潜入
ゼインが小さな火の玉を空に飛ばす。
それを目掛けて無数の銃弾が撃ち放たれる。
「という訳だ」
「…なるほど、という訳ね」
私とゼインはとりあえず姿を消して宿を抜け出したあと、鉄条網で囲われた敷地の外から〝シミュレーション〟とかいうものをしていた。
この辺り、非常にゼインらしい。
今はゼインが考えうるセキュ…リ…警報装置について教わっている所である。
「対空……あー…空への警戒は、人感…熱感知センサーも付いているな」
「熱ねぇ…。まぁ撃たれた所で痒いぐらいだとは思うけど、避けるに越したことは無いわね」
「当たり前だ。警報が鳴れば警備の人間が増えるだろう。面倒だ」
そりゃそうだ。
「なら私は氷の女王にでもなろーっと。あんたは雪男にでもなれば?」
「断る」
とは言いながら、私の言わんとすることはちゃんと理解しているあたりさすがである。
「正面玄関集合ね!」
言いながら体の周りに氷の結界を作る。
ふふ〜ん、弟子に負けてたまるもんですか!などと思いながら宙へと飛び立とうとすると、隣でブツブツ呟く声がする。
「…あんた、何してんの…?」
「監視システムを上級の氷結結界で覆った。温度変化を悟らせないためだ。言っておくが人感センサーを避けるには絶対零度の体になる必要がある。この間でさえ死にかけたのに無理だろう。ついでに監視カメラ用に幻視も混ぜたからしばらくは大丈夫だ」
「……………。」
か……可愛くない……!!
意味不明だけど遠回しに『馬鹿が』って言ってるのが分かって、めちゃくちゃ可愛くない!!
「あ、あんた、初っ端から魔力いっぱい使ってどうすんのよ!」
「大した量じゃない。ついでに端末に予備がある」
「!」
ず…ずるい…!そして激しく可愛くない!!
「帰ったら絶対時計寄越しなさいよっ!!」
「………………。」
無視かい!
降り立った正面入り口には、当たり前だが兵士が立っている。…二人か。
無表情でピクリとも動かない彼らに、とりあえずアレをやる。
『にーらめっこしましょ、アップップー!!うりゃ!ディアナ様の変顔だぞー?』
兵士の顔を下から覗き込みながら会心の変顔をお見舞いしていると、ガツンと拳骨が落ちて来た。
『馬鹿かお前は!!緊張感を持て!!』
『なーにすんのよ!!コイツらに私が見えてないかどうか確認してんのよ!!ニールみたいなパターンもあるでしょ!?』
『…ニール?』
ニールみたいな目そうそう無いけど、試す価値はある。
『…ゼイン、わかる?この人間の目。魔に魅入られてる』
生意気な弟子が、やはり無表情なままの人間の目を覗き込む。
『クラーレットにも尋ねたのだが、魅入られる状態と魔障は違うのか?』
『……結果、同じになる』
頭の中で呟くと、ゼインが私を見る。
『中で説明するわ。とりあえずこの二人には立ったまま寝てもらう。あんた左側ね!』
右手で蔦の魔法陣を展開しながら左手でやや強めに睡眠魔法を発動する。
兵士がカクンと首を垂れたかと思えば、その体を透明な蔦が支える。
ゼインは私とほぼ同時に失神魔法と、これまた珍しい魔法を使った。
『…へぇ、影を縫ったの?』
『ああ、そうだな。ここは常に正面上方から光が当たる。しばらくは大丈夫だろう』
『そんな魔法、書物に載ってた?』
『ショーンに読み聞かせていた外国の童話に出て来た』
………コイツ、ただの魔法マニアじゃない。
影魔法は闇魔法の派生系で、特殊な仕事をする魔法使い以外には、基本的には表に出さないことになっている。
魔法書なんて絶対に存在しないのに、童話から再現だとう……?
『…まぁいいわ。お説教はあとよ』
『説教?』
ゼインが少し驚いた顔で私を見る。
『よく出来てるから説教よ!さっさと扉の鍵も開けなさいよ』
そう言うとゼインは今度は扉の前で黙り込んでしまった。
『生体認証なのだが』
『ふーん。鍵は鍵でしょ?』
『鍵は鍵だが、鍵穴はない』
鍵穴がない………?
二人でしばらく扉の前で黙り込んでいたが、ハッと大事なことに気づいた。
『ゼイン…私たち魔法使いじゃない。何で馬鹿丁寧に入り口から入ろうとしてんの?』
『お前がそう言ったんだろう』
『……………壁抜けしよっか』
『……………。』
ゼインは今しがた披露した珍しい魔法と私の結界を消して、静かに壁をすり抜けて行った。
建物の中は無機質で雑然としていた。
床は泥で汚れているし、何個かすり抜けた小部屋は壁からベッドが沢山生えていた。
建物内を奥へ奥へと移動しながらゼインに話しかける。
『あんた建物内で魔力感じる?』
『…どうだろうな。無いとは言い切れないが、人に影響を及ぼすようなものは感じ取れない』
『そ。そこがポイントね。魔障は分かりやすいの。魔力を出す何かがあって、それに晒されることによって肉体やその他諸々の性質が変わる』
『…外的要因だな』
チラリと弟子の顔を見て頷く。
『魔に魅入られるっていうのは……自分から進んで魔力を取り込んだ時に起こるのよ』
だから厄介なのだ。
幼い子が可愛がっている人形や思い入れのある宝石、つまりは精神を明け渡した時に症状が現れる。
だから無関心な他人には原因が何かが分かりづらい。
他人がようやくその事実に気づくのは、大抵の場合魔力過多症が起きてからだ、そういう話をゼインは頷きながら聞いていた。
『食べ物でも同じことが起こるのか?オスロニアの羊は魔力過多だとクラーレットは言っていた』
『そうね。私たちは自然とそれをやってるじゃない。日々の魔力の減りに応じて、大地から魔力を得ようとする。…しかも選り好みしながら』
壁をすり抜けながらまばらに行き交う人間を見て、ゼインがこう言った。
『可能性は二つだな。ここにいる人間全員が同種の何かを肌身離さず持っている場合、そして…全員が恒常的に何かを摂取している場合だ』
ゼインの言葉に頷きながらも、それは既に思いついていた。
その上で〝難しい〟と判断したのだ。
『ゼイン、言っちゃあなんだけど、そんなに都合よく大人数分のお気に入りなんて用意できるとは思えないんだけど』
ゼインが私をジッと見て、淡々と頭の中に思念を送ってきた。
『ディアナ……ここは軍施設だ。お前が見た人間は全員軍人。彼らが身に付けているもの、そして口にする食糧は、全て支給品だ』
『な……るほど』
つまり……どういうことだ。




