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ゼイン・エヴァンズ

「エヴァンズ社長、お送りした書類見て頂けましたか!?」

「…ああ」

「ネブロン社との会合の件ですが…」

「…ああ」

「第二四半期決算出揃いました!」

「…ああ」

 決済の督促電話を受けながらいつも思う。

 なぜ私は会社など作ったのだろう。

 今さら考えても仕方がないが、まさかこんなに事業が成長するなどとは思いもしなかった。



 この国の大地が急速に魔力を失い出した500年前、私は未曾有の混沌の中で生を得た。

 私の脳裏に焼き付いている一番古い子ども時代の記憶は、魔力を失った魔法使いが世界から消える瞬間に残した、最後の光の粒が舞い上がる大空だ。

 

 魔力のある土地を求めて、アーデンブルクから去って行く同胞を何人も見送った。

 だけど私はこの土地から離れられなかった。

 幼すぎて、どうすべきなのかが分からなかった。


 成人した頃、魔法使いはこの地に私一人だった。

 アーデンブルクを侵略した人間から身を隠し、残された膨大な魔法書を守るだけの日々。

 それが無くなってしまえば、私達魔法使いが存在していた事実すら消えてしまう、その恐怖との戦いだった。

 地下深くにもぐり、ひたすら何かを待っていた。

 

 そう……何か。

 言葉には表せない何かを心の支えに、私はただ生きていた。

 あの日、地下深くまで届いた激しく眩しい魔力の光を追いかけて、ようやく地上に出たあの日が、今の私の始まりだ。



 魔法使いは生きている。

 魔法使いを探し出す。

 その信念だけを胸に人間の社会で隠れ生きていた私は、戦場の真ん中でニールを得て、彼とニ人で小さな事業を始めた。

 世界の海に出て行く船会社のための護衛船事業。

 …乗組員2人、操舵手は無し、魔法で出した人形を船員に見立てて……。

 若気の至りとしか言えないような、危うく小さな始まりだった。

 それが今や宇宙に手を出す事業規模にまで膨らんだ。


 だけど私はあの頃と何も変わらない。

 人間に擬態し、人間の社会に飲まれても、追いかけ続けるものはただ一つ。

 私と同じように生き延びた魔法使いを探すこと。

 アーデンブルクの栄華を知る、あの頃の純粋な魔法を知る人物を探すこと……。


 

 資料をスクロールする指が止まる。

 そして脳裏に一つの顔が浮かぶ。

 ……ディアナ、か。

 あれだけ探し求めていたはずなのに、いざ本物を目の前にすると正常な判断が付かないものだとは思わなかった。

 というか、魔女とはもっと気高い存在だと思っていた。

 何なのだ、あの変なピンク頭の幼女姿は。

 そして今までどこをほっつき歩いていたのだ。

 あれだけの魔力を身に宿しながら、なぜ私の捜査網にかからなかった。

 見た目もふざけているが言動はさらにその上を行く。

 何が年長者を敬え、だ。

 年長者なら年長者らしい振る舞いをしろ。



「……はぁ」

 会社が大きくなるとともに増えたのが事務仕事の山。

 電子化が進んで物理的な紙の山こそ無いが、つまらないものはつまらない。

 人間世界の報告書など、いくら読んでも何の感動も生まれない。

 どこかに頭のいい、活字に強い魔法使いはいないものか……。

 

 くだらない事を考えていると、ニールから思念が届く。

『あ、ゼイーン?そっちにディアナちゃん行くからね!逃げられないように優しくしてよ!』

『は?』

『だからー、58階!ちゃんと案内してよね!んじゃ!』

『ちょっと待て!私は猛烈に忙しい……』


 マイペースなニールから一方的に切られる通信。

 そして目の前に現れる(いにしえ)の魔女……。


「やほ!」

 何が、やほ!だ。相変わらず馬鹿丸出しだ。

「へーここが社長室?……なーんかクラシカルねぇ。イメージと違う」

 お前は私にどんなイメージを持っているのだ。

「あ、あんたねぇ、いつ私の写真撮ったのよ!顔写真NG!オケー?」

「どこの芸能人だ」

「芸能人より希少なの!永遠の美少女を地で行ってんだから」

「美……老婆だろうが、お前は」

「…ほう、死に場所が欲しいのはそっちもだったなぁ?」


 呪文を唱える事もなく、手の平から繰り出される炎。

 純粋な……魔法……。

 だが今は感動している場合では無い。

「…消せ。出すなら仕事の足しになる魔法にしろ。私は忙しい」

「あっそ。はいはい邪魔しましたねーと。とりあえず何か困ったことある?飲み物いる?食べ物は?眠気飛ばす?」

「は…?」

「ニールに言われたんだけど、私の仕事はあんたらの全面バックアップなんだって。何すりゃいいのかわかんないから聞いてみた」

 全面…?

 いや待て、この女に頼むのは簡単な雑用全般だと言ってなかったか?

 どう見ても馬鹿丸出しの魔女に何のバックアップが出来るというのだ。

 そもそもこの魔女の価値は〝存在そのもの〟であって、仕事などこれっぽっちも期待していない。

 

「別に今は何も不足していない。…あえて言うなら、サラスワ語の翻訳が面倒くさいぐらいだ」

 とは言え、まさかという事もある。

 数百年は生きているのだ。人間よりも少しだけ脳の皺が多い可能性を考え、気持ち悪いゴテゴテした服を着ている魔女を見ながら台詞を吐く。

「サラスワ?へー!サラスワの仕事なんかあるんだ。翻訳ねぇ…。見せてみなさいよ。多分イケる」

「…は?」

「ホレ、さっさとしなさいよね」

 偉そうなピンク頭が、世界一難しいとされるサラスワ語を……?まさか本当に脳の皺は年相応なのか…?

 半信半疑で差し出された手の平にタブレット端末を放る。

「あ、パス。私機械無理」

「は?」

「紙で出して」

「……化石か」

「黙れ」

 一瞬でも使える魔女かもしれないと思った私が愚かだった。

 けれど言われた通りに書類をプリントアウトして、今度は彼女の頭の上に乗せた。


「子どもか」

「まあ、お前よりは完全に若い」

「………ムカつく。とにかくムカつく」

 魔女がブーブー口を尖らせながらパラパラと書類をめくり、そして指をくるりと回したかと思えば、空中からペンを取り出す。

 無詠唱で繰り広げられる魔法に見入っているうちに、彼女の周囲…空中に大量の文字が踊り出す。

 そしてディアナが指をパチンと鳴らした瞬間、それらは全て紙の中へと吸い込まれていった。

「はい完成っと!よかったよかった。ちゃんと覚えてたわ、ペンが」

「…ペンが?」

「あー、これカンニングで使う手だからねぇ…。良い子のお坊っちゃんは真似しちゃ駄目よ。んじゃね!」


 ディアナが消えた後に残されたのは、一行の隙間もなく翻訳文が記された書類。

 (いにしえ)の魔女……末恐ろしい。

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