オスロニアの行方
あれま、あの二人仲良くなったのねぇ…?
ふわふわと空中に浮かべたベッドに右肘をつき、羊と戯れるゼインとアレクシアを見る。
何かを真剣に話しながら魔法を使ったりロボットを操作する様子はなかなかどうしてデキル男と女である。
左手をグーパーしながらようやく5割程度に戻った魔力を感じ、アレクシアの執念を思う。
…あの子とは早3000年以上の付き合いである。いや、もう少し昔か…?大昔過ぎて正直覚えちゃいない。
あの頃私は人間に飼われる生活……いや人間のために祈り、未来を占い、産まれてくる赤子に祝福を与え、死にゆく魂を見送る…とかいう小っ恥ずかしい仕事をしていた。
『魔女』という存在すら知られていなかった頃のこと。
私も自分のことを、儚げな永遠の美少女だから面倒くさくて終わりの無い仕事をさせられているのだと思っていた。
アレクシアはその当時人間の国の姫だった。
国に禍をもたらす呪われた娘だと、姫なのにいつもボロボロで、ボロボロのまま私のいた神殿で働かされていた。
別に同情とかした記憶は欠片も無い。
そういう時代だったし、姫だったからご飯があるだけマシだという世の中だった。
あの頃の事を一つだけあの子に謝るならば、5歳年上というのが大嘘だというところだけだ。
思えばあの当時から働くのが好きじゃなかった。
世界に溢れる〝何か〟を明らかにしたくて、そのことばかり考えていた。
〝何か〟の正体さえわかれば、日々感じていた胸のもやもやが目に見えるようになる気がしていた。
そう、あの日だ。
あの日私はボロボロのアレクシアが僧兵に蹴られるのを見た。心底下らないことをする男だと思った。
だから一言呟いた。
……『吹き飛べ』…と。
あの日が私と魔法の出会い。
呪文ができる前の言霊との出会い。
そしてアレクシアが……変態になった日…だ。
「ディアナ様〜!!」
ベッドで様子を眺めていた私を目ざとく見つけ、アレクシアが転移してくる。
「調子はどう?」
「はいっ!私頑張って虫ケラを燃やさずに耐えましたわ!」
「ああ…そう」
…なんかすまんね、ゼイン。
「後は地下のモニタールームの調整ですわ!ささ、参りましょう!」
「はいはい」
ベッドを消してふわりと地面に降り立つと、転移して来たゼインとぶつかる。
「ったー!ちょっと!前方不注意!!」
「は?お前は上方にいただろうが」
「ぐぬぬぬぬ…!」
私たちのやり取りを見ていたアレクシアから、ピシッピシッと魔力の波動が飛んでくる。
「…ゼイン…エヴァンズ………そなた…ディアナ様に何という口のきき方だ!ひれ伏せ!つくばえ!この方はただの魔法使いごときが話しかけていい存在では……」
「はいはいはいはい!ストップ!!…黙りなさい、アレクシア。それ以上その話を蒸し返すなら……」
とりあえず魔力で髪を逆立たせてみる。
「で、ですがディアナ様!」
「いいの!この子は……ええと……」
チラッとゼインの方を見る。
「ええと……その……」
弟子…だと同じ事だし、うーむ……。
言葉に詰まっていると、ゼインから助け舟…のようなものが飛んだ。
「ディアナは私の部下だ」
アレクシアの目が見開く。
「ぶ……か………?」
「そ、そうなのよ、そうそう!ゼインは上司なのよ!私も頭が上がらないのよ。お金も借りてるし!」
「!!」
…言ってて腹立ってきた。
地下のモニタールームでゼインはゴソゴソやったあと時計に話しかけた。
「……ニール、こちらは済んだ。…ああ、大丈夫だ。頼む」
はーん、なるほど。なーんかやったな、あの二人。
何をやったのかはサッパリだが、とりあえず丸く収まりそうな予感を持ってアレクシアを見れば、ソファにぼーっと座ってブツブツ呟いている。
…これ以上頭おかしくなるとか勘弁なんだけど。
「…ディアナ様……。私、ディアナ様が生活にご苦労されていたとは思いもしませんでしたわ……」
「は?」
「ディアナ様はいつも弟子に甲斐甲斐しく世話をされ、この世の全てを手に入れていらっしゃった」
「……は?」
「…私、ようやく本当の意味でお役に立てる時が来たのだと……感動に打ち震えておりますの……!!」
「…ええと、アレクシア?」
ヤバいヤバい…何かスイッチ入ってる!今度は何!?何よ!!
こっそり警戒のため防御魔法を纏おうとした時だった。
「ディアナ様!!オスロニアを献上いたしますわっっ!!」
「………はあぁぁぁぁっっ!?」
アレクシアと私の叫び声にモニターを見ていたゼインがバッと振り向く。
「そもそもこのオスロニアは、ディアナ様の言いつけを守って作った国ですわ。いずれはこうなるのが必定。ささ、大統領就任報告を……」
「まままま待って!本気で待って!無理!無理無理無理!私つうはんすら知らないのよ!?こんな機械ばっかの国扱えるわけ無いでしょうが!!」
「あら、大丈夫ですわ。そこの虫ケラがいいようにするでしょう?」
「あのねぇ、ゼインはそんなに暇じゃ……」
そう口にした時だった。
「いい話ではないか。ありがたく受け取ればいい」
虫ケラがとんでもない事を言いながら歩いて来る。
「あんた何言ってんの!?」
『いいから話を合わせろ。万事上手くいく』
『はあっ?』
「とは言えクラーレット所長、ディアナは仕事がとにかく遅くて、抱える案件が山積みだ。あなたの明晰な頭脳と、素晴らしい魔法薬はオスロニアの経営に欠かせない」
「…私の頭脳……?」
「ええ。しかも聞く限りにおいて、あなたは服飾魔法の方も相当の腕前だと思われる」
…ゼインちゃん?あんた…何言い出そうとしてるのかなぁ……?
「どうだろう。ディアナのための専属コーディネーターになられては?」




