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魔女のドレス

「魔…に?それは魔障ということか」

 クラーレットがこちらを見もせず鼻で笑う。

 ……相変わらず腹立たしい魔女だ。

「これだから男はつまらぬ。どうせこの女が身につけたドレスの価値もわからぬのだろう。…分不相応なものに手を出すからこうなるのだ」

 ドレス…?

 お前が作る〝呪〟が込められたドレスか?と聞こうにも、目は全く合わない。

「クラーレットさん、見たところ随分と古いドレスのようですね。確か中世あたりのデザインではないですか?」

 クラーレットが今度はちゃんとニールを見る。

「ほう、青ムシはなかなか見所がある」

 あおむし……。

「だがアンティークだから価値があると言うておるのではない。あれは……かつての高位の魔女が身に付けたものだ」

「「!」」

 思わずニールと目を合わせる。

 詳しい説明を…と思った時には既に近くに姿は無い。


「ディアナ様……!本当にわたくしのために服を用意して下さったのですね!!ああ何という尊き御技でしょう……!こうしてはいられないわ、早くわたくしのお人形を着せ替えなくては!」

 変態魔女が天を仰いだかと思ったら、今度は物凄い勢いで持っていたハンドバッグにドレスを収納しだす。

「彼女……変わってるよね」

 ニールがこそっと呟く。

「…変わってる……で済むレベルでは無いだろう」

 あのディアナが煙たがるのだ。


 ディアナ……はっ!

「ニール、私はディアナを追いかける。視察には代理を行かせる。あと、リリアナ・プロイスラーがドレスを手に入れたルートを探れるか?」

「万事了解。てかディアナちゃんの居場所わかんの?」

「指輪にGPSを仕込んである。サラスワの時のようなヘマはしない」

 二度と3か月も無断欠勤などさせるわけが……と思いながらニールを見れば、いつにもなく真顔でこちらを見ている。

「ねえ、ゼインさぁ……」

「なんだ」

「ディアナちゃんが戻らないって言ったらどうすんの?」

 戻らない……?

「それは無いな。私の邸にはリオネルがいる。ディアナがリオネルをそのままにするはずが無い」

「……まあ、そうだよね」


 そう、リオネル。ディアナが危険を承知で……あんなに冷たくなってまで助けようとした弟子。

「はあ…。ゼインもなかなかツラい立場だねぇ……」

「……そうだな。よもやあの魔女との間に3000年もの差があるとは思わなかった。修行を終えるまでに命が持てばいいが……」

 そう言えばニールがパチパチとまばたきをする。

「…なんだ」

「あ…いや、えっ、まだそういう…感じ?あー…応援するよ。がんばれー……」

 ……変なヤツだな。


「クラーレット、身辺に異常が有ればすぐに知らせを。オスロニアを頼む」

 すっかり服をバッグにしまった魔女に声をかける。

「おぬしに言われなくとも分かっておるわ。青ムシ、ドレスの入手ルートが判明したら私にも知らせを」

「はいっっ!」

 魔女が私をじっと見る。

「……おぬしの首など今すぐにでももぎ取ってやりたいわ」

「それは困る」

「違う。ディアナ様が困るのだ。ディアナ様が魔に堕ちてはたまらぬ。…よいか、ゼイン・エヴァンズ。魔女が…いや魔法使いがなぜ弟子を取るのか、そなたも魔法使いの端くれならば、その(ことわり)ゆめゆめ忘れるな」

「え…」

 何か途轍もなく大事な話を一方的に残し、魔女は消えた。








 長い長い人生の中で、実はシェラザードには一度も足を踏み入れた事が無い。多分。

 少なくとも、シェラザードという名前になってからは来たことが無い。

 私のトラベル世界地図上の未踏の地の一つがこの国だったのだ。

 すごろくでも止まる事が無いように、あえて細工をしてまで避けた国……いや、古い盟約に従い()()()()()()()()ようにした国。

 そんな盟約など最早意味を為さない事は分かっていたが、私がこの国に来る時は、身に纏う黒衣を誰かに引き継いだ後だと思っていた。


 シェラザード……。

 そうここは昔、そっくりそのまま、シエラ・ザードという魔女が永らく治める土地だった。

 私と同じく黒衣を纏う、強い魔女が治める国だった。

 お互いにその存在を明確に認識してはいたが、彼女に会ったのは人生でただ一度だけ。

 シエラがある日突然盟約を破って、数人の弟子を連れてアーデンブルクにやって来たのだ。

 討ち入りかと島中が厳戒体制を敷く中、シエラは呑気なものだった。

 ……人生最初で最後の旅の途中だと。

 病でも得たのかと尋ねたら、『時が来た』と一言だけ。

 魔女がこの世から消えたあと、彼女の一番弟子がアーデンブルクにやって来た。

 黒衣を引き継いだ挨拶に来たのだ。

 そう、一人の魔法使い……シエラ・ザードの運命の弟子が。

 


 そんな懐かしい昔話の世界から、一瞬で現実に戻されるほどの魔力の痕跡に出会うとは思わなかった。

 こんな大通りで。

 人間の瞳の中に。


 そう、目の前を通り過ぎる、一糸乱れぬ行進をする男たち。

 お揃いの土埃色の服に揃いの帽子。ザッザッと雪道を踏み締める音は、まるで機械のように正確だ。

 …機械であれば、どれほど良かったことだろう。


 私は知っている。

 こういう状態になった人間たちの行きつく先を。

 そしてこういう状態の人間を作り出すのが、他ならぬ私たち魔法使いだということを。

 ……だから私は、嫌というほど分かっているのだ。

 私は、正しく死ななければならない事を。

 

 でもね、シエラ。

 私はあの子……エルヴィラを手にかけた瞬間に、自分の過ちに気づいたの。

 自分の足で歩きたい、世界に羽ばたきたいと願う子を、この手に閉じ込める罪の大きさに。

 何千人と育てた弟子の中で、唯一手元に置いておきたいと願った子を、絶望の中で狂わせた。

 ねえ、あんたはどうやって彼を見つけたの?

 彼は……どうして永遠にあんたの弟子でいることを望んだの?

 …正しく死にたいとは思ってる。

 でもこの手の中に弟子を閉じ込めたくない。

 ……だからいつまで経っても死に方が分かんないわけよ。

 


 目の前を虚な表情で行進する男たち。

 彼らは明らかにその身に魔を宿している。

 しかも一人や二人では無い。

 どこまで続くのかわからないほど、目の前を続々と通り過ぎる人間の瞳は、全員が全員、まるで傷の入ったガラス玉を埋め込んだように鈍い輝きを放っている。


「……はぁ。魔獣に辿り着く前にとんでもないもの見つけちゃったわねぇ」

 煉瓦でできた可愛い街並みを練り歩く彼ら。

 だけどここで起こっていることは、決して可愛らしくは無い事態だ。

「シェラザード……」

 ゼインの作った資料にもう一度目を通す。


『一年のほとんどを深い雪に覆われた、西の大陸一の軍事大国。その覇権を西側諸国へと拡大中。』

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