落成式
「ひどいっ!何ですかこの作戦!!」
「いや、お前ならやれる。ショーン、さあ思い出せ。姉さんの顔…形…色……」
「…ちょっと響きが……その…」
「…ふ、お子様め」
「むむむ……!」
サラスワ連邦の国土中央部、間もなく校舎の落成式が始まろうという緊張感の中、ヤキモキしながら指示を待つ僕とギリアムさん宛に、ゼインさんから届いた作戦は信じられないものだった。
『ショーンとギリアム、どちらかがディアナの振りをしろ。どうしてもサラスワを平定するのにディアナの存在がいる』
それは十分すぎるくらい分かってます。
この国の人たちは本気で精霊を信じてる。暴れ回る西側の民族も、ディアナさんを見ると大人しくなるし、たまに祈ったりなんかしてる。
でもディアナさんに変身なんて……。
「というかギリアムさん、僕じゃなくてギリアムさんの方が魔法上手じゃないですか。何で僕なんですか!」
腕を組んで拗ねて見せると、ギリアムさんが大きな溜息をつく。
「……ショーン、これには深い理由がある」
「…な…何ですか」
「俺は姉さんの方をなるべく見ないようにしている。なぜならば、ゼインさんが怖いからだ」
こ…怖い……?
ゼインさんが……?
どう考えても僕たちに激甘なのに。
「姉さんを頭に浮かべると、どうしてもゼインさんが割って入って来て……うまく変身できない」
「それは……一大事…?…ですね」
よく分からないけど、覚悟を決めるしかない。
これは仕事だ。仕事はちゃんとやらなきゃ。
せめて仕事の間ぐらいはゼインさんに迷惑かけたくない。
「…魔法は経験と想像。銀色のディアナさん…緩やかに波打つ髪…長い睫毛にいつも少し悲しそうな銀色の瞳、不思議な言葉が出てくる唇……」
体は……うーむ、確か浴室で……はっ!!
「ギ、ギリアムさん…!!僕も今ゼインさんが浮かびました!!」
「やはりか。仕方が無い、顔だけ何とかしよう。あとは……長めの衣装で誤魔化すしかない!!」
右腕の端末を操作する。
…変身魔法、変身魔法……光と闇がメイン。ああそうか、影を作るんだ。影に色をつける……。
ディアナさんの魔法の修行を受けてから、使える魔法がすごく増えた。ただの文字列でしかなかったものが意味を持つようになって来たから。
でも呪文の成り立ちを一つずつ教えてくれたのはゼインさんだ。いつ使えるようになるかも分からないのに、毎日毎日一緒に呪文集を読んでくれた。
どれだけ仕事が忙しくても、家で顔を合わせれば必ず最初に僕のことを聞く。
『変わった事は無かったか』『ちゃんと食事はしたのか』『困っている事はないか』……って。
でもそのゼインさんが、あの15日間は違ってた。
仕事から帰ったら真っ先にこう聞いたんだ。
『…ディアナの様子はどうだ』って。
僕は嬉しかったんだ。ゼインさんとようやく一対一で話ができた気がして…。
いつも喧嘩ばっかりしてるけど、ディアナさんはゼインさんにとってきっと特別なんだ。
だってディアナさんが現れてからのゼインさんは、信じられないくらいに子どもっぽい。
我儘だし、不貞腐れてるし、いつも拗ねてる。
ゼインさんにとって特別な人は、僕にとってはもっと大切。
その大切な人が成し遂げたい事………
「おおー!ショーン、見事だな!むしろ本物の姉さんより憂いがあっていい……」
「…ふぅ。行って来ます!」
「おう、頑張って来い」
ディアナさんの学校プロジェクトを成功させるんだ…!
