魔女のセンス
「ったく…。魔女なら魔女らしく服ぐらい魔法で出しなさいよね!」
アレクシアをオスロニアに強制送還した後、私はブツブツ文句を言っていた。
気づけば夜勤の始まる時間である。本当に無駄な時間を過ごした。
『まじょおつかれー?』『ふけた?』
『たしかに』『わかかったときなんかない』
「……あんたら、久々に交わす会話がコレとは随分ねぇ?私のどこ見て老けたとか言ってんのよ!」
相変わらず失礼の塊のような妖精が宿る霊木を確認するため、生意気な彼らを肩に乗せる。
『いろちがう』『みたことないいろ』『いぶつこんにゅう』『だれ』
……さすが謎の生物、妖精。
体内に隠したゼインの魔力を見抜くとは。
「さてと、ギリアムの霊木に問題無し…と。むしろあんたらのお陰で価値が高まってるわねぇ。どう?1000年前の魔木に引っ越さない?」
『いやだ』『これがいい』『ねごとはねていえ』『さいきんねてないね』
……みんな口が達者になっているが、明らかに一匹知恵つきがいいのがいる。しかも誰かに似て超口が悪い。
「あんたら、ちょっと顔見せてみなさい」
私をジッと見る4匹の妖精をマジマジと眺める。見て見ぬふり、無視が一番の屋敷妖精……。
片手ぐらいの大きさ、素っ裸で半透明の体、赤やら緑やらカラフルな頭に同じくカラフルな瞳……。
その中に……いる。金色の瞳の妖精が。こちらは髪も金色だが。
「……まさか妖精って変質する?いや、そんな話……。ねぇ金色、あんたよくゼイ…前のお父さんから虫もらってる?」
呼ばれた本人は自分のことだと確実に理解している。
『いちばんなげるのとくい』
「投げる?」
『りゅうはうごくむしたべる』
へえ……。
こりゃゼインのあの古くさい魔力にも何か秘密があるわねぇ……。
「よしわかった。今日からあんた達を観察するわ!左から〝アカ〟〝ミド〟〝キン〟〝チャ〟よ!!」
『いやだ』『ださい』『せんすなさすぎ』『ふるい』
ぐぬぬ…………。
「…じゃあ何ならいいのよ」
『レド』『グリン』『ゴルド』『ブラウ』
「………誰が名前付けたの?」
『『まえのおとうさん』』
……私の名付けとどこが違うんじゃ!!五十歩百歩じゃろーがい!!
妖精とのやり取りで何となくわかった。私には〝センス〟というものが無いらしい。それか滅茶苦茶古くさいか。
微妙に胸がチリチリしてショックではあるが、視線を落として自分の着ている服を見れば、何となくそう言われる理由も分かる。
今日は背中が空いた細身のロングワンピース。
濃淡素材は様々だが、毎日とにかく黒一色。なぜならば、それが魔女の世界の不文律だから。
強い魔女は、誰が見ても分かるように黒い服を着る。…というか着せられた。
無用な争いを避け、諍いを仲裁し、他の魔女の領域を侵さないように互いを牽制する。
…もう長いこと黒い服以外に袖を通した記憶は無い。
「…魔法は経験と想像次第でいかようにも変わる。つまり服を具現化する私の魔法はまだ伸び代があるってことね。何か想像を膨らますようなものが必要だわ……」
アレクシアの買い物に付き合うのはもうたくさんだ。
6万着…出してやろうじゃない。私は黒い服の方から頭を下げて着てもらいに来る大魔女なんだっつーの!!
服…服服……どこかに服の見本が…はっ!テレビ!
60階にはテレビっぽいものがある。会議用テーブルの後ろに大きな画面が出てくる。
「何かをピッとやったらサッと出てくるのよ。そして細長いアレでピッピッピッでチャッチャッチャよ」
…で、そのピッピッピッはどこにあるのよ。
『かべー!かべにピッあるー!』
『おおきいつくえのよこ!』
「あんたたちどんだけ知恵付いてんのよ!!とにかくナイスよ!グリン!ブラウ!」
妖精の言葉に従って、会議用テーブルの脇の壁にあるボタンを適当に乱打する。
「あ、それそれそれ、それピピッとな」
どれかが該当したのだろう。天井から薄い布みたいなものが降りてくる。
…はいはいなるほど、映写機ね。知ってた知ってた。
『おとうさんのつくえにピッピある』
『けいざいにゅうすとえんていーふおーはろくぜろさん』
「はっ?ゴルドだけ意味不明なんだけど?」
とりあえずギリアムの机の上から記憶の片隅にプカプカ残っている細長いピッピを取り上げて、適当に振ったり叩いたりする。
…まあ、やってみるものである。
大魔女に不可能は無いのである。
テーブルに肘を付きながら行儀悪くテレビに映る人間を眺める。
『…では続いて商品先物市場です。小麦…大豆…とうもろこし……』
9割方何を言っているのか分からないが、厳かに『とうもろこし…』と読み上げるテレビの中の彼女が可愛いので、着ている服を出してみた。
…いいんじゃない?私頭よくない?
正直素材までは分からないが、見た目はテレビの女の子が着ている服である。
調子に乗った私は、適当にテレビをピッピピッピしながら、目につく服を片っ端から具現化する。
60階には服が積み上がる。
すぐに飽きたが修行だと思ってやる。けれど6万着にはとうてい到達しそうにない。
当たり前だ。ほぼ女子だけ6万人も映すテレビなどあるわけがない。
「ふうむ…。これはパターン化が必要ね。属性を体系化した要領でやんのよ。全知全能よ」
アーデンブルクの弟子たちが居たならば、下らない事に脳みそを使っていないで、島を空に浮かべる魔法陣でも完成させろと言っただろう。
だが今は島では無く紙とペンを宙に浮かべ、服の型が派生していく様子をサラサラと書き付ける。
「……ふうむ、読めてきたわね。デザインを一緒にして、色違いを出せばいいのよ。色のパターンなら1000色ぐらいいけるはず…。一着につき1000なんだから…なんだ、朝までには終わるじゃない。やっぱり魔女は魔法に限るわ〜!」
ほぼ無意識で服の山を築いた私の意識が次に覚醒したのは、よく見知った生意気な弟子と、どこかで見た記憶のある美女の〝婚約〟の文字が、テレビ画面に踊った時だった。




