執着
オスロニアからの帰りの道中、やたらとたくさんのプロペラがある変な乗り物の中で、ゼイン・エヴァンズ改め『少し知性のある虫ケラ』は大層ご機嫌だった。
鼻から音符が出るのが見える勢いでご機嫌だった。
「あんた……何考えてんのよ……?」
「何、とは?」
「どうすんのよ、あんな約束して!あれじゃ毎日アレクシアが来るじゃない!!」
「ああ…別に問題無い。むしろ必要だ」
「はぁっ!?」
あのゼインの発言に、アレクシアは凄い勢いで食いついたのだ。
『分野はなんですの!?分野は!!勿論ファッションは入っているのでしょうね!?』
興奮してゼイン相手に魔女モードが消えていた。
ゼインはゼインで意味不明で、
『そうだな…装いから国家運営まで…トータルで、だな』
いつの間にか口調が逆転していた。
そして最後にアレクシアにこう言った。
『日々のディアナの予定はメールで送る。面会時は名刺の60階に来たらいい』と。
「…はぁ〜………。どうなっても知らないからね?私面倒見れないわよ?」
「大丈夫だ。そのために腕のブレスレットも残してある」
ゼインの言葉で、私の左手に巻きついた二本の誓約の腕輪を見る。
「ああこれ……。なーにが『ディアナとお揃いのアクセサリーだな。よく似合っている』よ。これ使ってアレクシアに言うこと聞かせるつもりなんでしょうが」
そう言えば、ゼインがニヤっと笑う。
こいつは転んでもただじゃ起きないタイプだ。
「さーすが、〝少し知性のある虫ケラ〟だわ」
「…あ?」
まあ弟子としては大層役に立つんだけど。
「ゼイン、ありがとね。最近あんたに助けられてばっかりよ。師匠としては情けない限りで申し訳ないわね」
「やめろ。お前が殊勝なことを言うと不吉な事が起こる。それにさっきも言っただろう。私は別に弟子としてお前を助けに来たわけでは無い。…手紙は会社の代表宛だった」
「……ああ!そっかそっか、私あんたん家の住所知らなかったなーと思って。便利よねぇ。有名なのね、ガーディアン。引きこもり魔女でも知ってるんだもの」
「……………オスロニア食品研究所は上得意客だ」
「ふーん?」
「さっぱりわかって無いって顔だな」
そりゃそうよ、サッパリわかんないもの。
「あんたはよく手紙を正しく読み取ったわね。ギリわかんないかなーと思ったんだけど」
「……技術指南書第三編第二章はすぐにわかった。実践魔法大全集第三編魔力障害編…魔力封印……」
「おおー!ほんとにすごい記憶力!テストで1番取るタイプね!」
「………褒められていない事だけは理解した。だが確かに取扱編第九章第四項については…少し判断に迷ったのも事実だ」
ほうほう、これは本当に最優秀学生賞取るタイプだ。
「第九章は無属性魔法の章だ。第四項は…確か〝打ち消し〟だったように思う」
「大正解!A評価あげるわ!」
「いらん。そうではなくて、無属性魔法には定型の呪文が無いだろう?打ち消すのに何か適切な呪文があるのか?」
「ふーん……面白いこと聞くわね。ちなみにあんたはどんな判断をしてオスロニアまで来たってわけ?」
ゼインが座席の後ろに積まれた大量の荷物を見やる。
「…とりあえずあるだけの武器を持って来た」
「……なるほど。確かに無属性だわ」
ふーん、そっか。今の時代だとそういう判断も出来るわけか。面白いわねー。
「ちょっとその実験もしてみたかったわねぇ。撃たれるっていうのもいい経験かも…」
「だからだ。だから迷った。魔力を封じられた状態のお前は人間なのか?それともやはり怪物のままなのか?人間だった場合、撃てば死ぬだろう」
「………今の話を総合すると、あんたは私を最終的に怪物だと判断したって事になるんだけど……?」
「その通りだ」
……殴ろう。3発殴ろう。
変な空飛ぶ乗り物は、飛行機ほど快適な訳ではなかった。でも機動力があるとかなんとか。
