駐屯地の秘密
壁をすり抜け、天井をすり抜け、色んな部屋を見て回った。駐屯地というのはなかなか面白い。
中にいるのはみんな軍人ばかりなのかと思ったら、掃除や事務をしている人間もいる。
ついでに売店や床屋なんかもあり、昔の小さな村より遥かに充実している。
…しかしまあ、どこに行っても人間は働き者だ。
私とゼインがしばらく足を止めたのは食堂。
大勢の人間が魔力を取り入れる機会があるとすれば、食事にその謎があるのではという見立てだ。もちろんゼインの。
『私はお風呂だと思うんだけど』
『水の汚染の可能性もあるが、それだと〝自ら進んで〟の条件を充たさないだろう。…というか、お前が覗きたいだけだろうが』
……なんかバレてる。
『ほ…ほほほ!筋肉っていいわよねー!魔法使いはヒョロヒョロしてるの多いじゃない?若い頃はさぁ、そりゃもう毎日筋肉祭り状態で……コホン』
ゼインの目が冷たい冷たい。
いやね、私の若い頃は人間は全員スッポンポンでね?わざわざ覗かなくても見放題でね?
……待て、なぜ弟子に言い訳する必要があるんだ。
『…人間が入ってくる。用心しろ』
『はいはい』
ゼインの言葉通り、壁に引っ付いて大人しくしているとわらわらと人間が入って来た。
どうやら軍人の食事時らしい。
入り口に積まれた箱のような物を取って、席へと着いていく。
壁から天井に移動して、彼らが開く箱を覗き込むが、味気ない固形の食糧が数個入っているだけの、何とも言えない料理が目に入る。
…なるほど、お湯とかかけちゃうのね。うわっ、ドロドロ……うぇっ。
とりあえず不味そうである。
「そういや聞いたか?今度はアンドレイが抜けたって」
「ああ聞いた。具合悪そうだったもんな」
「まあな。…コソ……サラスワは本格的にダメそうだな」
「…ヒソヒソ…ガーディアンとやり合うなんて無茶振りもいいとこだよな」
食事をしながらヒソヒソと内緒話をする2人に聞き耳を立てる。
…そう言えばゼインの会社は何をしているんだったか。
厨房で何かを観察している弟子を見る。
もしかしてけっこう大それた事をしているのだろうか。だとしたらこんな所にいて大丈夫なのだろうか。
『ディアナ、ここには何も無さそうだ。次に行こう』
『はいはい』
『食事の線が消えたとなると支給品……まさかクラーレットのような魔女が縫製工場に勤めて……いや、だとすれば影響はもっと広範囲のはずだ』
目論見が外れて動揺しているのか、思念ダダ漏れの弟子の頭を見ながら、やっぱりお風呂なんじゃない?と頭によぎったが、ゼインの冷たい目を思い出して最後までは考えなかった。
建物内を徘徊する私とゼインの動きがピタッと止まったのは、一つの小部屋にたどり着いた時だった。
何かが完全におかしかった。
『…ゼイン、防御魔法』
ゼインが頷く。
おかしい理由なんて、目の前の光景を見れば明らかだ。
「ぐうっ……がぁっっ!!ぐあぁぁぁぁっっっ!!」
雄叫びをあげながら男がベッドの上でのたうち回っている。
手と足を鉄枷で拘束され、それを外そうともがいて暴れ回っている。
「ぐあ────っ!!」
男がひときわ大きな声を上げた時、それは起こった。
パリンッパリンッ!
部屋を照らしていた電灯が一斉に割れたかと思えば、粉々になったガラス片が降り注いで来る。
地響きのように床が振動する。
ゼインと目を合わせる必要すらなかった。
「魔封じ結界!!」「浄化!」
私がベッド目がけて魔封じを発動したと同時に、ゼインが後ろから浄化魔法を唱える。
「さっすが私の弟子!!」
叫びながらベッドへ駆け寄り、寝かされた男を覗き込む。
魔力に侵され血走った目、獣のように剥き出しの歯、そして青紫色に染まった皮膚……。
「ディアナ、何が起こってる!この男は魔法使いなのか!?」
珍しくゼインが声を荒げる。
「あんたも分かってるでしょ!?この子に魔力はほとんど無い!!無いけど……!」
そこまで言いかけた時、部屋の前に複数人の足音が止まった。
『やり過ごすわよ!』
頷くゼインと共に再び壁際で息をひそめる。
ガチャガチャ…キィィ……
無機質な金属の扉が開き、二人の人間が入って来る。
アレクシアのような白衣を纏い、手にはゴチャゴチャと器具の乗ったトレイ。
「…おや?大人しくなっているな」
神経質そうな青白い顔をした男が口を開く。
「ですが部屋は荒れています」
右隣の一つ結びの女が言う。
「…ふむ」
ツカツカとベッドに近寄る二人。
『人間ね。間違いなく人間よ!』
『ああ。だがこの光景に動揺する様子が無い』
確かにそうだ。
ガラス片に驚く事もなく淡々とした振る舞い。
…この二人は全て承知の上だ。
「……駄目だな。実験は失敗だ。目も皮膚も色が消えた」
「ではいつものように?」
「ああ。…ようやく完成させられると踏んだのだが……」
「…戦死通知は三日後発送します」
何を言ってるの?
この二人は…何を言ってるの?
言葉の意味は分からないが、なぜか体中の魔力が揺らぐ。
『ディアナ、落ち着け。大丈夫だ』
大丈夫…?
大丈夫なの?
とても大丈夫だとは思えない状況に、ゼインの横顔をジッと見つめる。
『大丈夫だ』
何の根拠があるのかはさっぱりだった。
だけどこの時振り向いたゼインの金色の瞳は、不思議と私の心を落ち着けた……
『シェラザード全土の軍人よりもお前一人の方が怖い。お前が何を怖がる必要がある』
……と思ったのは気のせいだった。
白衣の二人が部屋を出るのをジリジリしながら待ち、扉から出て行くのを睨み付けるように見届けたあと、私とゼインはベッドまで飛んで行った。
「ディアナ、一度出直そう。彼を連れ出す」
「当然よ!」
「…可能ならば彼が居なくなったことを相手に悟らせたく無い。何か思いつくか?私は幻視や空間遮断ぐらいしか思いつかない。本人を確かめに来られたら露見する」
……なるほど。時間稼ぎというやつか。
居なくなったことを悟らせない……確認されても分からない……
「…私、3000年間で初めてアレクシアに感心したわ……」
「そうか。何となく碌でも無さそうだな」
口端を少しだけ上げて乾いた笑みを浮かべ、指を鳴らす。
取り出したのはかなり見た目の気持ち悪い30センチほどの人形。
「アレクシアの子どもの頃のオリジナル魔法よ。〝身代わりマジカルドール〟っていう…」
「説明は後回しだ。彼は大丈夫なんだな?」
「…あの子、優秀な魔女なのよ。ああ見えて」
虚な表情の男にかけた魔封じを解くと同時に、人形を彼に押し付ける。
「魔力を…吸収してる?」
「……それで済めば本当に優秀な魔女なんだけどね」
どんどんと人型へと変化する人形に枷をはめると、一応魔封じの呪文をかけ、三人で転移した。




