成果
「…ああ……銀月の君…ディアナ様………!」
「ええいっっ!鬱陶しい!近寄るなっっ!!」
…何なのだ、この絵面は。
先ほどまでこれまでに私が経験した事の無いような魔力を放出していた紫色の魔女が、銀色の鎖に巻かれ体を芋虫のように這わせながらディアナの足元にまとわりついている。
ディアナはディアナで額に青筋を立てて、見た事がないほどの怒りの表情で紫色の魔女を足蹴にしている。
先ほどの信じられないような鋭い魔法といい、こちらがアーデンブルクの始祖の魔女の本当の姿なのだろうか。
…どちらにしろ、関係性がよく分からん。
分からないなりに確かなことは、紫色の魔女…アレクシア・クラーレットはディアナの弟子では無いということ、幼馴染という言葉が当てはまるほど長い時を生きていること、そして……オスロニアで唯一の住人だということだ。
「あんたいい加減にしなさいよ!人形に仕事させてる場合じゃないでしょ!あんた生き物育ててんのよ!?適当なことしてんじゃないわよ!!」
ディアナが後方に広がる羊の群れを指差して怒鳴っている。
「…うぅぅぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……。私魔女失格ですわ……。ディアナ様に喜んで頂きたかったのに…」
赤みがかった黒髪を乱してすすり無く魔女。
私はここでピンッと来た。
そして、もしかしたら手に入るかもしれない莫大な成果に全身が粟立つ気がした。
『ディアナ、家畜の凶暴化の原因は分かったのか?』
思念を飛ばすと、ぞんざいな答えが返って来る。
『…ああ、まぁね。知りたい?知りたいの?』
『当たり前だろうが。何のためにお前をここに来させたと思っている』
『あ、そっか』
……何だろうな、私も口で言うほどディアナが頭の悪い魔女だとは思わないが、なぜこうも馬鹿なのか、とは思う。
『おっけー、あんまアレクシアと喋りたくないんだけどねー……』
そう言って思念を中断したあと、ディアナが紫の魔女の側に膝をついた。
「…アレクシア、あんたはすごい魔女だわ。大地を耕し種を蒔き、そして豊かな国を作った。それもたった一人で。なかなかできることじゃないわ」
「…ディアナ様………」
「謝らなきゃならないわねぇ……。あんたを一人にしてごめん。もっと早く迎えに来なきゃならなかったわ。寂しい思いさせたわね………」
ディアナが紫の魔女の頭をポンポンと撫でる。
「…ディアナ様……ディアナ様……うぅ…ぅぅぅ………」
なるほど、ディアナは本当に大魔女なのだな。
あの尊大な紫色の魔女がこうべを垂れて涙を流すとは。
その古の紫の魔女の嗚咽が風に乗って、少し離れた私の耳まで届いた瞬間だった。
「んじゃ謝ったことだし、後のことは弟子に任すから」
「「…は?」」
思わず魔女と声が重なる。
「モニタ……なんとか?私よく分かんないし、ゼインの方が解決に適してるでしょ?私まだ魔力2割てとこなのよねー。寝るわ」
…寝る…わ?
は?私にこのどう考えても敵意剥き出しの魔女と過ごせと?
「ディアナ様!わたくしにこの虫ケラのような男と話せとおっしゃるのですか!?」
虫ケラ………?
「アレクシア!!ゼインと仲良く出来たらご褒美あげるわ。………例の衣装………」
「!!ほ、本当でございますか!?嘘偽りなく本当でございますか!?」
「あー……ほ…ん…と……」
「誓約を!誓約をくださいませっ!」
「えー……めんどくさ…」
ほぼ私そっちのけで盛り上がる魔女二人。
ディアナが自分の髪を一房切り落とす。そして魔女を拘束していた鎖を解くと、紫の魔女も同じように髪を切った。
そして何かの呪文を一緒に唱えると、二人の髪が編み合わさってお互いの腕へと収まった。
…まるでブレスレットのように。
しばらく恍惚の表情でブレスレットを空にかざしていた紫の魔女が、キッと鋭い目で私を見る。
「…ゼイン・エヴァンズ……着いて来るがよい」
「…はぁ………」
一つ溜息をついて、踵を返す魔女の後を追う。
チラッとディアナを見やれば、すでに空中にベッドを出して寝ていた。
……覚えてろよ。
「ゼイン・エヴァンズ、羊を見よ」
「ええ…はい」
動物は好きでは無い。これは仕事だ。仕事仕事仕事仕事……。
魔女が無表情に指差す方向を見る。
「崇高なるディアナ様が施された結界がある。…空間隔絶だ。結界内には清浄魔法。あれを境に外側と内側で羊の顔付きが異なっておる」
羊の顔などじっくり見たことなど無いが、言われてみればなるほど、結界の外側の羊は目つきが悪い。
…隣の魔女ほどでは無いが。
「…では、元の環境そのものに原因があるかと思います」
そう口を開けば、紫色の瞳がやや揺れる。
「………奴隷人形は最も効率よく働くのでは無いのか」
奴隷人形……。
建物内のヒューマノイドのことだろうか。
「差し支えなければどのような命令をされたのかお尋ねしてもよろしいか?」
「…大した命令はしておらぬ。実り豊かになるよう最善を尽くせと命じただけだ」
実り豊かに……。
「…クラーレット所長は何の研究を?」
そう問えば魔女があからさまに苦々しい顔をする。
これはディアナより感情が分かりやすい。
「…魔法薬だ」
「…ああ……なるほど」
建物内に戻った後の処理は簡単だった。
「所長、要するに彼らはあなたの作った魔法薬……すなわち人間界では肥料もしくは農薬…の効果が正しく計算出来なかったのです。こちらをご覧下さい」
明らかに一定距離以上近づこうとしない魔女に腕を精一杯伸ばして画面を見せる。
「彼らは収穫量と薬の散布量の適正値を何度も計算している。だが計算結果に誤差が生じる度に、だんだんと使用量を増加する方を選択していった。魔法薬、私はそこまで詳しくは無いが、薬である以上、土に染み込み雨の影響で下流域に広がるのでは?」
紫の魔女が初めて私の両目をきちんと見た。
「……羊の飼育エリアは最南端の窪地。土の上を歩くだけならまだしも、あの羊たちはこの地で育った草を食んでおる。……魔力過多だ」
私は頷く。
…向こうはどうだか知らないが、ようやくまともな話が出来ると思った瞬間だった。