知恵の回る弟子は、その変な乗り物で一緒に連れて来ていた機械人形をそのままアレクシアの元に置いてきて、それこそ当初のテーマだった〝遠隔操作〟を実現した。
「……あんたは新時代の魔法使いの代表ね。あんたなら操り糸だろうが呪いだろうが、きっと新しい知恵で解決できる」
「それなりに色々経験しながら生きてきた。だが全てにおいて確信が持てないままだ。最初に言った。私は道標が欲しいと」
「どうかしらねぇ…。あんたはなかなか難しい弟子よ」
「放っておいてくれればいい。好きに尋ねるし勝手に盗む。というわけで打ち消しについての説明を」
本当に生意気で難しい弟子なんだけどね。
宙に指で五芒星を描きながら言葉を出す。
そして4つの頂点に4大属性の極小魔法を灯す。
「無属性っていうのは、とりあえずどの属性にも分類出来ないものを適当に詰め込んだものの総称」
ゼインの眉根が寄る。
「……時に何よりも強く、時に何よりも弱い……そして常に側にあるもの」
ますます分からないという顔をするゼイン。
「今回は結論として、あんたが来てくれるだけでよかった」
「は…?」
「あんた自身が無属性に近いのよ」
「は?」
言いながら五芒星の最後の頂点に黒い球体を重ねる。
「…あんた、成人してとうに数百年経ってるでしょ?自分の属性について意識したことある?」
「属性……いや、聖魔法の相性が良くないことは理解しているが、何が得意で不得意かを考えた事は無い」
ゼインの視線が消えかかる五芒星をジッと見ている。
そう、ゼインを育てる難しさはここに集約される。
こいつは私より遥かに若いのに、ものすごく原始的な魔力をしているのだ。
未分化でいて、何にでも変化できる……そう、純粋な魔力。
そのくせにガチガチの理論派だから自分を活かし切れない。
「アレクシアの作る服は、魔封じ、魔力吸収以外に厄介な効果がついてるの。原始魔法……いわゆる〝呪〟ね」
「…愛……とか、そういう……」
「そう。呪に名前をつけるのは難しい。人の原始的な感情は色々混ざってるもんだから。愛も憎しみも妬みも憧れも魔法を凌駕する力を持つ。体系的な呪文によって操れるものではないから……」
「……無属性というわけか」
ゼインの言葉に一つ頷きを返す。
「……あの子の場合は〝執着〟という言葉が相応しいと思う。凄まじいほどのね。私に比肩する魔女でありながら、その全ての能力をドレス作りに注ぐ女よ?…勘弁して欲しいわよ」
外を見ながら溜息をつけば、ゼインが何かを考える仕草をする。
「クラーレットの〝執着〟は無属性ならば誰でも打ち消せる代物なのか?」
ゼインの言葉に片眉を上げる。
「……さあ?」
「さあ?重要なことだろう。何をぼんやりとした台詞を……」
「てーがーみ!手紙に書いたでしょ!あんたはそれ見て私のところにすっ飛んで来た。……それが答え」
ゼインが目を見開いて、しどろもどろになっている。
「わ、私は借入を踏み倒して雇用契約を破棄させる訳にはいかないと思ったまでで……!」
「は?ブツクサ何言ってんの?師弟関係の解消を心配したんでしょ?」
ゼインが指にはまる指輪を見つめて呟く。
「……ああ…なるほど……」
「なるほどついでに言うと、あの子のドレス作りは糸を紡ぐ段階から始まってるの。魔力を込めながら一本一本糸を作るのよ」
「───!」
「そのドレスを私に着ろと言うんだもんねぇ?あんた…毎回ドレスを脱がせる覚悟はできてるんでしょうねぇ…?外国にいようが死にかけてようが駆けつけるのよねぇ…?」
「……はっっ!!」
あーウケる!!
せいぜい困るがいい、馬鹿弟子よ。
私が80時間かけて辿り着いたオスロニアが、この変な乗り物なら8時間だって知った以上、復讐は長〜い時間をかけて遂げさせてもらおう。
ヒヒヒ……。




