戦い
「何かの間違いであろう。私の元へは何の異常も知らされてはいない」
「ですがアレクシア殿…」
「クラーレット!男に呼ばれる名など持ち合わせてはおらぬ」
「……クラーレット所長」
ちょっとどころじゃなくて本気でウケる。
ゼインがたじたじになっている姿も、アレクシアが完全に昔の魔女モードなところもかなり笑える。
どっかの国で覗き見た大衆コメディ映画よりも笑える。
白亜の建物へと通されたゼインと、ゼインが引き連れて来た人間の男たち…のふりしたこれまた機械人形たちは、建物奥の複雑な機械の前でよくわからない話をしている。
とりあえず壁にもたれかかって、よく分からない話をする二人を高みの見物しているところだ。
「…やはりアラートが出ていますね。一区画だけ点滅信号が出ているでしょう?」
ゼインの言葉にアレクシアの眉根が寄る。
「……アラート…?」
嫌そうに、本当に心の底から嫌そうに、ゼインが差し出したタブレットを覗き込むアレクシア。
「ええ。この場所……。確か先般の国際会議では、貴国から家畜の伝染病の報告が上がっていましたね。もしやそれも誤作動だったならば一大事だ。確認させて………」
ゼインが言い終わる前にバッと立ち上がるアレクシア。
「まさか……!」
そして一言呟いて転移した。
「……ゼインが本物の人間だったらどうすんのよ」
私がボソッと呟けば、
「家畜の餌にでもなるんじゃないか」
どうでもよさげに返す弟子が冷たい目線を浴びせながら私の方へと近づいて来る。
「あー…ゼインちゃん?ごめんなさいねぇ、遠い所まで来てもらっちゃって……」
「誰が〝ちゃん〟だ、この馬鹿女!何で捕まった!説明しろ!最初から詳細に理解可能な説明をしろ!!」
「わーかってるわよ!!とにかくその前に服!服脱がせて!!」
そう叫べば、ゼインが目を見開く。
「は…おま……いやちょっと待て。お前服すら着替えられないのか?」
「馬鹿たれ!!手紙に書いたでしょ!?魔力封じられてんの!この服で!」
「服で?」
察しの悪い馬鹿弟子が、アレクシアの縫ったドレスをジロジロ見る。
「…お前の魔力を封じるほどの代物には見えんが……」
「説明は後よ!とにかくあの子と私は相性が悪いの。ほらさっさとする!追いかけるわよ!」
「あ…ああ。しかし脱がせるって…………」
何だこの使えない弟子は……!
「こうよ、こう!!」
ゼインの右手を首の後ろに回せば、弟子の顔が蒼白になる。
「………着いて早々なぜこんな拷問を…」
「ああんっ!?」
助けに来てくれた恩はあるが、超失礼な弟子の爪先を踏みつけてやった。
「…つまりあの魔女はお前の幼馴染って事だな?」
事の経緯を簡単に説明しながら、姿を消したアレクシアの後を追う。
「幼馴染なんて可愛い関係じゃないわよ!腐れ縁!とにかく性格に難あり!警戒を怠るんじゃないわよ!」
「わかった」
アレクシアが向かった先は間違い無く例の羊の所だろう。わかってはいたが、封じられていた魔力が戻り切れず、私は転移を諦めた。
アレクシア……封じるだけじゃなくて、魔力吸収の効果まで付与するとは……。
ちったあその優秀な能力を他のことに活かさんかいっ!
結局ゼインに魔法で新しい服を着せてもらい、抱えられながら飛行魔法で運ばれるという何ともカッコつかない状況に甘んじながら、私は最初に降り立った場所へとたどり着いた。
そこにはやはりアレクシアがいて、ゆらゆらとした魔力を隠しもしないで立っている。
「…ディアナ様……。その者はやはり魔法使いでしたか……」
「あ、わかってた?」
振り向いたアレクシアの瞳に剣呑な色が宿る。
「…指輪……弟子の指輪………!いつもいつもいつもそう!ディアナ様はいつも弟子のことばかり!子どもの頃はわたくしが1番だったのに……!!」
アレクシアの瞳に涙が浮かぶ。
引っ詰めていた髪が解け、瞳と唇が妖しく変わる。
アレクシアの魔力で風が逆巻き、緑の地面が土色へとその色を変える。
「…コソ…ゼイン……いける?」
「…鬼か、お前は」
はぁ…と溜息をついた後、ゼインが瞳を金色に戻し、防御魔法を唱える。
「ディアナ、指示しろ」
「5分耐えて!」
「………なるほど。わかりやすくていい」
ネクタイを緩めて飛び立つゼイン。
おおー…なかなかの身のこなし………ん?何あの子、なんか戦い慣れてない?
実際のところ、ゼインはアレクシアに全く怯むこと無く、的確に魔法を撃ち込んで行く。
アレクシアも負けてはいない。流石は古の魔女である。片手ずつ異なる属性魔法を繰り出すだけでは無く、合間合間に巧みに精神魔法を混ぜ込む。
アレクシアが土魔法で巨大な戦闘人形を出し、ゼイン目掛けて拳を地面にめり込ませれば、ゼインはゼインで水魔法で渦を作り、人形とアレクシアを地面に引き摺り込もうとする。
なかなかお目にかかれない一大スペクタクルに興奮が止まらない。
素晴らしいわ!こんなガチンコの勝負なんて何年ぶりよ!?魔法競技大会でも滅多に見られないわよ!!
二人の魔法戦を眺めること5分、目の前でアレクシアの炎の鳥とゼインの氷の槍がぶつかった瞬間、ようやく僅かに魔力が体に戻った事を感じる。
…はっ!楽しんでる場合じゃなかった!
そうよ、そうそう、私ここには旅の途中だったのよ。羊よ、羊!羊を解決しなきゃ帰れないじゃない!
右手に魔力を集め、キラキラと光る長弓を出す。
火…水…風…土……もう一つは光……かしらね。聖魔法が使えたらそれ一択なんだけど。
左手5本の指にそれぞれ異なる属性を宿し、1本の矢へと変える。
そして矢に命令を下しながら弓を引く。
「……捕縛」
キィィィンと空気を切り裂きながら一直線に飛んで行く矢。
そしてその矢がアレクシアの心臓を撃ち抜いた瞬間、キラキラと光る銀色の鎖がアレクシアの体に巻きついた。
眉を歪ませ、驚きを隠せない顔で私を見るゼイン。
なーによ、私だってやる時はやるわよ。指先一本の魔力でもアレクシアぐらいやれんのよ。
普段優しくしてやってんだから感謝しなさいよね!私は大魔女なの!!
だけどそんなゼインの顔より強烈だったのは………
「…ぎ、ぎ、ぎ……銀月の君……きゃ〜〜銀月さま!!銀月さま〜〜っっ!!」
恍惚とした表情で私の黒歴史を抉り出すアレクシアだった。




