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売り出された家

「情けないのう。いくら若輩者とは言え無様だな。大いに愉快だ」

「……そっすか。楽しんでもらえて光栄っす……」


 俺たち3人は、超絶我儘で人見知りの変人に、強烈な魔女の洗礼を受けた。

 魔女が気まぐれで非常識な事は姉さんで十分理解していたが、このアレクシア・クラーレットはそれに輪をかけてタチが悪い。

 人見知りの癖に、欲望に忠実で貪欲だ。

 


 引き摺られるように連れて来られたシェラザード。事実まさにその通りだ。

 60階のあの部屋で、俺たち3人は魔女に強制的に分身を作られた。

 …正確に言うと、クラーレットが出した気持ち悪い人形に魔力をごっそり奪われたのだ。およそ半分。

 魔力を充填した人形は、薄気味悪いほど俺らそっくりに変化し、そして…黙々と仕事を始めた。


「…ギ、ギリアムさん、気持ち悪いです……。頭の中がグルグルします……」

「あ、ヤバい工場長から報告書来てる。うわ〜…酔う!酔う!」

 ニールさんとショーンが船酔いみたいな声を上げるのも仕方がない。

 頭の中にどんどん情報が流れて来る。人形がやってる仕事内容が。


「あー…二人は休んでてくれていっすよ。俺行って来ますんで」

 頭の中は確かにグチャグチャだが、俺は何故だかすこぶる体が軽かった。

 クラーレットが人形に閉じ込めたのが〝魔力〟ならば、俺に今流れているのは……ほとんどが竜の血って事だ。

 いつも感じていた怠さや、うまく魔力がコントロール出来ないもどかしさが嘘のように、世界がスッキリしているように感じる。


「ギリアム大丈夫なの…?僕ももう少ししたら……」

「大丈夫っすよ。ニールさんの人形の方が仕事量多いすから。俺の方はほぼ終わりかけてますんで」

「……何かあったら呼んで」

 そう言ってベッドに沈み込むニールさん。ショーンはすでに屍状態だ。

 魔女が転移先に選んだのはどこかの宿の一室。

 俺たちを放置して一人シェラザードへ行き、ご丁寧にこの宿の部屋に転移魔法陣を施してから、船酔い状態の俺らを再び迎えに来た。

 何故そこまでして……の疑問はすぐ解ける。

 要は、人間と話せないのだ。特に男。




「さっさとせぬか。何をグズグズしておる。わたくしのドレスが待ちくたびれておるわ」

「まだクラーレット所長のものじゃ無いっすよ」

「戯言を。あの屋敷ごと買うのだ。ほれ、さっさと交渉してくるがよい」

「……うす」


 貪欲な魔女が欲しがったもの。

 それは〝マカール・グラーニンの家〟。

 正式には、彼が売りに出している家、だ。

「あの屋敷にはまだまだ掘出し物が眠っておる。魔女の遺した品は優れた素材になる」

「え、ドレス着たいんじゃないんすか?」

「愚か者。仕立て直してディアナ様に献上するに決まっておろうが。わたくしにドレスが似合うと思うておるのか」

 恐ろしく高飛車な謙虚さ………。けれど声の質からは姉さんに対する崇拝には嘘がない事がわかる。

「…ねえさ……ディアナさんって凄い魔女なんすか?」

「………側に居ながらそれすら分からぬ者に話す事など無い」

 ……しょうがないだろうが。俺の人生に現れた魔女はあんたと姉さんだけなんだぞ。

 溜息をつきながら古ぼけた屋敷の呼び鈴を鳴らす。



ジリリリ… ジリリリ…


 何度目かの呼び出しでようやく開いた扉の向こうからは、ややくたびれた様子ではあるが、人の良さそうな中年の男が現れた。

「…表の〝売り出し中〟の立札を見たのですが……」

 そう声を発すと、男の目が大きく開く。

「何と買い手が現れるとは……!ようこそいらっしゃった。マカール・グラーニンです。さ、中へ!」

 思いがけない歓待に少し面食らう。

 隣の魔女を見れば、片眉を上げて何かを探るような目つきをしている。

「入らないんすか?」

「……赤ムシ、魔法は発動できるのか?」

「は?」

「……まあよい。さっさと入らぬか」

「……………。」


 屋敷の中も見事なまでに古ぼけていた。

 長い間使われていなかったことが一目で分かるほど埃が積もっている。

「私の母の持ち物だったんですがね、少々入り用がありまして売りに出す事にしたのです。ですが見ての通りの古さですからなかなか買い手が現れず……」

 聞くところによると、このマカール・グラーニンという人物は、先祖代々からの家を相続で引き継いだらしい。

 度重なる戦争による不況で失業してしまい、放置したままの家を手放すことにした…という話だ。

「部屋の片付けの最中に出てきた物を細々と売りに出してしのいで来たのですがねぇ……」

 なるほど、ところどころ部屋には物が動かされた形跡がある。

 

 

 ふと後方を振り向けば、先ほどから全く口を開かなくなった魔女がしきりに天井を見ている。

 そして思う。

 …ああ……さっきから聞こえるこの声はやっぱり気のせいじゃ無かったか。

「グラーニンさん、よければ2階を見せて頂いても?」

 俺の申し出に男がキョトンとするが、明るい表情で応える。

「もちろんです。空き部屋しかございませんが」

「いえ、屋敷の作りを確認したいだけですので長居はしません」

 男の笑顔に負けじと、ニールさんお得意の胡散臭い笑顔を貼り付ける。

「ではご案内いたします」


 古い家、聞こえる声と言えば決まっている。

 ここにはきっと、アイツらがいる。

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