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奴隷人形

「ぼっちって言うんだって、あんたみたいなの」

「ち、違いますわ。世相に惑わされること無くディアナ様の任務を遂行するためにほんの数百年……」

「ついでに超高齢引きこもり。こないだ読んだ社会問題の教科書みたいな魔女ね」

「…歳のことだけは貴女様には言われたくないですわね」



 もう魔女とか何とか抜きにして、この女は変態の極みである。

 私の目の前に広がるのは、ガーディアン・ビルの玄関ホールほどあろうかという地下空間。

 そこにギッシリと並ぶのは、人形人形人形人形……人形!!

 それはまぁ丁寧に丁寧に服を着せられ、髪をすかれ、化粧を施された大っっ量の本物の人間そっくりの不気味な人形!

 子どもの頃から人形やら服やら作るのが得意な女だったが、腕の上達の仕方が凄まじい。

 ったく大魔女の私を不気味がらせるなんてどんだけよ。


「あー……アレクシア、あのさ、1個聞いてもいい?」

 整然と並ぶ人形の間を歩きながらアレクシアに声をかける。

「何ですの?」

「……何と言うか、人形の中にオス…男?がいないみたいなんだけど…」

 そう言えばアレクシアの全身からドス黒い魔力が立ち昇る。

「…おとこ……おとこ…男?あの汚らしくて不潔で粗雑な生き物…?魔女の足下にも及ばぬ存在でありながら偉そうに命令してくる生き物?…わたくしの世界に、男なんて、必要無いっっ!!」

「そ、そうだったそうだった!!男なんてねぇ?そうそう、世界には魔女がいればオールオッケー!ね、落ち着いてちょうだい!」

 シュンと一瞬で魔力を引っ込めるアレクシア。

 面倒!!すっごい面倒!!

 あー…でもそうだったわ。コイツは筋金入りの男嫌いだった。

 男によくいじめられて……って何千年経ったと思ってんのよ!


 アレクシアが肩にかかる髪を背中に払う。

「でもディアナ様?私もいい大人ですもの。国に男がいないなんて不自然でしょう?だから輸入しましたのよ。……男の奴隷人形」

 妖しく弧を描く紫色の唇。

 やや頭のおかしい魔女の作った国。

 私は農業大国オスロニアの秘密の核心に………触れたくないんだけど。



「今は本当にいい時代ですわ。欲しい物は指先一つで何でも届く」

「は?昔からそうじゃない。下手すりゃ指無しでも…」

 ずんずん進むアレクシアの背を負って、やたら長いピカピカ金属の廊下を歩く。

 突き当たりにはおそらくエレベーターと思しきものが見えている。

 ……一体どうやって作った、この地下。


「まぁ、ディアナ様ったら。通信販売のことですわ。この地下施設もモニターもそれから監視システムも全部通販で買いましたの」

「つ…つうはん……?」

 初耳である。

 え、どういうこと?買い物は指輪でするんじゃないの?指先……?

 チラッとアレクシアの指先に視線をやれば、ワインレッド色に塗られた長く鋭い爪が目に入る。

 ……分からん。


 エレベーターで地上へと出た私は、アレクシアの手招きに従い、空からチラリと眺めた記憶のある白亜の建物へと入る。

「国の運営は面倒なのですわ。名も無き島だった頃は何度も何度も他国の船がやって来て、領土に組み込むだの、占領するだの騒がしくて…。ですから面倒な事は奴隷人形にやらせるのですわ」

「奴隷人形………」

 白亜の建物の中には、相当な数の男の姿をした人形達、いや感じるオーラからはおそらく機械…が、ゼイン達のようにスーツを着て、忙しそうに働いている。

「何でも、A.I.とかいうものが勝手に仕事をするのですわ。私はドレスを縫いながら、魔法薬を作るだけ。…素敵な国でしょう?」


 もう溜息以外に出て来ない。

「…アレクシア、あんた人形の監督はどうやってんの?間違った事した時どうやって止めんの?」

「間違う…?この奴隷人形は命令を遂行するのに最も効率的な方法を学ぶ、と説明書にありましたわ。今までに上げて来た成果にも満足しております」

 ……なるほど、わかった。

 羊の凶暴化の原因も、ゼインがやたらとオスロニアを気にかけていた理由も。

 オスロニアは、豊かな大地を持つ、機械の国なんだ。

 そして男嫌いで人間嫌いな魔女が、昔ながらの魔法を用いる厄介な国。

 偉そうな弟子もきっと、魔女が魔法と機械を使って農業しているなんて思うまい。

「アレクシア、一緒に羊を見に……」

 そう声を出した時だった。



……ババババババババババ…


 空気を震わす重低音が響いたかと思えば、窓がガタガタと揺れ出す。

「な、なんですの?」

 アレクシアの眉間に皺が寄る。

 私たち二人は魔女だ。私たちが何も反応しなかったという事は、この音には魔力が無い。

 アレクシアの戸惑いを他所に、機械人形達が走って外に出て行く。

 戸惑いと混乱で真っ白な顔をさらに白くする昔馴染みの背中をポンと叩く。

「行くわよ。ちょっとシャンとしなさいよ!私らは震えた所で慰めて貰えるような歳じゃ無いのよ」

「…ディアナ様より5つも下ですわよ」

「はんっ。毛の先ほどの差も無いわよ!」



 建物を出れば、大きな船…金属でできた船のようなものがプロペラを回しながら空を占拠していた。

「…ガー…ディアン……」

 アレクシアが船底の文字を読む。

 目の前では機械人形達が何かを振って船を誘導している。

 その人形達の招きに従って、船がプロペラの回転を弱めながらオスロニアの大地にゆっくりと降下してくる。

 着陸した船の扉が下側から開く。

 と同時にアレクシアが全身に魔力を纏って警戒心を露わにする。

 …まぁ、確かにそうするわよね。魔力の無い人間相手なら、それだけで尻尾巻いて逃げ帰るほどの強大な力だわ。

 まぁでもねぇ、鉄の船から降りて来るのがまさかあんたの大っ嫌いな〝男〟の〝魔法使い〟とは思わないでしょうよ…。



 カンカンカンッと足音を鳴らし、金属の階段を真っ黒な男が降りて来る。

 

「この度は弊社が納品したモニタリングシステムに誤作動が起きたとの事。世界の食品流通に影響が出てはならないと、開発責任者として急ぎやって参りました。…株式会社ガーディアンのゼイン・エヴァンズと申します。以後お見知り置きを」

 ニコッと笑って名刺を差し出す胡散臭い男と……

「オスロニア食品研究所所長アレクシア・クラーレット」

 いつの間にか白衣に引っ詰め髪姿に変わり、完全にスンッとした顔の女……


 緑鮮やかなオスロニアの大地。

 二人の魔法使いが、今ビジネスマンとして対峙する──。

 

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