『………文字を知れば世界は広がる。数を知れば進む方向がわかる。今より先へ、未来へと……』
ショーンは立派だな。
多分姉さんがスピーチするより絶対よくできてる。
トラブル対応のため落成式を少し離れた場所から眺めながら、ショーンのスピーチに聴き入っている人間を監視する。
…この時代にまだ精霊を信じてるって、奇特な人間達がいたもんだ。
その人間たちは、本物の姉さんよりたおやかな銀髪美女と化したショーンに心なしかうっとりしている。
……嘘ついて良かったかもしれん。
まぁ嘘って言ってもゼインさんが怖いのは本当の事だ。俺が姉さんの細部まで再現したって分かったら、それこそ絶対に不機嫌になる。
何なんだろうな、あの人の屈折した独占欲は。甘え下手にも程があるだろ。ついでにショーンをいつまでも子ども扱いするのもどうかと思うんだが。
…まぁそれも仕方ないか。ショーンが可愛い過ぎて女の好みがおかしくなった人だ。
どこの世界に恋人の基準が〝息子より尽くしがいのある女〟になる男がいる。比較対象がおかしいだろう。そんな女いたとしたら地雷に決まってる。
ニールさんも目を覚ましてやりゃいいのに、『あーいいのいいの。ゼインは少しぐらいアホじゃないと面倒くさいから』と言ってほったらかし。
そのゼインさんに、姉さんは風穴を開けた気がする。
…早い話、ゼインさんが少しどころか本物のアホになってると思うわけだ。
あの完璧主義で、針糸を通す隙間さえ無いような人が。
『…サラスワ連邦国の発展のために祈りを捧げ………』
ショーンのほぼ完璧なスピーチが無事終わりを迎えようとした時だった。
遠くから地響きが鳴る音が聞こえて来る。
…距離約2キロ。
何とか式典最後までいけるか……?
演壇を見れば、ショーンが頭を下げたあと参加者からの拍手に応えて手を振っている。
…距離約1キロ。
『ショーン!降りて来い!』
思念を飛ばせばショーンがハッとこちらを見る。目線で降壇を促すが、花束贈呈やら何やらで戸惑いながらグズグズと壇上に留まっている。
…距離……ほぼゼロ。
瞬間的に端末を操作し、ショーンの周りに防御結界を施す。
「認めん!!我らはお前が精霊などと認めん!!」
それとほぼ同時に大きな声が式典会場に響いたかと思えば、馬に乗った一団がショーンを取り囲んだ。
……イクバの兵団か。
「精霊ならば我らが真に望む物を与えよ!我らが何を願い、そして祈って来たか、本物ならばわかっているはずだ!!」
あー……ヤバい。これヤバい。
防御結界とかそういう問題じゃない。
騒然とする会場、逃げ惑う東部の民、そんな事はどうでも良くて、ショーンが涙目になっている。
ショーン泣く→魔力暴走→学校吹き飛ぶ→人間怪我する→ゼインさん激怒→なぜかサラスワ消滅…の理不尽フルコンボのパターンだ。
…アイツら黙らすか?飛ばす…消す…今なら精霊の仕業でいける………。
駄目だ。それじゃあゼインさんと姉さんの本懐は遂げられない。
どうするどうする………!?
自分の手持ちの駒を必死に脳内で探る。
ゼインさんは端末をくれる時にこう言った。
『魔法を使う時は、与え続けられない夢は見せるな』と。
姉さんは言った。
『魔法には裏の顔がある。…使う時は、人を幸せにできるかどうかよく考えて』と。
でも最後に二人の言うことは結局一緒なんだよな。
『長く生きてると、大抵のことはどうでもよくなる』
…あんま悩まなくていいか。ぶっちゃけ駄目だったら、後のことはお二人に任せるっす。
端末を外して左手を見つめる。
他人の幸せはまだよく分からない。でも俺は間違いなく今が人生で一番幸せだ。
俺の幸せのためには…ショーンが泣くのだけは……全力回避!!
全身が沸騰するように熱い。
瞳に熱が集まる。
睨みつけるように空を見上げれば、晴れ渡った空のどこにいたのか、黒い雲がとぐろを巻く。
「…あ……め………?」
呟いたのは誰だったか。
静まり返る式典会場。
俺はショーンに手で合図を出しながら、波のように広がるすすり泣きを聞いていた。




