カーテンウォールは割れているし、この建物を再利用するのは難しいかもしれない。あの爆発は彼女の仕業だったのか。


「なあ、ミシェル」


 問いかけたが、彼女は答えない。眼球が光っているので、何かの処理に手一杯なのだろう。


「どうした?」


 処理が終わったのか、彼女の眼球が光るのをやめた。


「わかったわ」


 ミシェルがニヤリと笑う。


「え、何が?」


「あの子の居場所よ」


 体はこんな風になっても、彼女の頭脳は冴えている。彼女の居場所をサーチしていたのだろう。


「さあ、第二ラウンドといきましょうか」


 ミシェルが言う。こんな体にされているのに、元気なアンドロイドだ。


「これから乗り込むのか?」


 彼女の行動はいつも刹那的だ。これだけやられているのに、敵陣のど真ん中へ乗り込もうというのか。


「何よ。やられっぱなしでいいわけ? 今行かなくていつ行くの?」


「だって、君、体が……」


「あんたが運べばいいでしょう?」


 彼女の気迫に押されて、私はミシェルの体を抱えて立ち上がった。思っていたよりもずっと軽かった。


「さっさと取り返して、あの子に名前をつけてあげなくちゃ」


 ミシェルが私を見上げた。


「ああ、そうだな」


 子供に名前をつけることを、私は恐れていた。愛着が湧いてしまうと別れがつらくなるからだ。だが、今の私はそんなことを恐れてはいない。永遠に会えないことのほうがよほど恐ろしい。





「どこに行けば良い?」


「地下よ」


「地下だって?」


 こんなに大きな建物なのに、さらに地下まで深く掘ってあるのか。


「そう。エレベータで行けるわ」


「でも、エレベータは止まってるんじゃあ……」


「止まってるなら動かせば良いのよ」


 そう言って彼女の視線の先の一基のエレベータの扉が開いた。


「さすが」


 彼女はもうここのネットワークを掌握したのだ。まったく、彼女のポテンシャルはどれだけ底が深いのか知れない。


 私はミシェルの体を抱えて、そのエレベータに乗り込んだ。エレベータは何もしていないのに、扉が閉まって動き出した。


 全く揺れの感じないエレベータだった。本当に動いているのか不安になる。外の景色も見えない地下ならなおさらだ。


「爆破でなんとか逃げたのよ」


 ミシェルが突然言った。訊くなと言っておきながら、自分から話すのは良いのか。


「あのミサイルとかドローンは君のせいか」


「ピンチになったらあたしのいる座標に打ち込むように設定してあるの」


「物騒な設定だな」


「一方的にやられるなんて嫌じゃない。やられるなら差し違えよ」


 私は思わず笑ってしまった。彼女らしい。


 ガラスに写った彼女の顔が唐突に真顔になった。ガラス越しに私を見つめる目が、いつものような強気さを含まなくてなんだか居心地の悪さを覚える。


「ごめんなさい」


「何?」


 小さい声だったが、確かに聞こえた。聴覚センサーがおかしくなったのかと思った。彼女が謝るはずなどない。


「あの子供を盗んだこと。あたしが間違ってたわ」


 私は間抜けにも口をぽかんと開けたまま、彼女の頭頂部を見下ろした。


「でも、君は渡さなかったんだろう?」


 ミシェルが頷く。


「マフィアに渡したら、あの子はきっと不幸になる。でも、渡さなくてもあんたがマフィアにやられちゃうと思ったの。期限は一週間だって言ってたから。だから、一週間だけ家族ごっこみたいなことをしようと思って……。でも……」


 ミシェルは私から視線を外した。


「守らなきゃって思ったの」


 私が感じたことと同じようなことを、彼女も感じたのだ。やはり、アンドロイドには人間に対する至上の命令があるのだろう。


「いいんだよ。裏切られたなんて思っていないさ。いつかはこうなっていた。むしろ、戦うきっかけを与えてくれてありがとう」


 そう言うと、彼女の目からまた人工涙が溢れた。


「あーあ。あのマネーが入ったチップ回収できないかなあ。全部吹き飛ばしちゃった」


 しんみりしたと思ったら、すぐにまた彼女はいつもの様子に戻った。


「君はまだ諦めてなかったのか」


 私はため息をついたが、それでこそ彼女だと安堵した。


「しかし、奴らはなんで彼女を必要としているのだろう」


 そう呟いた瞬間、エレベータは目的地に到着したことを知らせる軽快な音と共に止まった。

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